2020.04.06
コロナで導入「在宅勤務」をうまくまわすコツ |従業員のパフォーマンスを下げないためには
自粛要請から在宅勤務が一気に広がっていますが、従業員のパフォーマンスを維持するにはどうしたらいいのでしょうか(写真:metamorworks/PIXTA)
新型コロナウイルスの被害が世界規模で広がっている。これに伴い、多くの企業が、在宅勤務を急遽導入する事態に至っている。
在宅勤務は、「働き方改革」の重点施策の1つとして政府も積極的に導入支援を行ってきており、この数年で導入した企業の事例を目にする機会が増えた。しかし、準備を重ねた企業が導入する在宅勤務とは異なり、今回は「従業員の健康を守る」ことを目的に、待ったなしの状況の導入に戸惑う企業や従業員も多数存在しているはずである。
そこで今回は、職場という物理的な空間・時間を共有せずに仕事をすることが、従業員のやる気や生産性にどのような影響を与えるのか、企業側の対策として何を検討すべきなのかを考察する。
在宅勤務を「禁止」したアメリカ・ヤフー
在宅勤務をめぐる近年の議論で多くの人の記憶に残っているのは、アメリカ・ヤフーのケースだろう。2013年に当時のCEOマリッサ・メイヤー氏が在宅勤務を禁止し、オフィスで働くことを求めたことが大きな話題となった。
そのメモの中で、メイヤー氏は「最善の意思決定や考えは、廊下やカフェテリアでの話し合い、新たな出会い、緊急会議などから生まれる。在宅勤務は業務の品質やスピードを犠牲にしている」と伝えたという。この方針は、オフィスに来ることがまったくなかった従業員200人を対象にしたものであり、低下していたモチベーションを引き上げるための施策だったが、ヤフーのような「先進的な企業」ですら、在宅勤務を全面的に推奨するわけではないとして注目された。
さらに、その後2017年3月にはアメリカ・IBMが在宅勤務をする数千人の従業員に対して、オフィス勤務を命じたと報じられた。正確には、在籍するオフィスを定めず、自席を持っていなかった従業員に対して、特定のオフィスに在籍させ、席を割り当てたということだった。
しかし、フルで在宅勤務していた従業員にとっては、オフィスに出社して働くという大きな変化であったことには違いない。この変更の目的は、迅速な意思決定を実現させるためだったという。在宅勤務が企業にとってメリットだけをもたらすものではないことを示唆するような事例は、ヤフーやIBMだけにとどまらない。
つまり、在宅勤務をうまく機能させるためには、もともとクリアすべきハードルが存在することを意味する。ましてや今回のコロナ対策としての在宅勤務の導入では、事前に準備する間もなく、走りながら舵取りを調整しなくては、生産性の低下などの懸念が現実のものとなる可能性があるといえる。
改めて、一般論としての在宅勤務によって、働く環境がどのように変化するのか、その期待される長所および懸念される短所を整理してみよう。
在宅勤務の長所と短所
【長所】
● 働く環境を自分の都合に合わせて調整することによる生産性の向上
● 育児・介護などの家庭の事情を理由とする退職の抑制
● 通勤時間の削減などを背景に時間に余裕が生まれ、ワークライフバランスが向上
● オフィス費用(スペースの確保、光熱費など)の削減
【短所】
● オフィスと比べ、個人の家庭環境によっては生産性が下がる可能性
● 仕事場所と家庭が一体化することで、ワークライフバランスが崩れる可能性
● 組織として、各従業員の勤怠管理、業務進捗管理のしにくさ
● 直接対面していることで生まれる連帯感、インフォーマルな相談や情報共有などのコミュニケーションの喪失、業務の質の低下
もともと働き方改革における「テレワーク」は、生産性を引き上げる効果があるものとして奨励されている。しかし、実際は一筋縄では行かず、会社のほうが、機器・ツール、情報へのアクセス、ほかの従業員との連携などの観点から就労環境として整備されていて、生産性が高く働けると感じる従業員も少なくないだろう。
家庭で職場と同等の環境を実現するためには、IT技術の力を借りることが必須となるが、従業員はさまざまなツールの操作方法・機能を使いこなす必要がある。
会社の共有サーバーに外部からアクセスできない、慣れていない会議システムで音声や画像の共有がうまくいかないといった問題のほか、手元に保管しておきたい情報のプリントアウト、情報セキュリティーの徹底など、ちょっとしたIT関連のトラブルが積み重なるだけでも従業員がフラストレーションを抱える可能性が考えられる。現代人の仕事の多くは、IT環境の良しあしによって効率が大きく左右されるからである。
また、皮肉なことに、職場と家庭が一体化することで、仕事と私生活の区切りが曖昧になり、家にいながらも仕事に振り回される感覚に陥る人も少なくない。ワークライフバランスを自律的にコントロールできるか否かも重要な課題である。
管理職の負担も看過できない。自分の部下の業務が予定どおり進捗しているのか、日々しっかり成果を出しているのかをリモートで管理することは容易ではない。物理的に同じ場所にいないことで、タイムリーなサポートが難しくなるケースも発生する。そもそも上司と部下の間に、しっかりとした信頼関係がなければ、成り立たない勤務形態といえる。
それでも、在宅での就労環境に皆が慣れてくれば、必ずしも同じ場所に集まって仕事をする必要はないとする従業員の声も聞かれる。まさに2020年は、将来的に在宅勤務やテレワークが定着するかの試金石的な年になると考えられる。
在宅勤務と従業員のエンゲージメント
従業員のパフォーマンスを下げないということは、すなわち従業員エンゲージメントを下げないということを意味する。従業員エンゲージメントとは、会社の戦略・方針に共感し、自社に対する誇りを持って、自発的に仕事に取り組む従業員の姿勢を指す。つまり、どこで働くことになっても、エンゲージメントの高い社員は自発的に高いパフォーマンスを発揮するからである。
では、在宅勤務が一定期間継続することによって、従業員エンゲージメントはどのような影響を受けるだろうか。
エンゲージメントに影響を与える要因は、個別の企業の事業の特性や従業員の属性、経営環境などによって異なるが、一般には、全社戦略・方針の浸透、コミュニケーション、個人の尊重、顧客志向、成長の機会、業務遂行上必要なリソース、権限・裁量、業績評価・報酬などが、主要な要因となることが多い。
これらの要因に対して、在宅勤務の推進は、全体としてはマイナスの影響を与える可能性がある。とくに、日常業務におけるコミュニケーションやチームとしての協力体制がうまく機能するかは、エンゲージメントの水準を大きく左右する。それを支えるのが、IT技術による音声・画像を含むコミュニケーション(ビデオ会議システム)や、従業員の声をタイムリーに収集するサーベイの仕組みなどである。
このほかの要因に対しても、従業員が在宅勤務を通してネガティブな体験を重ねるのであれば、エンゲージメントが低下してしまい、最終的にはパフォーマンスも落ちることが想定される。逆に、在宅勤務中であっても十分なコミュニケーションが維持され、社内の協力が実現されるのであれば、エンゲージメントの低下の危険性はある程度回避できるということだ。
それでは、従業員エンゲージメントを維持するために、企業は何を注意すべきか。平常時ではなく、新型コロナウイルスの感染拡大という非常時に導入される在宅勤務であることにも留意する必要がある。
まずは、従業員に対するケアを優先することだ。会社からのメッセージの中で、従業員およびその家族の健康・安全が最優先であることを明確に伝えるのである。日常生活の中で外部との接点が弱くなっているという従来にない状況下で、人々は漠然とした不安を抱いており、経営陣やリーダーが従業員をしっかりとサポートする意思を示すことから始めるべきである。不安感の軽減により、従業員は仕事に集中することができるようになる。
従業員の声に耳を傾ける仕組みを整備することも必要だ。普段とは異なる就労環境において、従業員はこれまでにない業務上の問題に気付くはずである。直面する問題は、各従業員が担当する業務や組織内における立場によっても異なることから、組織横断的に従業員の声をタイムリーに収集する仕組みを導入することが望まれる。
従業員の声をまめに拾うには
例えば、後でまとめて意見を収集しようとすると、忘れてしまったり書くのが面倒になったりということもあるため、従業員が思いついたときに、気軽に意見を書き込むことができるオンライン上の提案箱のような仕組みを利用する企業もある。
また、従業員の声を集めることが従業員の負担にならないように、少数の設問項目からなる簡易な調査を短期間で繰り返すパルス調査を行うなど、声を収集する手法を工夫する企業もある。
最近行った弊社の調査では、変革期にこそ、高い頻度で従業員の声を集めるほうが、エンゲージメントが高まる傾向が確認されている。もちろん、改善のためのアクションを取らなくては意味がない。
全社レベルの取り組みに加え、各組織が日常業務を円滑に遂行するためには、管理職が重要な役割を果たさなければならない。従業員同士の連携を促進するとともに、指摘された問題に対処できるかは、管理職のリーダーシップにかかっているといっても過言ではない。
組織のビジョンをしっかりと部下に伝え、彼らを巻き込みながら課題解決のためのアクションプランを策定・実行していくことができるリーダーシップ開発のためのトレーニング、課題や施策を多面的に検討する力を養うローテーションなどは、中長期的なマネジャー育成施策として従来以上に有意義であると思われる。
平常時以上に、日々の始業から終業までのスケジューリングを明確にする必要もある。例えば、短時間であっても毎朝のビデオ会議で、その日に完了しなくてはならない業務の確認、顕在化しつつある課題の確認をすることで、チームとしての一体感が保たれる。
同時に、仕事と家庭の線引きをすることで両者のバランスが崩れることを回避できる。それ以前の問題として、出社しているときと同様に個人にコンタクトできるよう、メール、ビデオ会議、携帯電話など、複数の連絡方法を関係者同士で共有しておくことも基本的対応となる。
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