2018.12.11
ブレーク寸前「中東料理」がじわじわきている|インパクトはないがナチュラルでやさしい
中東の代表料理の1つ「フムス」は、ひよこ豆をゆでてペースト状したものだ(写真:no_sick/PIXTA)
来年は中東料理がブレイクするか――。
クックパッドがこのほど発表した2019年の食トレンド予測のキーワードに、フムスやファラフェルの主な材料となるひよこ豆のレシピがランキング入りした。すでに肉料理のケバブで知られるトルコ料理は日本でも知られるようになったが、ひよこ豆を多用する中東料理も人気が高まりつつある。
中東は、テロや内戦といったきな臭いイメージが先行しがち。そんなイメージが食文化を通じて、少しは変わるかもしれない。少しずつ浸透し始めてきたフムスやファラフェルだが、「何だそりゃ」という読者も少なくないだろう。
ビーガンやベジタリアンから人気に火が付いた
筆者が中東料理に出会ったのは、今から25年も前のこと。東南アジアを旅した時だった。たまたま入ったレバノン料理店で、ひよこ豆をゆでてペースト状にしたフムスの滑らかで濃厚なおいしさに衝撃を受けた。そんなフムスは、今では世界的なブームになっており、アメリカやイギリスではすっかり定着している。
背景には、完全菜食主義を意味するビーガンやベジタリアン、マクロビオティックをマドンナらセレブや芸能人が実践し、中東料理のフムスなどはファッショナブルで健康や美容にいいという印象を持たれていることがある。
フムスの材料は、ひよこ豆にゴマペースト、オリーブオイル、レモン、ニンニク、クミンなどのスパイス。完璧なビーガン食だ。ユダヤ教やキリスト教、イスラム教といった一神教発祥の地である中東。キリスト教徒らは一定期間、動物性の食物を断つ習慣がある。こうしたことから中東料理は、ベジタリアンやビーガンに積極的に取り入れられている。
食文化や料理は、人の移動や交流によって伝播していく。筆者が暮らしたロンドンのスーパーやコンビニでは、フムスなどの中東料理がごく普通に売られていた。イギリスでは、1960〜1970年代の労働力不足から積極的に移民労働者を受け入れ、今ではアジアや中東出身の移民がすっかり定着。
ロンドンで生まれる赤ちゃんの名前で最も多いのが、イスラム教徒の名前であるムハンマドという統計結果を見ても、いかにコスモポリタンな街であるかがわかるだろう。イギリスは料理がまずいと言われたのは、もはや昔の話。ロンドンでは、こうした多様な民族や人種に相応した多彩な食文化が広がっている。
東南アジアもフィリピンやインドネシアなどは多くの移民労働者を中東地域に送り出しており、人的な交流は盛んだ。東南アジアで筆者がフムスに出会ったのも、こうした事情がある。フムスなどの中東料理が世界的にブームになる中、日本にその流れが伝わりにくかったのには、人の行き来が大きく影響している。中東料理の魅力的な世界を知っていたのは、中東駐在経験者や一部の旅行者、欧米で中東料理を味わった人たちに限られてきた。
だが、日本人はもともと好奇心が旺盛で貪欲に各国の食文化を取り入れてきた。日本も労働力不足から事実上の移民政策に舵を切り、人的な交流も活発になりつつある。インバウンドの盛り上がりや2020年のオリンピック、2025年の大阪万博も追い風だ。イスラム教徒向けのハラルフードなどは、一段と注目を集めることになる。こうした社会情勢の変化や相次ぐ巨大イベントによって、日本でも一気に中東の食文化が広がる可能性もある。
中東料理で豆が重宝される理由
クックパッド編集部のニュース担当、植木優帆さんは「海外の豆が最近、スーパーでも手軽に手に入るようになってきた。特にひよこ豆は輸入が急激に伸びており、この豆を使った料理の代表としてフムスがある。ニューヨークではフムス専門店が増えており、すでに世界的なブームだ。中東料理は野菜や豆を多く使い、健康志向とも合致している。日本でも広がっていくだろう」と分析している。
中東料理が世界で受け入られているのは、健康志向の高まりがある。イタリアや南仏料理など地中海周縁地方の料理の系譜を引いており、オリーブオイルやトマトなど健康的な素材を多用する。中東料理は、ひよこ豆などの豆類を積極的に使うことも特徴。レンズ豆やインゲン豆、そら豆は欠かせない素材だ。
中東諸国は、湾岸産油国を除いて、豊かな国ばかりではない。安価で腹持ちのいい食材として豆類は、民衆の胃袋を支えている。特にひよこ豆は、東部地中海沿岸地方(レバント)を代表する料理の材料であり、レバノンやシリア、パレスチナ、イスラエル、ヨルダンなどの料理に多く登場する。タンパク質や食物繊維を多く含み、鉄分やカルシウム、銅、マンガンなど骨の健康に必要なミネラルも豊富だ。
セレブが好んで食べ、スーパーフードの呼び声も高い。ゆでてペースト状にした同名のフムスという前菜や、砕いてスパイスとともに揚げたファラフェルは、ビーガンの飲食店など日本でも広がりつつあるが、中東料理の代表的な存在だ。
タヒーナも忘れてはならない。いわゆるごまペーストなのだが、日本のすりごまとはちょっと違う。中東のそれは、表面に大量の油が浮かび、色も優しいクリーム色だ。鉄分やカルシウムが豊富。フムスのほか、ナスのペースト料理であるババガヌージに使われたり、お菓子にも使われたりしてアラブ料理には欠かせない食材である。インターネット通販で入手可能だが、日本のスーパーで売っている白ごまペーストで代用可能だ。
そのほか、中東料理には小麦を砕いたブルグル、レンズ豆、オリーブオイル、きゅうり、トマト、ザクロ、イチジクといった日本でも手に入る食材が多い。スパイスでは、シリアンオレガノやスマックという甘酸っぱい香辛料、ごまを混ぜたザータルが極めて特徴的。ちょっと苦味があり、オリーブオイルとの相性は抜群だ。パンにつけて食べたり、魚介類にまぶして使ったりして、フュージョン料理の世界にも広がりつつある。
そのほかに多用されるのは、カレーの中心的な香辛料であるクミンやコリアンダー、オールスパイス、シナモンであり、日本人にも比較的なじみ深い香辛料が少なくない。スパイスは種類が多くてわかりづらいという声をよく聞く。とりあえず、クミンとコリアンダーの2つを押さえておこう。中東風の味付けを再現することができるだろう。
ナチュラルでほっこりする料理が多い
東京・銀座にある「中東Kitchen & Bar MishMish(ミシュミシュ)」の店主草野サトルさん(40)は、中東料理の魅力について、「甘さや辛さ、苦味といった料理の特徴はスパイスを除いて和食に近く、日本人の味覚に合う。やさしくて、ナチュラル、ヘルシーで、ほっこりする料理が多い。中東の自然や環境に育まれて旧約聖書の時代から食べ続けられ、ワインやビールに合う料理も豊富にある」と話す。草野さんが開店に際していちばん不安だったのは、中東料理のインパクトのなさだったが、それが逆に初めて中東料理を食べる人たちに驚かれているという。
そもそも中東料理って、何だろうか。中東には、国や地域ごとにエジプト料理やパレスチナ料理、イラン料理、モロッコ料理、イスラエル料理などがある。料理の世界にも、中東の複雑な歴史が影響を及ぼしている。西欧列強によって人為的な国境線が引かれた中東では、国家の地理的な領域と料理が必ずしも重なっているわけではない。
版図を大きく広げたオスマン帝国時代には、料理も伝播して各地に似たような料理が広がった。また、1948年にイスラエルが地中海東岸に建国され、多くのパレスチナ難民が生まれたこととも、料理の世界は無縁でいられなかった。
フムス1つを取っても、レバノンやイスラエル、パレスチナで本家争いが演じられている。古くは13世紀にカイロで出回っていた料理本にフムスが登場する。
フムスは、パレスチナやレバノンなど東部地中海沿岸地方で最もポピュラーな料理だが、イスラエル建国後は東欧系ユダヤ人(アシュケナージ)が取り入れたほか、中東や北アフリカのアラブ諸国から難民として流入してきたユダヤ人(スファラディム)たちも、独自のフムスを持ち込んだ。
パレスチナやレバノンは、フムスの本家本元を自任するが、イスラエル人たちもフムスを代表的なイスラエル料理に挙げている。このため、巨大なフムスをめぐるギネス記録の争いは熾烈を極めている。
国家なき民族となって国際政治の辛酸をなめているパレスチナ人にとって、料理は祖国の文化を子孫に継承するための重要な要素になっている。ヨルダン川西岸を占領するイスラエルは、パレスチナの料理まで乗っ取ろうとしていると警戒心は強まるばかりだ。
名物料理にも中東情勢の影
料理の世界は、激動する中東情勢とも無関係ではいられない。エジプトを代表する庶民の料理で国民食ともいわれるコシャリにも最近、変化が見られるとの情報が現地在住者から飛び込んできた。コシャリは、コメやマカロニ、パスタという炭水化物の材料を中心に、ひよこ豆、レンズ豆を混ぜ、揚げ玉ねぎやトマトソース、唐辛子の調味料をかけた料理。エジプトの街にはあちこちにコシャリ屋があり、安価で腹持ちのいい軽食として親しまれている。
そんなコシャリにも、2010年末から始まった民衆蜂起「アラブの春」後に悪化したエジプト経済の影響が出ているという。現地在住のエジプト・ウォッチャーは「コシャリは、諸物価高騰の影響でコメの割合が減り、通常の注文ではレンズ豆やひよこ豆が入らないコシャリ店も多くなっています」と話している。
コシャリのおいしさは、レンズ豆やひよこ豆など複数の素材が醸し出すバランスだ。豆の入らないコシャリ。エジプト庶民の味にも経済難の余波が押し寄せているというわけだ。
草野さんは「中東料理は発展途上の手前ぐらいのところにある。日本人の中東との関わりは、オイルショックや湾岸戦争、『アラブの春』などネガティブな要素が多かったが、中東には違った面もあることをメディアも伝え始めている。料理を通じて現実とのギャップを知ってほしい」と話している。
【あわせて読みたい】 ※外部サイトに遷移します
提供元:ブレーク寸前「中東料理」がじわじわきている|東洋経済オンライン