2018.06.01
忙しすぎる日本人が知らない「疲労」の4条件|スタンフォードの一流選手は回復を重視する
スポーツも仕事も疲れがたまっているとパフォーマンスを発揮できません(写真:violet-blue/iStock)
養命酒製造が2017年7月に発表した「東京で働くビジネスパーソンの疲れの実態に関する調査」によれば、東京勤めの男性の7割、丸の内OLの8割近くが「慢性的に疲労を感じている」と答えています。
「いつも疲れている」「疲れやすくなった」「疲れが抜けない」など、疲労の悩みはさまざまですが、「疲れ」は実際どれくらいパフォーマンスに影響を与えるのでしょうか?
『スタンフォード式 疲れない体』の著者で、スタンフォード大学スポーツ医局のアスレチックトレーナーとして16年間、選手のダメージ予防と回復を担ってきた山田知生氏は、「疲労は、脳・筋肉・脈拍……あらゆる面でパフォーマンスを予想外に下げる」とその危険性を唱えます。
世界最強スポーツ集団としての「スタンフォード」
スタンフォードは学問ばかりでなく、スポーツでも「世界最強」といわれています。
たとえば、先のリオ五輪ではスタンフォードの学生らが27個のメダルを獲得し(米国のメダルの約22%)、全米大学スポーツランキングでは23年連続総合1位。私が現在専属で見ている水泳チームにもケイティ・レデッキー選手(オリンピック・世界水泳合わせて19の金メダル)、シモーン・マニュエル選手(米国黒人女性選手初の五輪金メダル)らなど、世界チャンピオンが学生選手として数多く在籍しています。
私は、スタンフォード大学スポーツ医局のアスレチックトレーナーとして、16年間、選手の体のメンテナンスに携わってきました。われわれが普段目を光らせるのは「どうすれば、選手から疲労を最大限取り除けるか」ということです。
回復に最適な空間を作り上げるべく、選手が治療に訪れるメンテナンスルームには常時23人のスタッフが勤務。24台のベッドがあり、治癒用の冷水・温水バスタブを備えた「リカバリー空間」で選手のダメージ除去に努めます。
世界一を目指す以上、激しいトレーニングも必要ですが、「回復」がままならなければトレーニングの成果を最大限に生かすことはできません。
なかでも重視するのが「疲労の予防と回復」です。なぜなら、疲れは練習をする以上避けて通れない身近な存在であるにもかかわらず、疲労があると「選手がパフォーマンスを最大限発揮できない」「試合に勝てない」ことに加え、選手とトレーナーが最も避けたい「ケガ」の遠因にもなるからです。
また、スタンフォードの場合、アスリートだからといって学業の成績が免除になることはいっさいありません。勉強とスポーツを高いレベルで両立させねばならず、そのためにはちょっとした疲労でもためるわけにはいかないのです。
「小さな疲れ」を甘く見ず、疲労に徹底的に対処する――このアプローチが、世界最強といわれるスタンフォードのスポーツチームを支えているといっても過言ではありません。
働きすぎて死ぬ国「日本」
2017年、アメリカのニュース番組ではしきりに「日本のKaroshi」について報じられました。英語では「過労死」に当たる概念が存在しないため、日本語がそのまま「Karoshi」という英単語になっているのです。
さまざまなデータを見ていると、日本は世界の中でも特に「疲労人口が多い」現状が見受けられます。
2015年の総務省の労働力調査によると、働く日本人の20.8%、男性だけに限れば30%が、1週間に49時間以上働く「長時間労働者」ですが、アメリカは16.4%、ドイツは9.6%、デンマークは8.4%ですから、世界的に見て「日本人は働きすぎ」といえるでしょう。
また、「一人当たり平均年間総実労働時間(就業者)」で見ても、日本は1719時間と、アメリカの1790時間に次ぐ数字。ドイツは1371時間、フランスは1482時間、デンマークは1457時間となっています。
アメリカも日本と同じく長時間労働のように見えますが、「アメリカ=長時間労働で高生産」「日本=長時間労働で低生産」という違いが指摘されていて、長時間労働によるダメージが日本の労働生産力に大きく響いている様子が伺えます。
「多少の疲れは気の持ちようでなんとか乗り切れるだろう」「ちょっと疲れたくらい、大したことではない」と思われるかもしれませんが、疲労は確実にパフォーマンスを下げる難敵です。私がそれを強く実感したのは、バスケットボールチームを担当していたときでした。
ナイキと共同で開発した特殊なウエアを、練習と試合中、選手たちに着用してもらったシーズンがあります。このウエアには特殊な装置が入っていて、選手たちにかかる負荷の量をすべて数値化して計測することができました。
加速や減速、方向転換、着地といったあらゆる動作の負荷を計測したところ、さまざまなことが見えてきました。
たとえば、ある大学との試合に向けて前年以上に練習量を増やしていた時期のこと。数日前から選手たちの負荷は徐々に増え、試合直前にはピークに達していました。これほど熱を入れて練習したにもかかわらず、その試合では20点近い大差で敗北。過去の対戦成績では、スタンフォード圧倒的有利であったにもかかわらず、です。
また、このシーズンは全体的に前年よりも練習量を増やして臨んだのですが、勝率自体は64.8%から50%に低下。個人別の成績で見ても、負荷が増えて疲労がたまった選手は、前日20点も得点したにもかかわらず翌日は3得点のみに終わるなど、調子に波がありました。
この調査から、「疲れた」というのは決して“感覚的な問題”ではなく、実際に体が発している悲鳴であることがわかったのです。
寝不足で「脳震盪」と同じ脳レベルになる
疲れる要因の1つに「睡眠不足」があるのですが、寝不足状態の脳は想像以上に活動レベルが低下していることもわかっています。
「アイトラッキング・テスト」という、小さな黒点を目で追わせることで脳の動きを計測するテストがあり、たとえば脳震盪を起こしたアメフト選手はテスト結果が著しく悪くなります。
スタンフォードでは運動部の全選手にこのテストを義務づけているのですが、水泳や陸上の選手でも「脳震盪を起こしたアメフト選手」と似たテスト結果を計測することがありました。
衝突が少ない水泳や陸上の選手がなぜ、と思って脳外科のドクターにデータを送ると、「この選手はスイマー? なら、睡眠不足かどうか聞いてください」とのこと。
つまり、「睡眠不足の選手の脳」と「脳震盪を起こした選手の脳」は似た状態ということなのです。疲労を我慢して寝不足で頑張っても、生産性は上がるべくもありません。
疲れがたまった結果生じる“症状“は人それぞれですが、典型的なものの1つに体が硬くなって関節の可動域が狭くなる「硬化」があります。
メジャーリーグ入りが有力視されている、野球部のある先発ピッチャーは疲れがたまった体についてこう語ってくれました。
「疲れがたまってくると、まず股関節の動きがいま一つになって体重移動がしっくりこなくなります。上半身もうまく回転しないので腕も振れず、早い回でボールに勢いがなくなります。そして、3回を超えたあたりから、明らかに球速が落ちます」
反対に疲れを感じなければ、「重心がぶれることなく腕を振ることができ、確実に100球前後まで投げられる」とのことです。
見えない疲労を「脈拍」で可視化する
このように、さまざまな角度で「パフォーマンスを低下」させる疲労。
「疲れ」は主観的な要素が強く、また本人も軽視しがちなので対処しづらい難敵です。しかし、手を打たなければ選手の体にダメージが残ったまま練習や試合を続けることになり、ケガにつながるリスクが増大します。
そこで、疲れているかどうかを判断するため、私たちは選手の脈拍と血圧を練習前・練習後などに常時測って「ベースライン」を把握しています。そして、ベースラインと比較して脈や血圧が変動していれば、「疲れのサイン」と見るようにしています。
水泳チームの2年生のある女子選手は、練習後、「脈が早くなったまま落ち着かない」と相談に来ました。
水泳はとてもハードなスポーツで、毎日8000〜1万2000メートル近く泳ぎます。練習中は脈が確かに早くなるのですが、プールから上がってしばらくすると通常なら脈は落ち着きます。
しかし、この時期はテスト直前ということもあり、疲れが体に蓄積。その結果、脈拍が落ち着かなかったのです。
一般の人の安静時の脈拍は70〜80程度。もし、正確にベースラインを把握したいのであれば、安静時、手首に反対側の手の人差し指と中指を当て、15秒間、脈を計測してください。それを4倍した数が、その人の脈のベースラインです。
激しく動いてしばらく経っても脈が落ち着かなかったり、安静時でも脈拍が早かったりしたときは、疲れがたまっていると判断することができます。
スポーツ医局が定義する「疲労状態にある4条件」
目に見えない疲労を客観的につかむため、スポーツ医局では「疲れている条件」として、先の脈拍を含めて次の4つを挙げています。
① 「脈拍」がいつもと違う
② 「就寝時間」「起床時間」が定まっていない
③ 体の要「腰」が痛い
④ 胸で浅い呼吸をしている
③と④の状態になると、体のバランスが崩れ、余計な負荷が体に生じます。ですので、この状態になれば選手の練習量は抑えつつ、反対に回復メニューの割合を増やしていくのです。
スポーツ医局ではこれらの4つの状態が選手に見られたとき、「疲労がたまっている」と判断して練習量を落とすなどの対策を徹底して取るようにしています。
それは、練習量を下げてでも回復や疲労予防を優先したほうが、最終的に発揮できるパフォーマンスは高くなり、成績にも直結することを数々の「敗北」から学んでいるからにほかなりません。
がむしゃらに頑張るだけでなく、体が休息を求めているときは勇気を出してペースを落とす姿勢が、自分レベルで100%の力を発揮するには欠かせないのです。
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提供元:忙しすぎる日本人が知らない「疲労」の4条件|スタンフォードの一流選手は回復を重視する|東洋経済オンライン