2023.10.11
老後の楽しみを一気に奪う「サルコペニア」の恐怖|健康寿命を延ばす「たん活」「貯筋」のススメ
年をとっても元気でいるためにはタンパク質の摂取と、筋トレが欠かせない(写真:PIXTA)
いくつになっても、旅行に出かけたり、好きなものを食べたりし続けたりしたいもの。そのためには、タンパク質を積極的にとりながら運動をすることで「筋力」を蓄えることが重要だと、諏訪中央病院の名誉院長、鎌田實氏は説く。
同氏と生島ヒロシ氏との共著書である『70歳からの「貯筋」習慣』では、高齢者が長く健康を保つために、体の筋肉を蓄える「貯筋」の大切さを提唱している。「がんばらない健康法」を提唱する鎌田さんに、その「貯筋」に長く取り組む食事や運動のポイントを聞いた。
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お金よりも「筋力」が減るほうが大変
――40~50代の世代にとって、両親は70~80代に差し掛かっていて、この先いつまで健康でいてくれるか気になります。
誰しも、80歳、90歳を超えても、自由に旅行したり、食事を楽しめるような老後を過ごしたいものだし、息子さん、娘さんもそれを望むのは当然ですよね。
そのためには遊ぶお金を貯めておく「貯金」ももちろん大事ですが、おいしいカツ丼を食べるのも、日帰り温泉に行くのも1000円札があればできること。実はお金よりも、「筋肉」が減ることのほうが、老後の楽しみを奪ってしまうのです。
40歳を過ぎると筋肉は毎年1~2%ずつ減っていき、 70歳を過ぎると「サルコペニア」に陥る人が増えていきます。サルコペニアとは加齢に伴い筋肉量が減少し、身体機能が低下する現象のことです。東京都健康長寿医療センター研究所は、75~79歳では男女ともに約2割が、80歳以上では男性の約3割、女性の約半数がサルコペニアに該当する、との調査結果を発表しています。
――サルコペニアになると、どういった支障が生じるのでしょうか。
サルコペニアになると、歩く、立ち上がるといった日常生活の基本動作に支障が生じ、転倒や骨折のリスクが高まります。そして、要介護の一歩手前の虚弱な状態である「フレイル」に至ります。サルコペニア、そしてフレイルを避けるためにも、日ごろの「貯筋」が70歳からの人生の充実度を決めるといってもいいでしょう。
――高齢者が人生を楽しむためにも「貯筋」が必要だということがわかりました。具体的にはどのように「貯筋」を実践すればよいですか?
「貯筋」には大きく2つの柱があります。「たん活」と「運動」です。「たん活」とは、「タンパク質いっぱいの食生活」のこと。タンパク質は、言うまでもなく筋肉をつくる材料です。しかし、高齢になるとともに食が細くなってしまい、タンパク質が不足しがちになると、サルコペニアに陥るリスクが高まります。
タンパク質を摂取する目安は、体重1キログラムあたり1グラム以上とされていますが、これでは今ある筋肉をキープするので精一杯。体重1キログラムあたり1.2グラム以上を目標としましょう。 60キログラムの人であれば72グラムですね。
「たん活」のイチオシは高野豆腐
――「たん活」のためには何を食べればよいですか。
肉・魚の動物性タンパク質が基本となります。動物性の油は生きていくうえでの活力にもつながります。僕の周りを見ても、90歳を過ぎても元気な人にはお肉が好きな人が多いです。共著者の生島ヒロシさんは、毎日肉と魚を食べる「ダブルたん活」を実践しています。
でも、お肉には脂肪が含まれるので、食べ過ぎずに植物性タンパク質で補うことも大事です。特に、豆腐や納豆などの大豆製品がお勧めです。
僕のイチオシは、高タンパクで低糖質の高野豆腐。高野豆腐には中性脂肪や悪玉コレステロールの上昇を抑える「レジスタントタンパク」が豊富に含まれているので、食後に血糖値が急上昇する「血糖値スパイク」も防いでくれます。
さらに、亜鉛、鉄、カルシウムといったミネラルも豊富。高野豆腐を 粉末状にした粉豆腐は小麦粉の代わりにもなり、僕はお好み焼きを作るときに使っています。間食が好きな人には大豆チップスもお勧めですよ。
――食べ過ぎて肥満を気にする人もいると思います。
確かに肥満は糖尿病や高血圧といった生活習慣病の原因の1つではありますが、僕は著書や講演で「ダイエットしましょう」と言ったことがありません。 なぜなら、日本人の多くは、メタボ健診の刷り込みが強く、肥満を過度に気にする「肥満パラドックス」に陥っているからです。
60歳、70歳を過ぎてから躍起になって体重を落とす必要はありません。食事制限で痩せようなんてもってのほか。気にすべきは「太っていないか」より「筋肉が落ちていないか」です。
――「たん活」と並ぶ、「貯筋」のもう1つの柱が「運動」です。
運動は、筋肉をつくるだけでなくさまざまな「いいこと」をもたらしてくれます。
鎌田 實(かまたみのる)/1948年東京生まれ。医師・作家。東京医科歯科大学医学部卒業後、諏訪中央病院へ赴任、以来40年以上にわたって地域医療に携わる。現在、諏訪中央病院名誉院長。チェルノブイリ、イラク、ウクライナへの国際医療支援、全国被災地支援にも力を注いでいる。(写真:青春出版提供)
運動すると、筋肉から「マイオカイン」という筋肉作動性物質が分泌されます。マイオカインには30種類ほどあり、その1つであるイリシンが血流に乗って脳に届くと、神経細胞を活性化し、血圧や、血糖値を下げる働きをします。 がんや認知症のリスクも下げる「究極の若返りホルモン」ともいわれています。
また、筋トレをすると男性ホルモンの「テストステロン」が分泌されます。 僕は「なにくそホルモン」と言っているのですが、人生の壁にぶつかっても、その壁を壊して前に進むことができるチャレンジング・ホルモンです。
生島ヒロシさんは、多額の借金を抱えながらも仕事が減ってきてピンチだった時期に、空いた時間で筋トレをしていたそうです。結果、ぐっすり眠ることができ、その後の仕事でいい循環が生まれ、借金も完済できた。その頃の生島さんは、筋トレすることで「なにくそホルモン」が出ていたのでしょうね。
犬の散歩は「ウォーキング」ではない
――高齢者の運動といえば「ウォーキング」が代名詞ですね。
確かにウォーキングは気軽に取り組みやすいのですが、よく犬の散歩を「ウォーキング」と称している人がいますね。申し訳ないけど、これは間違った考えです。犬のペースに合わせて散歩してもほとんど筋肉はつきませんから。
東京都健康長寿医療センター研究所の発表によると、歩幅が狭い人は広い人に比べて認知機能低下のリスクが3倍以上高く、特に女性の場合は通常の5.8倍も高い、とされています。 だから犬の散歩とは別に、歩幅をできるだけ広くとってウォーキングを行ってください。
ただ、歩幅を広くといっても70歳を過ぎると頑張りすぎてひざを痛めたり、呼吸が乱れてしまいます。僕が考案した「鎌田式ウォーキング」は、速歩きと遅歩きを組み合わせた「速遅歩き」。
3分間の速歩きの後は3分間の遅歩きでゆっくり腹式呼吸をしながら副交感神経を刺激して血圧や脈拍を整え、また3分間の速歩きに戻る、を繰り返します。
(イラスト:太田裕子)
「貯筋」はウォーキングだけではできない
――この「速遅歩き」なら、運動習慣のない高齢者でも実践できそうですね。
「貯筋」のためにはウォーキングだけでは不十分で、筋トレも必要です。でも、筋トレも多くの高齢者にとってはハードルが高いですよね。僕が勧めるのは「鎌田式スロー・スクワット」と「鎌田式かかと落とし」。スロー・スクワットでお尻や太ももなどの大きな筋肉を、かかと落としで「第二の心臓」といわれるふくらはぎを刺激し、全身の血流を促します。筋トレに慣れないうちは、テーブルなどにつかまりながらやってもかまいません。
(イラスト:太田裕子)
――高齢者でも取り組みやすい筋トレを教えていただきました。ただ、特に運動習慣のないの人にとってはよほど頑張って取り組まないと……。
いえいえ、頑張りすぎるとかえって長続きしませんよ。僕の健康法は「食べるな」とか「ダイエットしろ」なんて言ったことがありません。基本的にはおいしいものを食べるために僕たちは生きているのだから、「頑張って運動しなきゃ」と思わずに「体を動かしておけばこれからもおいしいお酒やごはんを楽しめるぞ」と思えたほうが、長続きすると思います。
運動が苦手な人に僕が勧めているのは「ながら運動」。例えば歯磨きしながらスクワットをする。料理のとき、お鍋に火が回るのを待つ間にかかと落としをする。テレビの野球中継を観ていてチェンジになったらスクワットをする――と決めてしまうのです。
この「ながら運動」は高齢者だけでなく、忙しいビジネスパーソンの方にも有効です。通勤中に、電車の吊り革につかまった時にかかと落としをする。駅から会社に行くまでの間に「幅広ウォーキング」をする。お昼休憩のとき、少し遠回りをして「鎌田式ウォーキング」をして、レストランまで行く――。「ながら運動」を日常生活に上手に取り入れればだんだんと習慣化できて、今度はやっているうちに楽しくなってきます。
運動を続ける「コツ」
――運動が楽しくなってくるんですか?
運動を続けると「ドーパミン」という快感ホルモンが分泌されます。子どもがテストでいい点数を取ったときにほめてあげると、子どもが「もっと頑張っていい点数を取ろう」とうれしくなってもっと勉強しますよね。それがドーパミンです。
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僕はスポーツジムに通っていますが、50キロのバーベルを担いでスクワットができると、トレーナーから「50キロのバーベルを担げる70歳以上の人なんかいませんよ!」とほめられる。そうするとうれしくなって「50キロ以上の重さにチャレンジしよう」と思える。これもドーパミンの仕業です。
運動を続けるコツは、夫婦間でほめ合う、あるいは「オレ、すごいかもしれないな」と自分で自分をほめ、ドーパミンを出すこと。気づかないうちに運動が楽しくなり、習慣化していきますよ。
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提供元:老後の楽しみを一気に奪う「サルコペニア」の恐怖|東洋経済オンライン