2020.09.07
芸人のうまい例えが「頭のいい人」の証拠なワケ|本質を把握しているからこそ、人に伝わる
ひざを打つような言葉の裏側には高度な思考が隠れています(写真:fizkes/iStock)
芸人さんは頭がいい。そんな言説を聞いたことがないでしょうか。お茶の間に「笑い」を届けるプロフェッショナルである芸人さん。メディアを通じて見る姿は時に「おバカキャラ」であったりしますが、もちろんそれはあくまでキャラ。人に笑ってもらうということは、われわれのような素人には想像もつかないほど難しいことだと想像します。
ところで芸人は何が優れているのでしょうか。「頭がいい」とはとても抽象的でぼんやりした表現に思えるのは私だけではないはずです。実は数学的なフィルターを通すことで、この問いにある答えが浮かび上がります。
松本人志さんは「お笑い」をどう捉えているか
あらためて、芸人の頭のよさとはなんでしょうか。これをよく「頭の回転が早い」という言葉で片付けてしまう人がいます。しかし、拙著『数学的に考える力をつける本』でも詳しく解説していますが、それは少しばかり表層的であり、彼らの優れたところはもっと深く具体的なものだと考えています。
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例えば売れている芸人の代表格としてダウンタウンの松本人志さんを挙げます。ご存じない方はほとんどいないほど知名度や実力を兼ね備えた芸人と言っていいでしょう。その松本さんは、「お笑い」というものをあるものに例えてこう表現をしています。
「(お笑いは)ちょっとまあ七並べに似ているとは思いますかねぇ」(NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」より)
私たち素人には到底わからない、松本さんだからこそ見えている景色がある。だからこそこの例えが作れるのだと私は勝手に解釈しています。ここで私が主張したいのは、実績を出してきた芸人の優れたところの1つに「うまい例えを作れること」があるということです。
例えばツッコミが上手なある人気芸人。細長い脚を見せる女性ファッションモデルさんが一列に並んだ状態を見て、「お箸売り場や」と一言。私も思わず笑ってしまいましたが、これもまさにうまい例えと言えるでしょう。
「例え」とは何か。私の定義は、あるものを同じ構造の別のもので説明することです。松本さんは「お笑い」というものを「七並べ」と説明していますが、これは両者が同じ構造をしているから言えることです。
私はお笑いについては素人ゆえ、松本さんがどのような構造化をしてこの例えにたどり着いたのかを解説することはできません。しかし、松本さんの頭の中については解説できます。結論から言えば、特徴を抜き出し、それを構造で捉え、同じ構造の別物を探したのです。
STEP1. 特徴を抜き出す
STEP2. それを構造で捉える
STEP3. 同じ構造の別物を探す
身近な例で解説します。例えば「恋」という概念を別の何かで例えてみます。
STEP1. 特徴を抜き出す
「恋」とは、男女が1対1で一緒にする行為である(男女ではないこともある)
STEP2. それを構造で捉える
「恋」=「男」+「女」 という足し算の構造になっている
STEP3. 同じ構造の別物を探す
「炭」=「火」+「木」 例えば「炭」もこれと同じ足し算の構造をしている
以上のプロセスにより、次のような例えを作ることができました。あまりうまく言えていないかもしれませんが。
「恋」は「炭」のようなものである。異なるものが合わさることで燃え上がる。そのときの風によって、すぐに消えてしまうこともあるし長く燃え続けることもある。
「構造で捉える」という数学的思考
この「構造で捉える」という行為が、実は私の専門でもある数学的思考と密接に関わっています。ご存じの通り、数学とは極めて抽象的な情報を扱う学問です。先程の「恋=男+女」は具体的な情報ですが、これを抽象的な情報にすると次のように表現できます。
Z=X+Y
そしてこの抽象的な情報と同じ構造をしている別の具体的な情報が「炭=火+木」になります。つまり、具体A→抽象→具体Bというプロセスを踏み、具体Aと具体Bは同じものであると説明しています。
同じように考えれば、次の数学の問題は「同じ」と考えていいことになります。
問題A 時給1000円のアルバイトで5万円の給与をもらった。何時間働いた?
問題B 単価3万円の商品で360万円の売り上げを得た。何個売れた?
問題Aにおいて働いた時間をXとすれば、この問題で提示されている事実は「50000=1000X」という数式で表現できます。そしてこれは次のような構造をしていることになります。
(与えられた数S)=(与えられた数T)×X
この構造と同じ別のものを考えれば、この問題は「同じ」ものがいくらでも作ることができます。皆さんが学生時代に解いた数学の問題は、このようなプロセスで作られています。数学の問題を作る行為と例えを作る行為は、実は同じなのです。
余談ですが、ある数学者がこのような言葉を残しています。
「数学とは、異なるものを同じものとみなすアートである」(アンリ・ポワンカレ)
この言葉の本質が、少しでも伝わっていればうれしく思います。
ところでこの内容は一般的にアナロジーと呼ばれます。特定の事物に基づく情報を、他の特定の事物へ、それらの間の何らかの類似に基づいて適用する認知過程というのが一般的な説明です。しかし私は先述の3ステップで理解するのがもっとも多くの人に伝わる説明であると考えています。
アナロジーはすぐに上達するものではなく、長期的な訓練が必要です。しかし「アナロジーを練習しましょう」と申し上げても、ほとんどの人は何をしたらいいかがわかりません。そこで私は「例えを作ることを習慣にしてください」と提案しています。日常のさまざまな事象や事物についてそれをどんな例えで説明しようかを考えることが、必然的に3ステップを踏むことになり、アナロジーを身体で覚えることにつながります。
エクササイズを用意しました。
Q)「計画のないビジネス」を別の何かに例えてください
計画性のない人は短期的にはうまくいっても、長期的にはうまくいかない。だから合理的な準備をして計画的に仕事をしている人が最終的には勝つ。私はそう思っています。さて、あなたはこのお題をどう料理しますか。回答例としてひとつご紹介します。
STEP1. 特徴を抜き出す
「計画のないビジネス」=「市場が見えていない」+「やみくも」
STEP2. それを構造で捉える
市場が見えていない中で、やみくもに施策を打っている
STEP3. 同じ構造の別物を探す
「暗闇でのボクシング」=「相手が見えていない」+「やみくもに繰り出すパンチ」
成果を出している人は「例え」がうまい
「計画のないビジネス」は「暗闇でするボクシング」のようなものである。たまたまヒットすることがあってもそれは偶然にすぎず、長期戦になれば疲れて自爆するだけ。
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「例え」を作るメリットは2つあります。1つは物事の構造を明らかにできるので、本質を把握しやすいこと。もう1つは、何かを伝えるときに比喩を使うことで「伝わる」コミュニケーションができること。前者は思考。後者はコミュニケーション。すべてのビジネスパーソンに必要なリテラシーです。
冒頭では芸人をテーマにしましたが、これはあくまで事例の1つにすぎません。どんな世界でも成果を出している人は思考の質が高く、伝わるコミュニケーションができます。彼らはなぜそれができるのか。アナロジーという、数学でも説明できる思考法が上手だからです。
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提供元:芸人のうまい例えが「頭のいい人」の証拠なワケ|東洋経済オンライン