2018.09.03
「お酒は少量なら健康に良い」はウソだった?|「海外一流誌」の最新論文をどう読むか
お酒は少量であっても体に悪いのでしょうか?(写真:art-4-art/iStock)
「お酒は1日1杯程度なら健康に良い」という説と、「お酒は少しであっても体に悪いから控えるべき」という説の両方を耳にして、いったいどちらを信じればいいのかと悩んでいる人も多いのではないだろうか。
最新の膨大な研究論文をもとに、科学的根拠に裏付けされた「食の常識」を伝える『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』を上梓したUCLA助教授の津川友介氏に、お酒は少量であっても体に悪いのか、科学的根拠をもとに解説してもらう。
世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事 ※外部サイトに遷移します
『ランセット』誌に掲載されたお酒の論文の衝撃
2018年8月23日に世界的権威のある医学雑誌『ランセット』誌に掲載された1本の論文が世界に衝撃を与えた。それまでは少量であれば健康に良いが過量になると悪影響があると考えられていたアルコールが、たとえ少量でも健康に悪いという報告であったからである。
『ランセット』誌に掲載された1本の論文 ※外部サイトに遷移します
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アメリカのガイドラインでは、アルコールは女性なら1日1杯、男性なら1日2杯以下におさえることが推奨されている。
アメリカのガイドライン ※外部サイトに遷移します
イギリスでは、性別にかかわらずアルコールは(ワイン換算で)1日2杯までに抑えるべきだとされている。
イギリスのガイドライン ※外部サイトに遷移します
今回の研究を受けて、アルコールに関する常識は変わるのだろうか?
なぜこのように結論が一貫していないように見えるかというと、アルコールは少量であれば動脈硬化によって起こる病気(脳梗塞や心筋梗塞)のリスクを下げるものの、がんに関しては少量でもリスクを高めるからである。
そもそもアルコールが少量ならば健康に良いのではないかという話は、フランス人の食生活から来ている。
脂肪の摂取や喫煙は動脈硬化を起こして脳梗塞や心筋梗塞を起こすことは昔から知られていた。ところが、フランスではバターなどの健康に悪い脂肪をたくさん摂取し、喫煙率も高いにもかかわらず、近隣諸国よりも心筋梗塞の死亡者が少ないことが知られており、「フレンチ・パラドックス(フランスの逆説)」と呼ばれていた。フランス人はワインの摂取量が多いため、これが健康に良い働きをしているためこのような現象が見られると考えられるようになってきた。
このような現象 ※外部サイトに遷移します
その後、複数の研究でアルコールは少量であれば動脈硬化を原因とした病気によって死亡する確率を減らす可能性があると報告されており、これが「アルコールは少量であれば健康に良い」と言われるようになったゆえんである。
少量のアルコールでもがんのリスクを上げる可能性
2018年4月に同じく『ランセット』誌に掲載された他の論文では、83個の研究を統合して解析したところ、アルコール換算で週100グラムまでであれば脳梗塞や心筋梗塞による死亡のリスクは上がらないと報告されている。
『ランセット』誌に掲載された他の論文 ※外部サイトに遷移します
注意が必要なのは、アルコールで脳梗塞や心筋梗塞のリスクが下がっている(因果関係)のか、アルコールを飲んでいる人が脳梗塞や心筋梗塞のリスクが低いだけなのか(相関関係)なのかはわかっていないということである。
遺伝的要因によってアルコールが飲める人と飲めない人がいるし、アルコールを飲むと具合が悪くなる人はもちろん飲酒量が少ない。もしアルコール耐性の遺伝子を持っている人ほど脳梗塞や心筋梗塞のリスクが低いのであれば、アルコールを少量飲んでいる人ほどリスクが低くなるように見えてしまうことはありえることは過去の研究から指摘されている。
過去の研究 ※外部サイトに遷移します
その一方で、アルコールはたとえ少量でもがん(特に乳がん)のリスクを上げる可能性は以前より報告されていた。
要は少量のアルコールが健康に良いかどうかは、動脈硬化への影響とがんへの影響の「つな引き」で決まるということである。今回の研究はこの2つを組み合わせると健康への影響がどうなるのかを分析したものだ。
今回『ランセット』誌に掲載された論文は、世界195カ国で実施された592の研究を統合した、それこそ大規模研究である。心筋梗塞や乳がんを含む23個の健康指標へのアルコールの影響を総合的に評価したものであった。
この論文に掲載された図では、1日1杯ではほとんどリスクが上昇しておらず、1日1杯以上になると飲酒量が増えるに従い、病気になるリスクが上昇しているように見える。
注:アルコール摂取量とアルコール関連の病気になるリスクの関係。横軸に飲酒量(1杯=純アルコール換算で10g)、縦軸にあらゆる病気になる相対リスク(動脈硬化もがんも合わせて重みづけ平均を取ったもの)を表している。なお、正確には、障害調整生存率(DALY)という指標を用いて評価している。DALYとは、疾病や危険因子に起因する死亡と障害に対する負荷を比較できる形で、健康への影響を総合的に定量化するための指標である。 出典:GBD 2016 Alcohol Collaborators[2018].
ちなみにここでの1杯とは、純アルコール換算で10gのことを指す。10gの純アルコールはグラス1杯のワインやビールに相当する。
最後は自分自身のリスク要因で決める
論文によると、健康リスクを最小化する飲酒量に関して、最も信頼できる値は1日0杯であり、95%の確率で0~0.8杯/日の間に収まるという結果であった。この結果を受けて「最も健康に良い飲酒量はゼロである」と主張している人も多いが、筆者は個人的には「1日1杯までであればリスクは上昇しない」と解釈してもいいのではないかと思っている。
病気ごとで見てみると、心筋梗塞に関しては、少量の飲酒をしている人ほどリスクが低く(男性では0.83杯/日、女性では0.92杯/日の飲酒している人で最もリスクが低かった)、ある程度以上になるとリスクが高くなるのがわかる。一方で、女性のデータを見ると乳がんや結核は、少量からリスクが上昇しているのがわかる。男性のデータもほぼ同じパターンであった(男性の場合は乳がんの代わりに口腔がんのリスク上昇が認められた)。
注:アルコール摂取量とそれぞれの病気になるリスクの関係(女性のデータ)。横軸に飲酒量(1杯=純アルコール換算で10g)、縦軸にそれぞれの病気(左上→乳がん、右上→心筋梗塞、左下→糖尿病、右下→結核)になる相対リスク(正確には障害調整生存率)を表している。 出典:GBD 2016 Alcohol Collaborators[2018].
つまり、1日1杯程度の少量のアルコールの場合、心筋梗塞や糖尿病のリスクが低いことと、乳がんや結核(そしてアルコールに関連した交通事故や外傷)のリスクが高いことが打ち消しあって、病気のリスクは変わらないという結果になっていると考えられる。
この結果を見て、私たちはどのように生活習慣を変えればいいだろうか?
第一に、好きでもないのに健康に良いからという理由でアルコールを少量飲んでいる人は止めたほうがいいだろう。健康へのメリットは思われているほどはっきりしたものではないし、がんやケガのリスクを高めてしまう可能性がある。
ではアルコールが好きで飲んでいる人(ほとんどの人はこちらだろう)はどうしたらいいだろうか。自分自身のリスクなどを総合的に判断して決めるべきだろう。近い親族にがんになってしまった人がいる遺伝的にがんのリスクの高い人は、アルコールの摂取量を最低限に抑えることをおすすめする。過去にアルコール関連で事故やケガをしてしまった人も控えた方がよいだろう(ランセットの論文で少量の飲酒でも病気のリスクが上がる原因は、がんだけでなく飲酒に伴う事故やケガも含まれていたため)。
もちろんアルコールを飲むことで人生が豊かになり、生活の質が上がるという人もいるだろう。人間は病気にならないためだけに生きているわけではないので、そのような人は適量、つまり1日1~2杯までに抑えてたしなむことがいいと筆者は考える。
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提供元:「お酒は少量なら健康に良い」はウソだった?|東洋経済オンライン