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2018.06.25

「独居認知症」あなたが知らない強烈な現実|本人や周囲が用意できることはあるのか


一人暮らしの認知症の人たちはどんな生活を送っているのか(写真:Branimir76/iStock)

一人暮らしの認知症の人たちはどんな生活を送っているのか(写真:Branimir76/iStock)

今年3月、私が勤務する神奈川県横浜市の薬局に、80代男性の泉田武さん(仮名)がホームヘルパーに付き添われてやってきた。聞けば泉田さんは認知症を患いながらも一人暮らしをしているという。2人の会話を耳にした私は驚いてしまった。

「泉田さん、この前、お部屋がうんちとゴミだらけで掃除大変だったわよね?」(ホームヘルパー)

「そうだったっけ?」(泉田さん)

泉田さんは機嫌よくニコニコと笑っていた。汚物まみれになっていた自分の部屋、それもつい最近起こったことを、もう覚えていないらしい。

認知症当事者が一人暮らしだったら

認知症は脳の細胞が何らかの原因で死んでしまったり、働きが悪くなったりすることで「判断力」「記憶力」「実行力」「計画力」などに障害が起こった状態を言う。認知症当事者の「朝ご飯はまだ?」という問いに対して、介護者が「さっき食べたでしょう」と返すやり取りが典型例だ。それが一人暮らしだったらいったいどうなるのか。

神奈川県川崎市で古着を扱う会社を経営していた80代の三浦誠さん(仮名)は、リタイア後も毎月大量の古着を取り寄せてしまう。2階建ての一軒家はゴミを捨てるときのビニール袋に入った大量の古着が天井近くまで山のように積まれていて、窓を塞いで昼でも薄暗い。天井裏にはハクビシンが住み着いており、衛生的とは言えない環境だ。現在、30~50代の働き盛りにとっても、離れて暮らす自分の親にもかかわる問題となるかもしれない。

自宅の1階、2階ともに古着でいっぱいになると、三浦さんはなんと次の不動産を買い求めた。そこもいっぱいになると、次の物件を買う。

結局、三浦さんは2軒の一戸建てと、2部屋のマンションを古着の山にしてしまった。4軒ものマイホームを持つ三浦さんだが、自分が暮らすスペースは仏壇の前のわずかメートル四方だけ。食事をする場所がないので、スーパーで買った冷たいままの弁当を玄関の前に座り込んで済ませている。

第三者からすると、財産管理や健康状態に問題はないのかと心配になるが、本人は週数回のデイサービスに行くのを楽しみにしていて、困った様子を一切見せることもなく、この暮らしを満喫している。

30年以上にわたり介護の仕事に携わってきた「あうん介護センター」の介護支援専門員・中馬三和子さんは数年前の冬、神奈川県川崎市の道端で倒れていた80代男性の黒川修さん(仮名)を保護したことがある。

自宅が糞尿まみれでも、本人に悲壮感はなかった

中馬さんによると、黒川さんはガリガリにやせ衰えて、数メートル先まで尿臭が漂っていた。黒川さんは定年退職後、やることがなくなり、ろくに食事もせず、毎日缶ビールを飲んで過ごしていた。そのうち風呂に入る、着替えるといった日常のことができなくなって体が衰弱。やがて、失禁するようになった。

強烈な尿臭の原因は、失禁しても着替えることができず、そのまま乾いて、また失禁して……を何日も繰り返しながら履き続けていたデニムのパンツだった。あうん介護センターが黒川さんを送り届けるときに足を踏み入れた自宅は、糞尿まみれだったという。

ところが、そんな状況になるまで、黒川さんは誰かに助けを求めることはなかったし、当人に悲壮感はまったく見られなかった。

一人暮らしで認知症だというと「さぞかし本人は大変だろう」と思うかもしれない。しかし、当事者は認知機能が低下してしまっているため、「悲惨なこの状況をどうにかしたい」とか「困っているから支援してほしい」と、判断できない状態にあることが多い。信じられないかもしれないが、転倒・骨折しても、痛みを訴えられず、そのまま過ごしていることもあるという。

認知症が進むと、洋式トイレを見てもトイレだとわからなくなる人がいる。おそらく、和式のトイレで過ごしてきた期間が長く、洋式トイレになじみが薄いためだ。洋式トイレを便器だと認識できなくて、どうしていいのかわからず、洗面台を便器だと思って、そこに排便をしてしまうのだという。洋式便器にたまった水を手洗い場だと認識して、そこで手を洗う人もいる。それでも当事者たちは、平然とした様子で暮らしている。

2025年に日本の認知症患者は65歳以上で約5人に1人に上ると推計されている。しかも、65歳以上の単身世帯は36.9%に及ぶ見込みだ。本人の子どもを含めると、「独居認知症」は身近に起こりうる問題だと言える。

そうした独居認知症者に対して、本人や周囲が用意できることはあるのか。東京都大田区で約400人の患者さんの在宅医療を支えている「たかせクリニック」の髙瀬義昌医師は、「アドバンス・ケア・プランニング」という方法を薦める。

「自分で自分のことを決められなくなったときに備え、前もって、家族やかかりつけ医などの周りの人たちとの話し合いの機会を持ち、医療やケアに対する自分の意思を伝えておくのです。エンディングノートのように、あらかじめ考えておくべきことがリスト化されているものを活用すると考えをまとめやすいでしょう」(髙瀬医師)

最期まで「らしく」あり続けたいと考えるなら

ノートには緊急で入院したり、介護施設の利用が必要になったりした際、スムーズに自分が理想とする支援を受けられるようにするため、次の4つの項目を忘れずに記載しておくといいのだという。

(1)家族・親族などの緊急連絡先
(2)いざというときに医療や介護のサービスを受けたときの支払いのこと
(3) これまでの病気の記録と治療を受けた医療機関
(4)現在飲んでいる薬の記録

特に、いざ入院になった際、必要なおカネが円滑に被介護者へと流れる準備が大切だ。入院費は施設によるが1日1万5000円ほどかかる。認知症の親の銀行口座から入院費を引き出すことができずに立て替えが長期間に及び、子ども世帯の生活が立ち行かなくなってしまったというケースもしばしばあるためだ。

これらをクリアファイルに挟んだら、家に助けに入った人がすぐにわかるように、壁などの目立つところに貼っておくといい。

「一人暮らしの場合は、支援の目が届くまでに時間がかかることがあります。医療・介護・おカネの備えにも増して大切なことは、万が一、一人で家の中で倒れて助けを呼べずにいたときに、いち早く適切な支援につながるよう、自分を見つけてくれるご近所とのつながりをつくっておくことです」

かかりつけ医を持つ、介護サービスを利用するなどして、定期的に顔を合わせる相手を持つ。また、地域にあるコミュニティカフェや、地域包括支援センターなどに顔を出しておくことも地域に顔見知りを作るのに役立つ。

それまで数十年間積み重ねてきた人生の終盤で、自分や家族に助けが必要なのに意思表示ができない状態になっても、最期まで「らしく」あり続けたいと考えるなら、本人も周囲も今からできることを準備しておきたい。

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提供元:「独居認知症」あなたが知らない強烈な現実|東洋経済オンライン

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