2024.02.10
"複数の言語を話す"が脳の健康に良いという真実|人間がAI時代に外国語を学習する意味は何か
バイリンガルであることも、加齢に伴う認知力低下を抑える働きがあることがわかってきました(写真:Fast&Slow / PIXTA)
AIなどテクノロジーの力を借りれば、楽に翻訳ができるようになった今、あえて人間が外国語を学び、自らの言葉として習得する必要はあるのだろうか。そう疑問を持っている人もいるでしょう。
しかしアメリカ・ノースウエスタン大学教授で、心理言語学者のビオリカ・マリアンさんは、複数の言語を話す能力によって創造性の扉が開かれ、脳の健康や認知をコントロールする力も手に入る、と語ります。
ビオリカさんの著書『言語の力 「思考・価値観・感情」なぜ新しい言語を持つと世界が変わるのか?』から一部を抜粋し、「外国語を学ぶと脳に何が起きるのか」最新研究をもとにした記事をお届けします。
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「バイリンガル」であるかが健康長寿に貢献?
人類が追い求める聖杯といえば、永遠の若さを与えてくれる不老不死の薬だろう。この聖杯を探す旅は、聖書と同じくらいの歴史がある。そして現在、私たちは「ブルーゾーン」と呼ばれる場所を研究している。
ブルーゾーンとは、健康長寿の人が多く暮らす地域のことだ。地球上の他の場所に比べて平均寿命が長く、100歳を超えている人の割合も高い。
研究の目的は、高齢になっても健康を保ち、寿命を延ばす秘訣を探ることだ。たしかに「聖杯」はまだ見つかっていないが、健康長寿に貢献していると考えられる要素ならいくつかわかってきた。
特に大きな要素は、運動、栄養教育だ。そしてバイリンガルであることも、加齢に伴う認知力の低下を抑える働きがあることがわかってきた。
ここで想像してみよう。何年にもわたって毎日同じ道を通って帰宅していたのに、ある日その道が崩壊し、もう通れなくなってしまった。
他にも道がたくさんあるのなら、1本の道が通れなくなっても、他の道を通って帰ればいい。しかし、家に帰る道がそれしかなかったとしたら、あるいはあなたがその道しか知らなかったとしたら、道が通れなくなることは大きな問題だ。
脳の中の通り道もそれと同じだ。1つの道が劣化し、もう記憶や情報にたどり着けなくなったとしても、マルチリンガル(複数の言語を話す人)の脳内には他にも道がある。
長年にわたって複数の言語を話してきた結果、違う言語の単語、記憶、経験などが蓄積し、たくさんの神経の通り道が形成されてきたからだ。
最新の研究でわかってきたこととは?
夫の母親のウィルヘルミーナはオランダ人で、年齢は80代だ。4カ国語に堪能で、頭もとてもしっかりしている。
最近の研究によって、複数の言語を話すことは脳の健康に有効だということがわかってきた。その研究結果を裏づける高齢者はたくさんいるが、ウィルヘルミーナもその1人だ。
マルチリンガルを対象にした神経科学の研究からさまざまなことがわかってきたが、最近の発見の中で特筆すべきは、複数の言語を話すことは、アルツハイマー病やその他の認知症の発症を平均して4年から6年遅らせるというものだろう。
運動と食事を別にすると、脳の老化を予防するのにここまで効果がある方法は他になく、まさに驚くべき発見だ。
認知症の発症が数年遅れるということは、自立して生活し、人生を楽しめる期間が延びるということを意味する。そしてもしかしたら、孫と一緒に遊び、その成長を見守る人生と、孫が誰だかわからない人生を分けるカギにもなるかもしれない。
2つ以上の言語をつねに使い分けていると、脳内ではより多くの神経の通り道が形成される。加齢による脳そのものの衰えは避けられないが、普通よりもたくさんある神経の通り道が、その衰えを補う役割を果たしてくれるのだ。
もちろんバイリンガル(2つの言語を話す人)も、認知症になれば脳の機能は低下するが、脳内につながりがたくさんあるおかげで、残りの機能をより効率的に使うことが可能になる。
言い換えると、マルチリンガルも認知症にはなるが、その症状は脳が同程度に衰えたモノリンガル(1つの言語のみ話す人)に比べて軽いということだ。
マルチリンガルは、たとえ脳の機能が認知症と診断されるほど衰えても、日常生活への影響が出にくい。
モノリンガルとバイリンガルの脳の機能を厳密に比較した研究によると、バイリンガルは、記憶力と認知機能の低下がモノリンガルよりも少ない。それに、MMSE(ミニメンタルステート検査)など認知機能を測定する標準テストでもモノリンガルより好成績だった。
複数の言語を話す人は認知症の発症が遅くなるという現象は、「認知予備能」として知られている。
認知予備能とは、脳の生理学的な状態と、実際の認知機能のレベルの違いを表す表現だ。代替となる認知リソース(予備能)を持っていることは、脳の病気やストレスといった抑制に対抗する有効な手段となる。
この能力を、脳のダメージに対するレジリエンスだと考えてみよう。
認知能力の予備をたくさん持っている人は、予備の少ない人に比べ、たとえ病気、加齢、ストレス、一時的な健康状態の悪化などで脳が同程度のダメージを受けていても、認知機能を使うタスクで高い能力を発揮することができる。
特に影響が大きい要素は「教育」
認知症や、認知機能の衰えに関する研究からわかるのは、教育レベルと、複数の言語を話すことは、病気の進行を遅らせる要素になるということだ。
この2つのライフスタイル要素は、運動、ストレス管理、そして生涯を通じて好奇心を保つことと並んで、年を取っても頭脳明晰でいる助けになってくれる。
もちろん、脳の健康に効果がある経験は、母語以外の言語を話すことだけではない。音楽は豊かな聴覚体験の一形態であり、聴覚処理能力を向上させる助けになってくれる。ただ読むことも一種の認知体験であり、単語と意味をつなげる働きがある。
またゲームをすることも、認知制御といった脳の機能にいい影響があるとされている。何か新しい挑戦を経験することも、それが旅行であれ、あるいはクロスワードパズルやジグソーパズルであれ、高齢になっても脳の健康を保つ助けになる。
中でも特に影響が大きい要素は教育であるようだ。最近の研究によると、学士号を持つ80歳の女性の記憶力は、平均すると高卒の60歳の女性の記憶力と同程度になるという。
研究者たちはこの結果を受けて、4年間長く教育を受けることは、20年間の加齢による記憶力の低下を補う力があると考えた。
「マルチリンガル」の特質
マルチリンガルには、音楽の訓練に伴う聴覚の向上、読むことに伴う単語と意味のつながりの強化、ゲームをすることに伴う認知制御の拡大、刺激のある活動をすることに伴う脳の健康向上、教育に伴う学習能力の向上、運動に伴う認知症の予防といった利点をすべて実現してくれる力がある。
メタ分析(複数の研究を対象にした分析のこと)によると、バイリンガルであることが認知機能に与える影響は、運動が認知機能に与える影響とだいたい同じだという。
マルチリンガルだけの特質をもう1つあげるなら、それは新しい言語を習得してしまえば、後は特に何もしなくてもマルチリンガルであることの利点を享受できるという点だ。
脳に刺激を与える他の活動、たとえば大学に通う、クロスワードパズルや数独を解く、運動をする、本を読むといった活動の場合、効果を上げるためにはその活動をずっと続けなければならない。そのためには時間が必要であり、ときにはお金が必要になることもあるだろう。
一方でマルチリンガルの場合は、ただ普通に日常生活を送っているだけでいい。複数の言語を管理するということは、それだけで認知機能のエクササイズになるからだ。
使う言語を選ぶ、使わない言語を抑制する、言語を使いこなす、言語を管理するといった認知機能のエクササイズが、マルチリンガルの脳内ではすべて自動的に行われている。
知っている複数の言語を操るにはこういった脳の体操が必要であり、この脳の体操によって脳が実際に変化し、高齢になってからも認知機能を維持できる確率を高めているのだ。
神経科学の世界では、「認知予備能」と「神経予備能」を区別するようになってきている。認知予備能が意味するのは、認知機能の衰えを補う能力全般のことだ。
対して神経予備能の意味はもっと限定的で、灰白質の増加、白質の統合、脳の構造や機能のつながりの強化など具体的な脳の「補強」をさしている。
どちらの予備能も、複数の言語を話すことによって向上するようだ。そして生涯を通じて、それぞれの言語をたくさん使い、堪能になるほど、認知予備能も神経予備能もさらに強化されていく。
平均年齢81歳の高齢者を対象にした研究で、英語と他の言語を話すバイリンガルは、同年代のモノリンガルに比べ、以前に見た写真の情景をよく覚えていることがわかった。
研究の参加者は、バイリンガルかモノリンガルかにかかわらず、非言語性知能、教育を受けた年数、英語の語彙は同程度だった。さらにバイリンガル同士を比較した研究では、第二言語の習得が早く、バイリンガルとしてすごした年数が長いほど、記憶力が優れているという結果になった。
3以上の言語を話す高齢者は認知障害のリスク減
また別の研究では、3つ以上の言語を話すマルチリンガルの高齢者は認知障害のリスクが低下することがわかった。さらに年齢と教育レベルを考慮して調整を加えても、やはり結果は同じだった。
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2つの言語を話すバイリンガルと、3つ以上の言語を話す人を比較する研究はそれほど行われていないが、数少ない研究の結果によると、3つの言語を話すトリリンガルであることは、バイリンガルであることよりもさらにいくつかの認知機能の強化につながるようだ。
各国の公衆衛生研究を分析したところ、マルチリンガルの国ではアルツハイマー病の罹患率が低いということがわかった。国民が話す言語の数が平均して1つの国は、その数が平均して2つ以上の国に比べ、アルツハイマー病の罹患率が高くなっている。
アルツハイマー病の罹患率は話す言語の数が増えるごとに一貫して低下を続け、国民が話す言語の数とアルツハイマー病の罹患率の間には直接的な関係がある。
(翻訳:桜田 直美)
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提供元:"複数の言語を話す"が脳の健康に良いという真実|東洋経済オンライン