2022.10.07
企業が続々実践「健康経営」2つの大きなメリット|テレワークが普及し生活習慣病のリスクも増加
健康経営には大きなメリットもあります(写真:takeuchi masato /PIXTA)
コロナ禍で普及が進んだテレワークには、従業員の健康という観点から見るとデメリットがある。それは運動不足による生活習慣病リスクの増加だ。生活習慣病、ひいては脳卒中、心臓病、がんなどの深刻な病気につながる恐れがある。
また、メンタルヘルスの不調をきたす人も増えている。コミュニケーション不足によるストレスや、仕事とプライベートの切り替えがしにくいことでオーバーワークになってしまうことが原因だ。
そんな中、従業員の健康管理に戦略的に取り組む「健康経営」に力を入れる企業が増えている。その背景について解説したい。
始まりはアメリカから
健康経営の始まりは、アメリカの心理学者であるロバート・H・ローゼンによる『The Healthy Company』に基づくと言われている。当時のアメリカは従業員の医療費負担が高騰し、企業経営まで支障がでたことがきっかけで1990年代から健康経営が広まった。
日本では、2006年にNPO法人健康経営研究会が発足し、健康経営の考え方を定義。その後、2013年6月に閣議決定された安倍政権の「日本再興戦略」で、国民の健康寿命の延伸が政策の柱となり、健康経営が広まるきっかけとなった。
さらに、2016年度には、経済産業省が「健康経営優良法人認定制度」を設立。特に優良な健康経営を実践している大企業や中小企業等の法人を顕彰する制度として、毎年行われている。
制度が始まった2016年度の認定企業数は、大規模法人部門235法人、中小規模法人部門318法人であったが、2021年度には、大規模法人部門で2299法人、中小規模法人部門で1万2255法人が認定された。このように、現在、健康経営に注力する企業が増え続けている。
長らく日本の企業では、従業員の健康問題は「私事」とされてきた。もちろん、健康診断やストレスチェックは行われているが、法令で決められていること以上に、個人の健康問題に企業が踏み込むことはなかったと言っても過言ではないだろう。
ではなぜ、健康経営に取り組む企業が増えているのだろうか?
健康経営に取り組むメリットの1つは、労働生産性の向上が期待できる点だ。企業の労働生産性にはアブセンティーイズム(傷病による欠勤)やプレゼンティーイズム(出勤はしているものの健康上の問題によって完全な業務パフォーマンスが出せない状況)が影響する。
アメリカの調査結果では、企業の健康関連コストの中でプレゼンティーイズムは、アブセンティーイズムや医療費よりも多いと言われている。
プレゼンティーイズムの原因としては、花粉症などのアレルギー症、腰痛・頭痛、生活習慣病、うつ病などがあげられる。このような状態では仕事に集中できず、労働生産性も低下する傾向にある。これら健康課題を解消するために健康投資することで、従業員の労働生産性向上が期待できる。
また2つ目のメリットは、健康経営優良法人に認定されると、従業員や求職者、関係企業や金融機関などから社会的評価を受けることができる点だ。健全で働きやすい職場環境を整えることで、ワークエンゲージメントや従業員の定着にもつながる。
従業員の離職率も低い
実際、健康経営に取り組む企業は、従業員の離職率が低く、株価もTOPIXと比べて高い水準を保っていることがわかった。
令和4年6月経済産業省ヘルスケア産業課作成の資料「健康経営の推進について」より抜粋
令和4年6月経済産業省ヘルスケア産業課作成の資料「健康経営の推進について」より抜粋
つまり、健康経営に力を入れることが、従業員の生産性、ひいては企業価値を上げることにつながるというのである。
また健康経営を国際的に発信することで、日本企業のブランド力を高め、海外からの投資促進を狙うことも計画されている。
このようなメリットもあり、各企業がこぞって健康経営に注力している。
では企業側は具体的に、どのような取り組みをしているのだろうか。
経産省のHPには、令和3年度健康経営度調査に基づく2000社分の評価結果が公開されている(令和3年度健康経営度調査に基づく2,000社分の評価結果を公開しました (METI/経済産業省))
(令和3年度健康経営度調査に基づく2,000社分の評価結果を公開しました (METI/経済産業省)) ※外部サイトに遷移します
このデータから、企業の経営課題やそれに対する目標や取り組みがわかる。
例えば、上位企業の経営課題には、「従業員の平均年齢の上昇」「コロナ禍での生活習慣」「生産性の向上」が挙げられている。それらの対策として、「適正体重維持者の割合向上」「ヘルスリテラシーの向上」「アブセンティーイズム改善」「プレゼンティーイズム改善」「ワークエンゲージメント改善」等を目標として定めている。
取り組みとしては、「経営トップからのメッセージ」「体組成計の配布」「ウェアラブル端末貸与」「ウォーキングイベントの実施」「ヘルスリテラシー研修」「AI健康アプリ導入」など多岐にわたる。
ただし健康経営の取り組みは、企業規模や従業員の平均年齢、リモートワーク導入状況などにより変わるので、一概に同じ施策を実施しているとは限らない。
個別の企業がどのような施策をしているのか?などのより具体的な事例は、経済産業省や健康長寿産業連合会が公開している。(健康経営優良法人取り組み事例集 令和2年3月、健康経営先進企業事例集)
健康経営優良法人取り組み事例集 令和2年3月 ※外部サイトに遷移します
健康経営先進企業事例集 ※外部サイトに遷移します
企業の健康経営をサポートするビジネスも登場
企業の健康経営に対するニーズの高まりを受けて、その取り組みをサポートする新たなビジネスも始まっている。特に、健康経営支援システムの市場は年々右肩上がりで拡大しており、2029年には88億円になると見込まれている。
では、実際にはどのような健康経営支援サービスがあるのだろうか。
例えば、ライザップ(東京都)では、健康経営に取り組みたいが、具体的に何をすればよいかわからない、ノウハウがない企業に向けて、「RIZAPウェルネスプログラム」を提供。ライザップのトレーナーが、各社に合わせたセミナーやトレーニングなどを行う。オンラインでも参加可能だ。
私がCMOを務めるリンクアンドコミュニケーション(東京都)でも、開発したAI健康アプリ「カロママ プラス」を使い、食事や運動、睡眠などの実績を記録すると、パーソナルAIコーチからリアルタイムでアドバイスが届く。
テレワークやオールフレックス、副業など、ニューノーマル時代の働き方は多岐にわたる。そのため、企業が単独で、従業員の健康管理を十分に行うことは難しい。
今後は、外部システムを活用、もしくはアウトソーシングをしながら、各企業が健康経営を進めていく流れがより一層強くなるだろう。
疾病リスクに備える「セルフケア」の時代へ
企業の健康経営が進むことによって、日本の健康事情はどう変わっていくのか。
健康経営が進むということは、個々人の健康意識が深まっていくということを意味する。それにより、「セルフケア」の時代がやってくるだろうと私は考えている。
「セルフケア」というと、ウォーキング、ジョギング、スポーツジムに通うなどの運動、または、糖質制限などのダイエットをイメージする人もいるかもしれない。しかし、私の考えるこれからの「セルフケア」は、運動やダイエットを指すものではない。
たとえば、糖尿病のリスクがある人がいるとする。自らのリスクを回避するために、血糖値を測定するパッチを付け、日常的に、自分で血糖値を把握するようにする。そうすれば、血糖値が高めの時は、自身で食事の量や質をコントロールして、血糖値の上昇を防ぐことができる。コントロールが難しくなった時のみ、医療機関を受診する。
具体的な病気のリスクを自らが把握し、テクノロジーを駆使して、生活習慣をコントロールする。それが私のイメージする「セルフケア」だ。
こんなことを書くと、夢物語のように感じる人も多いかもしれない。しかし、技術的にはまったく難しいものではなく、すでに実現可能だ。壁となっているのは、医師法などの法令なのだが、それも近い将来、緩和される方向で動いている。
「運動をして健康維持」「バランスのいい食事で健康維持」などと漠然とした健康を目指すのではなく、一人ひとりが自分の疾病リスクに応じて、より具体的で細やかなセルフケアができるようになれば、日本人の健康の質は飛躍的に高まるはずだ。
不調になってから治療を受けるのではなくて、健康支援サービスなどを活用し、自分で健康を維持する――それが、ビジネスパーソンの常識になる日もそう遠くはない。
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提供元:企業が続々実践「健康経営」2つの大きなメリット|東洋経済オンライン