2022.09.28
「転職」よりも「日々の習慣変化」が幸福度を上げる|「節約」検索は時間の無駄で、ストレスの元凶
「テレワークが時間的余裕を奪う」とは?(写真:JackF/PIXTA)
ハーバード・ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサーにして、心理学者のアシュリー・ウィランズが書いた『TIME SMART(タイム・スマート) お金と時間の科学』。効率性一辺倒ではない、異色の時間術の本だ。「お金より時間が大事」「生産性向上はタイム・リッチ(時間的に裕福な状態)から」「まず、健康で幸福な生活を送る、その後、生産性・創造性が上がる」と説く。『コロナ後ーハーバード知日派10人が語る未来ー』等の著作をもつ、作家でコンサルタントの佐藤智恵氏がアシュリー・ウィランズ氏に、コロナ後の「時間の使い方」がどのように変わったか、聞いた。
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テレワークが時間的余裕を奪う
――コロナ禍に出版された『TIME SMART(タイム・スマート): お金と時間の科学』が「異色の時間術本」として話題を集めています。新型コロナウイルスの感染拡大は私たちの時間の使い方にどのような影響を与えたと思いますか。
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ウィランズ:新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちに人生観や価値観を見直すきっかけを与えたと思います。パンデミック下で人々が何よりも実感したのは、自分の人生の時間には限りがあることではないでしょうか。人生で最も大切にすべきは時間であることを再認識した人も多いでしょう。
そうはいうものの、私たちの日々の生活は忙しくなるばかりです。コロナ前に比べて、会議の数もメールの数も圧倒的に増え、労働時間も長くなっています。いま、多くの企業が「いつでもどこでも働ける」環境を提供し、テレワークを推進していますが、これがかえって「時間に余裕がない状況」を招く結果になっているのです。
この状況を私たち研究者は「タイム・プア」と呼んでいますが、パンデミック下で「タイム・プア」に悩む人は増えるばかり。多くの人々がより意識的に自分の時間をコントロールする必要性に迫られているのです。
私が一貫して伝えたかったのは、「お金よりも時間を優先せよ」という考え方です。また、本書ではどのようにすれば「タイム・プア(時間的に貧乏)」から脱却し、「タイム・リッチ(時間的に裕福)」な人生を送れるのか、その具体的な手法についても詳述しています。現在、世界は少しずつ平常化が進み、パンデミック後の世界に向かいつつありますが、この考え方や手法はより共感されているように感じています。
自分の時給を計算することがオススメな理由
アシュリー・ウィランズ(Ashley Whillans)/ハーバード・ビジネススクール アシスタント・プロフェッサー。専門は行動科学及び社会心理学。主に非金銭的報酬が社員のやる気や幸福感に与える影響について研究。同校のMBAプログラムにて選択科目「モチベーションとインセンティブ」を担当。日本のベンチャー企業の報酬制度を題材とした「Social Salary Setting at Spiber」をはじめ数多くのケース(教材)を執筆。著書に『TIME SMART(タイム・スマート)』(東洋経済新報社)(C)Evgenia Eliseeva
――『TIME SMART』では私たちの価値観を逆転させるような助言が数多く掲載されていますが、中でも「最安値を探し回るために、無駄に自分の時間を使わない」という項目にハッとさせられた読者は多いと思います。特に日本では質素倹約は美徳と考えられていることもあり、ついつい私たち日本人は節約のために自分の時間を投入しがちです。どのようにしたらこうした行動を変えられるでしょうか。
ウィランズ:まずは自分の時給を計算することから始めてみてはどうでしょうか。仕事に就いている方々は年収から時給を割り出してみればよいですし、仕事に就いていない方々は、自分がいまやっている家事を専門業者にやってもらったら1時間あたりいくら払わなくてはならないかを考えてみるのです。
そのうえでたとえば日用品を買う際、「この日用品を2ドル安く買うために3時間もオンラインで検索するのは合理的な行動だろうか」と考えてみてほしいのです。その3時間を使って自分の仕事をしたら、いくらの価値を創出できるでしょうか。あるいはその3時間、自分の好きなことに使ったとしたら、どれだけ幸せな気持ちになるでしょうか。このように考えれば、2ドルを節約するために、3時間も検索するというのは、まったく割にあわないことがわかるでしょう。
もし、私の夫が歯磨き粉を最安値で買うために1時間も検索していたら、「ねえ、50セントを節約するのに、1時間も大切な時間を費やすなんておかしくない?」と声をかけると思います。そうすれば夫も「たしかに言われてみればそうだな」と、大切な時間を浪費していたことに気づいてくれるはずです。
節約に使った時間を自分が幸福になるために使う
家や車など高額なものを買う際に、相応の時間をかけるのは理解できます。しかし問題は、多くの人々が100ドル以下の買い物をする際に、何時間もかけて最安値を探し回っていることです。この「最安値を探し回るための時間」は全部足せば、どれだけの価値を創造できるか、どれだけの面白い体験ができるか、考えてみてほしいのです。しかも、最安値を検索するために時間を使ってしまえば、ますます「タイム・プア」になりストレスは増すばかり。より不幸せな状況に陥ってしまいます。
私が提唱しているのは「お金を追求する前に、まずは幸せになるための時間を追求しましょう」ということ。私たちの人生にとって大切なのは、いかにお金の節約よりも時間の節約を優先できるか、いかにお金を稼ぐための時間よりも自分が幸せになるための時間を優先できるかなのです。ほんの少しの節約のために長々と検索する、店舗を回る、といった行動は、結果的に幸せにはつながりません。
――「お金よりも時間を優先せよ」という考え方は、頭では理解していても、いざ実践してみると難しいと感じている人も多いと思います。お金よりも時間を優先する人生を送るためには、時には思い切って環境を変えることも有効でしょうか。
私は何も「働くのは週に4日にしましょう」とか「長時間労働を課すような会社は辞めてしまいましょう」と言っているわけではありません。こうした極端な行動をとることは現実的ではありませんし、本質的な幸せにもつながりません。
大きな変化、思い切った行動よりも日々の時間の使い方
一般的に私たちは「もっと幸せになるためには、大きな環境の変化や思い切った行動が必要だ」と考えがちです。転職、結婚・離婚、引っ越しなど、自分の環境を変えれば、きっといまよりももっと幸せになれるだろうと思いこんでいるのです。
ところが、こうした変化は一時的なもので、すぐに人間は新しい環境に慣れてしまい、元の状況に戻ってしまいます。私たちの研究によれば、「毎日、10~30分、時間の使い方を変えた場合」と、「転職等環境を大きく変える行動を1回行った場合」を比較してみた場合、前者のほうが、幸福度が増すことがわかっています。仮に転職をしたとしても、日々の時間の使い方が変わらなければ、結局、幸せにはなれないのです。
――最後に日本の読者にメッセージをお願いします。
ウィランズ:読者の皆さんには、賢く時間を使い、もっと幸せになるために、日々の生活の中でできることから始めてほしいと思います。
本書で書かれていることをすべてやる必要はありません。1つでよいので、「これはそのとおりだな」と納得したことを毎日やってみてほしいのです。
毎日10~30分を使ってできる新しい習慣を探す
「日用品の買い物をする際、最安値の検索に時間を使わない」「食事の際は、スマートフォンを食卓に持ち込まない」「日中に必ず30分、散歩する」「メール等を完全に遮断する時間をつくる」など、何でも構いません。人によってできることとできないことがあると思いますが、できないことを無理してやる必要はありません。
まずは1日の中で10~30分を使ってできることを探し、それを毎日実践してみることです。それを続けるだけでも、「自分の時間をコントロールできた」という達成感が得られるはずです。本書が、日本の読者の皆さんがより「タイム・リッチ」に、より幸せになるための一助となることを願っています。
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提供元:「転職」よりも「日々の習慣変化」が幸福度を上げる|東洋経済オンライン