2021.06.04
「昔を懐かしむ人」を批判してはいけない納得理由|ノスタルジア(郷愁)は、実は脳の健康に効く
昔を懐かしむと、幸福感が高まり、うつ病も寄せつけないといいます。いったいなぜなのでしょうか?(写真:kotoru / PIXTA)
ノスタルジアというと、回想に耽ってばかりで過去から抜け出せなくなるという危険性を思い浮かべる方も多いだろう。しかし、過去の著作を合わせ世界累計100万部を突破したベストセラー著者、ジョン・メディナ博士の『ブレイン・ルール 健康な脳が最強の資産である』によると、ノスタルジアには認知上のプラス効果があるという。同書から抜粋・編集してお届けする。
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カーネル・サンダースとKFCの大成功
KFCレストランの屋根の上で今も回るチキンバーレルの看板を見ると、わたしはいつも郷愁(ノスタルジア)を覚える。幼い頃のわたしは、母と一緒に、よくKFCレストランに行った。当時、カーネル・サンダースはまだ健在だったが、会社をすでに売却していた。
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自分の手を離れてからKFCのチキンはひどいものになってしまった、と彼は立腹していた。同社のエクストラ・クリスピーチキンを「まずい練り粉でくるんだチキンの揚げ物」とこき下ろしたほどだ。
それはともかく、彼は、控え目に言っても多彩な経歴の持ち主だった。タイヤを売り、ホテルを買い、フェリーボートの会社を設立し、ペンキ塗りをし、結婚を数回経験し、戦地では死者が出るような激しい銃撃戦に巻き込まれた。
だが、サンダースが大いなる成功を収めたのは、年金をもらえる年になってからだった。まさに脳にとっていい、「引退しないことの威力」を体現したのだ。彼は1952年、62歳でフランチャイズビジネスを始めた。その後10年にわたって独自のレシピを全米の店にセールスしてまわり、ついには数百のフランチャイズ店を抱えるまでになった。
1964年、後にケンタッキー州知事になる実業家に200万ドルで会社を売却し、残りの人生を口うるさいスポークスパーソンとして生きた。そして90歳で亡くなった。彼は生涯現役を貫いた。KFCの店舗でくるくる回っているプラスチック製のチキンバーレルを目にするたびに、わたしは彼のことを思い出す。
このカーネル・サンダースの物語には、銃撃戦はごめんだが長生きはしたいと思う人にとって有益な、秘伝とは言いがたい要素が少なくとも2つ含まれる。
1つは職業である。職業は、人に生きる目的と規則正しい生活、そして引退した人々より25パーセント多い社会的絆をもたらす。2つ目の要素は、人を元気づける郷愁(ノスタルジア)だ。
ノスタルジアの認知上のプラス効果
広告のプロやポップカルチャーの旗手や歴史家のほとんどは、ノスタルジアには計り知れない威力があることを知っている。そんな彼らでも、ノスタルジアに認知上のメリットがあることを脳科学が明らかにしたことを知ると、驚くだろう。
主にイギリスで活躍している社会心理学者のコンスタンティン・セディキデスとティム・ウィルドシャットは、バラ色の記憶が現在の色あせた暮らしに良い影響を及ぼすことを示した。
セディキデスとウィルドシャットによるノスタルジアの定義は、1998年版『オクスフォード英語辞典』による定義と同じで、「過去への感傷的なあこがれや郷愁」だ。しかしその評価の仕方は、イギリスの大半の人々とは異なる。
彼らは、ノスタルジアの度合いを測定するために、「サウサンプトン・ノスタルジア・スケール」と呼ばれる心理テストと、研究ツールの「イベント回想タスク」を開発した。このタスクは、被験者に最も懐かしく思える出来事やそれに伴う感情について記述させるもので、人為的にノスタルジアを引き起こすことができる。
ノスタルジアは往々にして、認知的に不安定で危険な状態と見なされる。それは、回想に耽ってばかりいると、過去から抜け出せなくなるからだ(実のところ、「ノスタルジア」の原義は、「ホームシック」だ。中世において、兵士の心身の問題は、帰郷を異常なまでに切望するのが原因だと考えられていたことによる)。
そういうわけで、セディキデスらの発見は、大方の人の予想に反していた。ノスタルジアは有益だったのだ。現在では、ノスタルジアを頻繁に感じる人は、そうでない人より心が健康なことがわかっている。その理由も判明した。それも驚くべきことに、行動レベルにおいてだけでなく、細胞レベルや分子レベルで判明したのだ。それをこれから見ていこう。
科学界で関心が高まるノスタルジア
ノスタルジアのどこにそんな力があり、それは脳にどう働きかけるのだろう。また、それは老後の生活設計とどんな関係があるのだろう。
ノスタルジアは科学界で関心が高まりつつあるテーマの1つだ。それはおそらく、わたしたち研究者も皆、年をとっていくからだろう。
ノスタルジアは、過去の自分と現在の自分をつなぐ自己連続性を高める(専門的に言えば、自伝的記憶と現在の経験が統合され、「自己概念の時間的安定性」がもたらされる)。
以下は、ノスタルジアに関して研究者が発見した一連の現象だ。あなたがノスタルジアを感じる。すると、あなたの自己連続性が高まる。すると、脳にとって良いことが起きるのだ。
具体的には、どんな良いことが起きるのだろう? 以下で述べよう。
1 ノスタルジアは「社会的つながり」を強める
社会的つながりとは、自分が何らかの集団(部族、会員制リゾートクラブ、グレイテスト・ジェネレーション[第2次世界大戦に従軍した兵士や犠牲者など]等々)に属し、他のメンバーから受け入れられているという主観的感覚である。
2 エウダイモニックな幸福感が増す
この難しい言葉の意味は「人間としての可能性を最大限に発揮することで得られる充足感」だ。少々わかりにくいが、エウダイモニックな経験は、精神医学的な効果をもたらす「エウダイモニア」を感じれば感じるほど、気分障害になりにくい。ニンニクが吸血鬼を寄せつけないように、エウダイモニックな幸福はうつ病を寄せつけない。
3 幸せな記憶ほどよく思い出す
ノスタルジアは「甘く、ほろ苦い」とよく言われるが、研究の結果は、わたしたちは苦いノスタルジアより甘いノスタルジアをはるかに多く感じることを示している。幸せな記憶が優先される傾向はきわめて強く、脳スキャンで見ることもできる。
以上3つの効果は、ごく日常的な場面で表れる。たとえば、ノスタルジアを感じがちな人は、死をあまり恐れない。また、長年のパートナーは、共通の記憶を懐かしむ時に心が通いあう。
さらに、自分の「ノスタルジア・ゾーン」で充実した時間を過ごした後は、見知らぬ人に優しくなり、とりわけ社会的背景が異なる人に対して寛容になる。感覚情報さえノスタルジアの影響を受ける。寒い部屋でノスタルジアを経験すると、室温は変わらないのに、体が温まったように感じる。
ノスタルジアはドーパミンの生成を促す
非侵襲的脳画像診断によって、ノスタルジアの魔力が、なぜ、どのように、作用するのかが明かされてきた。
思い出を懐かしむと、脳の中ではいくつかの記憶システムが作動し始める。そこには海馬が含まれるが、それはごく当たり前で、海馬は脳の記憶システムの大半に関わっているからだ。
ノスタルジアで活性化するのは記憶システムだけではない。人がノスタルジアを感じている間、中脳の黒質や腹側被蓋野が活性化することを、研究者らは突き止めた。どちらの領域も報酬に関与しており、その感覚を引き起こすのに、神経伝達物質ドーパミンを使っている。
この刺激パターンには2つの興味深い意味がある。まず、ノスタルジアを感じると脳が報酬をくれるので、それを繰り返したくなる。次に、ノスタルジアはドーパミンの生成を促す。ドーパミンは報酬だけでなく学習や運動機能にも関わっているが、年をとるとその生成が減る。
高齢者の脳は総じてドーパミンが足りないので、ノスタルジアがドーパミンの生成を促すというのは、大変良い知らせである。ご存じのとおり、ドーパミンは脳と体のどちらにとってもきわめて有益な神経伝達物質だ。
結論:大いに昔を懐かしもう。
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提供元:「昔を懐かしむ人」を批判してはいけない納得理由|東洋経済オンライン