2021.02.02
1000円超の「サラダ専門店」に男性も通う理由|コロナ禍でも増収のクリスプ・サラダワークス
全店での月間売り上げ約1億円のサラダ専門店、クリスプ・サラダワークスの人気おすすめサラダ。左から時計回りに、「クラシック・チキンシーザー」1084円、「マーベリック」1397円、「スパイシー・バイマイ」1194円、「カル・メックス」1297円(撮影:今井康一)
近年の飲食業界を観察していると、ある傾向が見て取れる。ITの技術やその業界の思想文化などとの融合だ。例えば本誌でご紹介した例で言えば、創作フレンチのsio、クラフトアイスクリームのHiOなどが挙げられる。
前者はウェブ媒体「note」によるメニュー説明で、「食べる」という体験の価値を高めた。また、動画レシピの発信によりファンを爆発的に増やしている。またHiOは、サブスクリプションというIT由来のサービス形態で売り上げを伸ばしているほか、新メニュー開発のためにクラウドファンディングを採用している。
それらの手法は飲食というどちらかと言えば「伝統」が重視される業界において異端なものだったが、まずは若い人や食に敏感な人の耳目を集め、やがて裾野を広げていくことに成功している。
接客システムにAIを導入したサラダ専門店
今回紹介するクリスプ・サラダワークスも、その系列に加わるレストランだ。
麻布十番店の外観(撮影:今井康一)
2014年12月に麻布十番店をオープンし、現在は都内を中心に19店舗を展開している。
同店で提供する料理はただ1つ、カスタムサラダだ。
「チョップドサラダ」と言って、野菜などの具材を細かく切り刻んで混ぜ合わせた、アメリカではポピュラーなサラダ料理で、同店では具材、ドレッシングを自由にカスタマイズできることを1つの売りとしている。
1つひとつ具材を組み合わせてオリジナルのサラダを作ることもできるが、8種類ある「シグナチャーサラダ」(おすすめ)からベースのサラダを選び、具材を足したり引いたりしてカスタマイズするのが簡単だ。
サラダといえば普通は副菜としての位置づけだが、同店のサラダはそんな軽いものではない。野菜はもちろん、ハム、チキンなどのたんぱく質、クルトン、穀物などの炭水化物も多少入り、重量としては400〜450グラムある。
すべての具材を細かくカットするのが特徴。スプーンでザクザクとすくって食べられる手軽さも、人気の理由となっている(撮影:今井康一)
カロリーも400〜700kcal台と、サラダとしては高熱量だ。立派に1食として成立し、しかも満腹になる。
いちばん人気は「カル・メックス」。甘酸っぱいドレッシングが特徴のメキシコ風サラダで、アボカドが2分の1個入っているところが、女性客の多い同店で好評の理由のようだ。
次に売れるのが「クラシック・チキンシーザー」。シーザーサラダはアメリカ発祥で、ロメインレタスにシーザードレッシングとチーズ、クルトンで構成されるのが基本。ちなみにシーザーサラダはジュリアス・シーザーではなく、考案者であるレストランオーナーの名に由来する。
同店のシーザードレッシングには自家製のマヨネーズがベースに使われており、クリーミー。これが野菜などの具材をまとめ、バランスのよい味わいを作り出している。
男性客による注文が多いのが、「マーベリック」「ファームボウル」など、ワイルドライスや雑穀米が入っていてボリュームがあるもの。
そのほか、ロースト豆腐が特徴の「ENC」、パクチーで独特な風味を出した「スパイシー・バイマイ」、リンゴやレーズンが入った「ヒップスター」、チーズ、ゆで卵が特徴の「ダウンタウンコブ」で8種類だ。
価格は平均約1280円と、サラダにしてはハイクラスの値段設定。女性がほとんどなのではという印象を抱いていたが、実際は女性が65%、男性が35%と、男性のファンも少なからずいる。
「広範囲でなくても熱狂的なファンを作ればいい」
なぜ、サラダだけというユニークなお店を思いついたのか。そして、そんな珍しい業態で19店舗を経営するまでに成功している理由について、同店を運営する株式会社CRISP社長の宮野浩史氏に話を聞いた。
株式会社CRISP社長の宮野浩史氏。15〜22歳のアメリカ滞在中に天津甘栗の販売を通じて飲食業を経験したことが、クリスプ・サラダワークス立ち上げのきっかけに(撮影:今井康一)
発想のヒントとなったのが、10代の頃に過ごしたアメリカでの体験だ。ホームステイ先の方に出資してもらい、天津甘栗の屋台販売を行った。日本での印象からあまり売れるとは思っていなかったが、案に相違し、現地に住む日本人に「懐かしい」と非常に好評だったのだ。日本円にして40万円以上を売り上げる日もあったという。
「故郷を離れた人がソウルフードを食べたいと思う。そういうニーズもあるんだと気づきました。また、広範囲な人にアピールしなくても、熱狂的なファンを作ればいいんだと考えるようになりました」(宮野氏)
帰国後飲食業の経験を積んだ後、日本で同店を立ち上げる際には、「サラダだけなんて成功するわけがない」などと心配する声もあったという。しかし、オープンしてみると、売り上げは想定の5倍。
狙いが当たって在住アメリカ人を始め外国人客に受けたこともあったが、意外にも、地元住民のリピーターも多かったそうだ。マスコミにも注目され、毎日150メートルの行列ができるほどに繁盛した。
しかし売れるにつれて、宮野氏はジレンマに悩むようになる。
「お客様を待たせたり、お客様1人ひとりに丁寧な対応ができなくなっていった。以前から来てくれるお客様が後回しになったり、来店しづらくなってしまうということもあって、とても残念に思いました」(宮野氏)
目指していたのは熱狂的なファンを作ること。店舗スタッフの「パートナー」という名称にも、友達のように親身な接客の意味が込められている。それなのに、その当時の現状では、自分が思い描いていた理想図からずれてきてしまっていた。
以前から宮野氏が不思議に感じていた日本の飲食業のあり方も思い出された。
人気が出るとクオリティーが下がる飲食業に疑問
「お店の人気が出るとクオリティーが下がるという印象があります。実際そうなのかはわからないが、当然ありうることです。日本の飲食業では『規模が大きくなればより安くなる』という方向に進むことが多いからでしょう。本当だったら、会社が大きくなればクオリティーはより上がらなければならない。例えばITの世界では、規模が広がれば同じ値段でもっとサービスがよくなりますよね」(宮野氏)
自分の店でどのようにしたら、もっとクオリティーを上げられるのか。考えた結果、宮野氏が出した答えがテクノロジーを最大限に活用した接客だった。一見矛盾するように思えるかもしれないが、ITの世界にあてはめてみるとうなずける。
注文はスマホアプリ経由か、店内に設置された端末で行う。キャッシュレス化とともに、コロナに強い体制づくりにつながった(撮影:今井康一)
例えばネット通販を利用していると、勝手に広告が画面に現れたり、推奨商品が表示されたりすることがある。AIで検索・購入履歴を分析し、購買につながる可能性が高い情報を自動で提供しているのだ。宮野氏は、このシステムを接客に応用。
1つには、2017年、専用の事前注文アプリ「CRISP APP」を導入し、事前に注文、店頭でスムーズに提供できるようにした。またこの時点で、キャッシュレス化も図っている。次に「CRISP KIOSK」と呼ばれる店頭機器による受注システムを整備した。つまり、来店したすべての客データを蓄積できるということである。
「例えばこの人が何回来ているのか、どんな注文が多いのかといったことからお客様の傾向がわかる。それに合わせた接客であり、プロモーションができるわけです」(宮野氏)
客を引き寄せているのは目新しさだけではない。野菜は契約農家から取り寄せており、クルトン、ハム、チキン、ドレッシングなどはほぼ自家製。宮野氏の「心を込め、手間暇かけている味はほかのもので代用できない」というポリシーからだ(撮影:今井康一)
同店では接客マニュアルはなく、そうしたデータをもとに実際の接客をどのように行えばよいかは、それぞれのスタッフに任されている。
「スタッフには、『人に心を開くことが大切』と伝えています。お客様はこれから友達になるかもしれない人だから、勇気を出して話しかけてほしい。また、友人に対するのと同じように気づかうこと。この2点です」(宮野氏)
実際に店舗を観察してみると、ランチの時間をやや外れていたこともあり、中にいる客の姿は非常に少なかった。その分、1人ひとりの客に余裕を持って対応していたようだ。コロナでテイクアウトやデリバリーが増えているということもあるが、もともとイートイン率は2割程度と低いのだそうだ。
今後の展開としての新たな取り組みは
また事前注文およびキャッシュレスシステムは、今のコロナの状況でも功を奏したようだ。
現在の売り上げは月間で約1億円。昨年オープンした新店の売り上げを含めると1割程度増収だという。具体的には、リモートワークによりオフィス街にある店舗など、一部店舗では影響を受けて8割程度に減収したものの、代わりに住宅地にある駒沢店や吉祥寺店での売り上げが伸びたということだ。
今後の展開として新たに考えているのがサブスクリプションサービスだ。
「サブスクリプションは、購入後の満足度も測ることができる優れた仕組みです。例えば、月に3回までで3000円などとし、配送料無料にする。店にすれば、今月の売り上げを気にしないで済みます。また、忙しいとメニューを選ぶのも面倒という人も多いんです。そうしたお客様のニーズにもマッチしますね」(宮野氏)
今年中には試験導入を目指すという。今、リアル店舗での客との接点は少なくなっていく流れにあり、オンライン上での距離を縮めていくのが今後の課題。こうしたアプリでの情報提供や、ニーズを取り入れたサービスをさらに充実させていく必要があるだろう。
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