2020.11.27
「感動で泣く」モンベル創業者の斬新キャンプ術|言葉も音楽もない「自然の音」を感じる
登山家でもある創業者の辰野勇氏(写真:ヒラオカスタジオ)
近年ブーム再燃の兆しを見せているキャンプ。アウトドア用品メーカー「モンベル」の創業者にして、アウトドアの達人である辰野勇氏は「都会のなかでも、自然を満喫することができる」という。辰野氏の近著『自然に生きる力 24時間の自然を満喫する』から、今回は辰野流キャンプの楽しみ方をお届けする。
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五感で感じて自然を取り込む
日帰りのハイキングも楽しい。でも、太陽の照っている時間だけ山を歩くのでは、一日の半分以上を享受していません。
湖面から湧き立つ朝霧。モルゲンロート(朝焼け。朝日の出る前に山肌が赤く染まること)とアーベントロート(夕焼け。夕日が山肌を赤く染めること)。流れ星の光跡。虫の音色がつくり出すシンシンとした夜の静寂……。キャンプをすれば、ゴールデンタイムともいうべき朝夕や、夜空の自然現象すべてを受け取ることができます。
『モンベル・アウトワード・コラム』(「bayfm」のラジオ番組『ザ・フリントストーン』内のミニコーナー)でご一緒している仲川希良さん(モデル/フィールドナビゲーター)は、番組内で、
「はじめて山の中で泊まったときは、夜ってこんなに暗いんだ。ただそのことにすごく驚いた覚えがあります。キャンプをすれば、テントの幕1枚越しに自然の時間が流れているのを感じます」
とコメントされていました。仲川さんが「夜の本当の暗さ」と、「外気に包まれる心地よさ」を実感できたのは、テント泊を通して24時間、自然を満喫したからです。
山を五感で感じて、自然を自分の中に取り込む。そうすることで、自分をリセットできます。
建物で囲われた日常から離れて、自然に身を置く。自然の奥深さ、厳しさ、多様さに対峙するのがキャンプの醍醐味です。
難易度の高い山に挑戦しなくても、非日常の世界に飛び込まなくても、「日常」の中でも自然を享受できます。
私たちは、「自然の中」=「山(森)などの遠い場所の中」にあると考えがちです。しかし、自然は「どこにでも」あります。コンクリートジャングルの中でさえ、自然は存在しています。
以前、ビルの屋上でテント泊をしたことがありました。屋上には土も木もない。もちろん、ビルの屋上と山や森では、「自然」のレベルも違います。けれど、都会にも空があって、流れる雲もある。太陽の光を浴びることも、風の音を聞くことも、星空を眺めることもできます。
都会に自然がないのではなく、私たちが気づいていないだけなのかもしれません。自然を感じるセンサーを働かせてみる。目を凝らし、耳を澄ましてみる。すると、日常生活の中にも、自然とのつながりを見出すことができるはずです。
人間の体内には、心の虚しさを埋め、自分らしさを取り戻し、生きる力を育むための「体内スイッチ」が備わっているのではないでしょうか。自然を感じたとき、そのスイッチがオンになり、雑念がオフになり、心が解き放たれます。山に登らなくても、森に行かなくても、空を見上げ、流れる雲を目で追うだけで、自然と「体内スイッチ」をオンにできるのです。
キャンプに正解も不正解もない
キャンプの楽しみ方は、人それぞれです。「こうしなければいけない」という決まりはありません。
「キャンプには焚き火」「キャンプならバーベキュー」という思い込みは捨てて、好きに楽しめばいい。ポータブル電源を持ち込んでゲームやカラオケに興じるのも、タブレット端末で映画を観るのも自由です(ただしその行動が他人に影響を与えないこと、迷惑にならないことが基本です)。
「家でできることをキャンプ場でやって何の意味があるのか」といった意見もありますが、キャンプに正道も邪道も、正解も不正解もありません。私が提案することも、あくまで楽しみ方のひとつです。「自分のキャンプ」を楽しんでください。
今から20年以上前に、キャンプイベントに参加したことがありました。私が登山用のテントを地べたに張って、しゃがんで、小さなコッヘル(携帯用の調理器具)で食事をつくっていると、となりのグループはテーブルとイスとコンロを用意して、バーベキューを盛大に楽しんでいました。
その格差に少し圧倒されながら(笑)、内心、「あんなに豪勢に楽しむ人たちもいるのか!」と戸惑ったことを覚えています。面倒くさがりの私に、バーベキューセットを持ち込むという発想はなかったからです。
私のキャンプは、いたってシンプルです。どちらかといえば、「野営」に近い(笑)。グランピング(「グラマラス」と「キャンピング」を掛け合わせた造語。オーナーロッジタイプのテントで豪華な食事を楽しむリゾートスタイルのキャンプ)のような優雅さとは真逆です。
荷物も最小限で最低限。山行中の動きやすさを考えると、荷物は少ないほうがいいので、快適さを多少犠牲にすることになっても構わない。テントさえ持たずに、タープ(日差しや雨を防ぐ広い布)だけで寝ることもあります。
タープは軽量であるだけでなく、テントと違って底がないので不整地でも設営でき、その場に合わせた張り方ができます。岩がゴロゴロした河原にタープを張って、岩の間で寝る。多少眠りづらくても、テントのように四方を囲まれていないので、自然をダイレクトに感じることができます。
私の場合、キャンプに豪華さを求めてはいません。なぜなら、キャンプそのものが目的ではないからです。
私にとってキャンプは、目的を達成するための手段です。カヌーで川下りをする。山道を散策する。写真を撮る。自転車に乗る……。キャンプそのものが目的ではなく、アクティビティを楽しむための宿泊手段がキャンプです。ですからキャンプは、シンプルなスタイルを好みます。
仮に、「キャンプ」や「バーベキュー」だけが目的なのであれば、庭先や河原でも、楽しむことができます。
5分間ひと言もしゃべらない
以前、21日間の行程でグランドキャニオン(谷底を流れるコロラド川)を下ったことがあります。参加メンバーは20名。キャンプサイトはもちろん行動中も楽しい話題が尽きませんでした。ゴールを目前に控えた旅の終わりに、ガイドが、次のような提案をしました。
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「今から5分間、ひと言もしゃべらずに、自然を感じてみませんか?」
私たちは会話に夢中になっていて、自然の音に耳を傾けることを忘れていたのです。全員が沈黙したとたん、自然の音が聞こえてきました。
人の声も人工的な音もなく、聞こえてくるのは川の音、風の音、鳥のさえずり……。自然と1対1で向き合う時間でした。
この経験をしてから、私が案内するエコツアーでも、「沈黙の時間」を持つようにしました。
ツアーの最終日に、参加者が距離をあけて草原に座り、空を見上げ山を眺めながら、旅を振り返ってもらうことにしました。5分間、声を出さず、自然と対話してもらいます。感動のあまり涙を流す参加者もいました。
キャンプ場でカラオケをしてもいい。音楽を聴くのもいい。ですが、せっかく自然の中にいるのですから、日常的な音や音楽で耳をふさいでしまうのは、もったいない。
言葉も音楽もない「沈黙の世界」にも、自然の音があります。「sound of silence」に耳を傾けてはいかがでしょう。
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提供元:「感動で泣く」モンベル創業者の斬新キャンプ術|東洋経済オンライン