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2020.10.30

意外と知らない「美術館」展示開催までの舞台裏|コロナで作品が日本に届かないという事態も


コロナが美術館に与えた影響は?(写真:アーティゾン美術館提供)

コロナが美術館に与えた影響は?(写真:アーティゾン美術館提供)

「新しい生活様式」にもだいぶ慣れ、日常が戻ったと感じる人もいるだろう。だが、実際はさまざまな場所や場面において、コロナの「後遺症」が残っているところは少なくない。美術館もその1つだ。

一時休館を経て再開した館でも、中止になった展覧会や、大幅に会期が延長になった展覧会が相次いでいる。一部の作品が展示できなくなった展覧会もあるなど、その影響は長引いている。それには、美術館が展示を決め、実際に作品を集めて開催するまでの「仕組み」が関係している。今回は東京と奈良にある2つの美術館に展示までのプロセスとコロナの影響を聞いた。

展覧会の開催には企画から2、3年かかる

東京駅から徒歩5分の八重洲エリアにあるアーティゾン美術館。印象派などのコレクションを誇るブリヂストン美術館を建て替え、今年1月に近現代美術館として開館した。

副館長の笠原美智子氏によると、展覧会は通常、担当する学芸員が調査・研究をし、展覧会の企画を立ててから初日まで、準備に2~3年かかる。まず、理想的な出品リストを作り、所有者に借りる交渉を行う。『〇〇美術館展』という形なら、1つの美術館からまとめて作品を借りられるので、交渉は比較的楽だという。

一方、現代美術のグループ展ではもっと複雑だ。作品の所有者が現存作家なら作家本人、亡くなっている場合は遺族や財団が持っている場合もあれば、コレクターやギャラリー、美術館が所有していることもある。その出品交渉は遅くとも1年前までに行うという。

その後、作品を運搬し、実際の展示となる。ある程度出品リストが固まった段階で、展示や広報、展覧会カタログのプランを作り、講演会などの関連事業のプランも立てながら、輸送の段取りを行なう。

ただし、展示したい作品を理想通りに揃えるには容易ではない。笠原副館長によると、美術館が作品を所有している場合、すでに借りたい作品を使った展覧会を組んでいる場合もあるし、ほかに貸し出しをする予定が入っていることもある。

紙で作られた作品や立体、水彩画で破れるリスクがあるものなど、動かすこと自体がリスクを伴うため、貸してもらいにくい作品もある。フランスやアメリカの場合、作品の貸し出しに国の承認が必要になる場合があるという。

理想の出品リストから、実際に借りられる作品へとプランを入れ替える中で、最初に求めていた作品と代替作品のサイズが異なれば、展示プランも変える必要がある。また、「作家本人が、『この作品を出したい』と言う場合もあります」(笠原副館長)。

海外から運ぶ場合は作品の管理者も来日

大変なのは輸送だ。まず、輸送する作品に合わせて「クレート」と呼ばれる木箱を制作しなければならない(出品側が製作する場合も)。輸送は、展示まで行う技術と専門知識を持つプロのスタッフを擁し、適切な温湿度管理ができるトラックを持つ美術輸送の専門業者に頼む。

海外から運ぶ場合は、必ず航空便を使い、それぞれの作品に損害保険をかける。美術館から1点だけ借りる場合でもその美術館の作品管理の専門家がつく。「日本では役割分担があまりできていないので、学芸員が行うことが多いのですが、海外の美術館で作品の管理をするのは『レジストラー』です。その人たちをビジネスクラスでお呼びする」(笠原副館長)。

その後、運送会社の保税倉庫にいったん作品を集める。国内外のあちこちから作品を集めるわけで、何度も保税倉庫に集め、美術館に運ぶ、という行程を繰り返す場合もあるという。その後、1週間ぐらいかけて学芸員立ち会いのもと、搬入展示が行われ、内覧会やレセプションなどが開かれて会期初日を迎えるわけだ。

海外にいる所有者との出品交渉は、電話や手紙などでも行えるが、作品の輸送には必ず人がつくのだ。新型コロナウイルスの影響で作品が届かない、あるいは展覧会自体を開けない事態が起こるのは、人が動くからという理由もある。

同館も緊急事態宣言時には休館。今夏予定していた「『クロード・モネ―風景への問いかけ』オルセー美術館・オランジュリー美術館特別企画」が翌年に延期となり、4月18日から予定していた現代作家の「鴻池朋子 ちゅうがえり」展を延長し、6月23日~10月25日に開くといった変更を行った。

もっとも、コロナによって美術館の方針が大きく変わることはない、と笠原副館長は言う。「今は海外へ出張に行けないし、状況によっては、展覧会が再度延びる可能性はあります。しかし、展示を通して過去と現在を提示し未来につなげていく、美術館本来の活動を続けるための企画を立て、粛々と準備していくしかありません」。

では、国内で完結する展覧会なら、事情は異なるのだろうか。

奈良県立美術館は、東洋美術や浮世絵、着物、陶芸など、室町時代から1970年代までの作品を主に扱う。1つ大きく異なるのは、笠原氏は「作品を貸し借りすること自体には、基本的にはお金がかかりません」と言っていたが、日本美術が中心の奈良県立美術館では、個人なら出品謝礼、美術館などなら出品料という名目でお金がかかる場合があることだ。ただし、公立美術館同士の場合は、こちらも出品料はかからない。

常設展示室がなく、全館を使って展覧会を開く奈良県立美術館では、館独自で企画する特別展、コレクションを中心に行う企画展、他館と協力して行う巡回展がある。

今回は企画展について話を聞いたが、基本的な流れはアーディソンと同じで、企画→出品交渉→輸送→展示となる。輸送は、出品が確定した後、美術品輸送の実績がある複数の輸送業者の入札を行う。

作品の輸送に学芸員が付き添う場合も

奈良県立美術館には、レジストラーがいないため、輸送などの過程で、学芸員が出張することもある。

「私が経験した中で一番長い出張だったのは、富山県の高岡市からスタートして、新潟県の長岡市、秋田県、宇都宮市、埼玉県と回って輸送業者さんの東京の倉庫に納めて終了したというケースです」と学芸員の飯島礼子氏。このときは、別のチームが東京などの集荷に回っていたので、東日本で集荷したものは東京の倉庫にいったん集約し、奈良に運んだという。

「あちこちから作品を集めることになるので、2、3チームに分かれて運ぶ、2週間ぐらい出張する、日帰りで近郊へ毎日集荷に回るといったケースがあります」(飯島氏)。国内で作品が揃う場合には、また別の大変さがあるのだ。

コロナの影響はどうだったのだろうか。

奈良県立美術館は、2月28日から臨時休館に入ったことで、3月15日まで予定していた「田中一光 未来を照らすデザイン」展が終了。緊急事態宣言下、特にGW中を中心に、次回以降の展覧会の会期を変更するのかどうか、開催時にどんな対策を取るか、その後の展覧会の調査などについて話し合いが行われた。

地方の緊急事態宣言解除後の5月18日から1カ月遅れで予定していた企画展を開いた後、7月25日から予定通り「みやびの色と意匠 公家装飾から見る日本美」が開かれた。「みやびの色と意匠」を担当していた飯島氏は、会期が変更されるかどうかが決まらないとポスターも作れず広報対応もできないため、ポスターの完成が遅れるなどの影響を受けた。

「今回の事態を受けて飯島氏は、当館では2年前ぐらいから立案を始めることが多いですが、重要な作品は早めに借りる交渉を始めることが必要ですし、スケジュールに余裕をもって動くことが、ますます必要になると思います」と飯島氏は語る。緊急時に備えてコレクションだけで構成できる、スペアの企画を作ることも必要かもしれないとも。

飯島氏によると、東日本大震災の後、消費電力を抑えることへの期待もあって、LED照明への切り替えが進む傾向が見られた。「コロナの影響では、会場に来られない人のために動画やウェブ展覧会の内容を紹介する動きが進むと思います」。

奈良県立美術館でもユーチューブチャンネルを立ち上げ、8月23日に開いた展覧会の講演会を配信。定員を30人に絞ったところ、90人からの応募があり、抽選で外れた人をフォローするといった必要も生じた。

今後は、展覧会のPR映像や、出品が見込まれる作品の解説映像の制作なども検討しているという。会場以外でも展覧会に接する仕組みが普及すれば、美術への関心がより一層高まるかもしれない。

(中)
混雑の中で見る必要がなくなった

今回は2つの美術館を取り上げたが、多くの美術館でコロナを機に始まったことといえば、予約制の本格導入だろう。近年を振り返ると、「フェルメール展」や「ムンク展 共鳴する魂の叫び」など、60万人以上を動員する展覧会が相次いだが、コロナ禍でこうした密になる状況を避けるための施策だ。

実はアーティゾン美術館では、開館当初から日時指定予約制の導入を決めていた。「ふらりと入れない」と批判も起こったが、コロナ禍によりその声も小さくなり、むしろ「先進的な取り組み」に注目する人が増えた。

同館では、使い勝手のいい予約制にするため、入館10分前までの予約を可能にする、予約に空きがあれば窓口でも購入できるようにする、11月から開催される『琳派と印象派 東西都市文化が生んだ美術』展でローソンチケットを導入するなどの工夫もしている。

日本ではこれまで、世界各地の美術作品が集まる展覧会を気軽に観に行くことができた。また、日本美術への関心も高まっている。2003年の指定管理者制度を受けて、功罪はあるにせよ人を集める工夫を凝らす館が増えたことは、美術ブームをもたらした要因の1つである。

コロナ禍で美術館が軒並み休館し、あるいは楽しみにしていた展覧会が延びるなどして、美術作品を鑑賞する楽しみを再確認した人は多い。コロナ禍は、美術作品はどう観られるべきか、改めて考える機会となったのではないだろうか。

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提供元:意外と知らない「美術館」展示開催までの舞台裏|東洋経済オンライン

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