2020.10.21
温泉地でワーケーション、仕事できるか試した|筆者が実証実験に参加、場所は和歌山県白浜
和室タイプのワーキングスペース。白浜らしい風景を前に仕事はできるのか(筆者撮影)
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、交通機関を使って会社に行って仕事をするというこれまでの当たり前の仕事スタイルが一気に変わった。突如として登場した「テレワーク」という単語に困惑しつつも、場所の制約を受けずに仕事をするというスタイルが徐々に定着しつつある。その一方で、テレワークを発展させた新たな働き方が提唱されている。
その一つが「ワーケーション」だ。仕事の「ワーク」と休暇の「バケーション」を組み合わせた造語で、観光地で働きながら、旅行も楽しむというものだ。WEB環境と声を出してオンライン会議ができるスペースがあれば、どこでも働くことは可能だ。
JR西日本が鉄道と組み合わせたプランを開発
ワーケーションを行う場合、必然的に目的地までの移動が伴う。そこで、JR西日本グループのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)であるJR西日本イノベーションズが、鉄道とワーケーションを組み合わせたプランを開発した。
「これまでは通勤需要で鉄道をご利用いただける一定の固定層があったが、これからは鉄道をご利用いただくきっかけを鉄道会社自らが作っていかなくてはならない」。そう話すのは同社取締役の奥野誠氏だ。同社は定額料金で一定回数の住み放題のサブスクリプションサービスを提供するアドレスとKabuK Style(カブクスタイル)に出資。加えて、両社が提携している施設への移動手段として、JR西日本が割安なきっぷを販売するという実証実験を行っている。そこで、今回、この実証実験に参加し、ワーケーションでどのくらい仕事ができるかを自ら試してみた。
目指すのは和歌山県白浜だ。新大阪駅でこの実証実験用に発売されている「JR西×サブスク☆片道きっぷ」を使用して特急「くろしお」に乗り込む。このきっぷはJR西日本が提供するサブスクで、月額使用料1万円で月に2回まで大阪市内と白浜を往復できる。片道2500円。自由席利用とはいえ、通常の5170円に比べれば実に半額だ。
「ワーケーションをしようにも交通費が高くついてしまうのでは常用性に欠けてしまう。定期列車の有効活用の一環でもある」(奥野氏)
当日は平日にもかかわらず、家族連れの旅行者で予想より賑わいを見せていた。特急「くろしお」で使用されている287系は車端部の一部席にコンセントがあり、大型テーブルでPC作業もできる。
現在の「くろしお」の主力である287、289系では車端部の一部席にコンセントがある(筆者撮影)
ただ、周囲では観光に胸を躍らせるファミリーも多いので、その中で淡々と仕事をこなすにはタフなハートが必要だ。沿線に観光地が多い特急「くろしお」の性格を考えても、メインはワーク層よりもバケーション層が主であるのは間違いないので、電車内でPC作業をする筆者に配慮して、はしゃぎすぎないように気を使ってくれる周囲の目が申し訳ないところもある。そこで、車内では開き直って仕事をするのはあきらめ、駅弁を楽しみながら目的地に向けて英気を養うのも一考だ。
部屋はドミトリータイプ
白浜の宿泊地はカブクスタイルが提携する「ゲストリビングMu南紀白浜」。リゾートマンションをリノベーションした建物だ。金額によって月に宿泊できる回数が異なる。人気が高いのは月額1万6000円で世界300カ所以上(2020年9月時点)の提携施設に5泊できるサービスだ。カブクスタイルの大瀬良亮共同代表は「さまざまなライフスタイル、多様性を定額でシンプルに提供しており、ワーケーションに限らず、都内在住の方が集中したいという理由で都内の施設を利用することもある」と話す。
カブクスタイルの大瀬良共同代表(筆者撮影)
同社のサービスで宿泊できる宿は個室ではなく、共同部屋に自分のベッドが用意されているいわゆる「ドミトリータイプ」の部屋が多い。そのため、自室でゆっくり作業、という形態は取れないが、施設ごとに設備は異なるもののWi-Fiが完備されている共同のワークスペースは用意されている。
ドミトリータイプの部屋。畳部分も寝室スペースになっているため、個人占有できるのはベッドスペースのみ(筆者撮影)
昨今では新型コロナの影響で「越県行為」に厳しい視線が注がれる中、ワーケーションの促進には地域や地元との連携、そして理解が欠かせない。東京、大阪などの大都市から訪れる人も増加することが予想される中、和歌山県企画部企画政策局情報政策課の桐明祐治課長は「和歌山県はウエルカムです」と笑顔を見せる。「観光資源が豊富な和歌山県にとってはワーケーションには大きな可能性を感じます。地域に対しても時間をかけて説明を行い、地域とのコラボレーション企画なども考えてきました。全国的に見てもまれだった本年の白浜の海開きの実施、Go To キャンペーンを経ても白浜では新型コロナの感染者は発生しませんでした。これはきちんとした各所の対策と意識のおかげです」と話す。
ワーケーションを行うメリットの一つに「メリハリ」があるように感じる。筆者は仕事がたまってくると自宅での仕事をあきらめ、温泉地などに宿を取り、集中的に仕事に取り組むということを、もともと年に数回行っていた。今考えるとこれがまさにワーケーションだったわけだが、「キリがついたら温泉に行こう、付近を散歩しよう、食事に行こう」というオンとオフのメリハリがつく。普段の自室とは違う環境というのも気分転換になり、効率も確かに上がる。
共有のワーキングスペース(筆者撮影)
観光地ということで誘惑も少なくないが、だらだらと自室にいるよりも「仕事をするためにお金をかけてここにやってきた」という固い意志が芽生えるので、すぐに仕事に没入することができる。
今回は白浜が目的地だったこともあり、目の前は海。宿泊施設のワーキングスペースからも海が見える。長時間のPC作業で疲れた目を癒やすにはこうした色鮮やかな遠景は最適だ。そうした面では都市部にあるコワーキングスペースより、観光地へ「遠征」する明確な意味がある。
加えて、周りを見渡すとほかの参加者が一心不乱に仕事をしており、「観光気分に浸っていてはいけない」という気持ちになる。「真面目に仕事しなくては」とつい手が伸びがちなスマホやSNSも遠ざけた。隣で英語で打ち合わせしている人がいようものなら、自分の語学力のなさを改めて反省する。こんなところもワ―ケーションのメリットかもしれない。
「バケーション」も忘れずに
逆に、お金をかけて観光地に来たので、ワーク後のバケーションを本気で満喫するのも忘れない。「仕事を真面目にやり抜いた」という達成感は、バケーション部分を楽しむうえでの最高の隠し味だ。きちんと仕事をせずに「サボった」と自覚したままでは楽しめるものも楽しめない。
宿を出ればすぐに白良浜。気分転換には最良だ(筆者撮影)
そんなワ―ケーションだが、普及への課題もある。個人単位では少しずつ活用者が増えてきているが、テレワークすら抵抗感が強かった多くの企業がすぐに受け入れるとはにわかに信じがたい。また、共有スペースでの仕事は自ずと機密性の高い業務や打ち合わせはできない。ドミトリータイプの部屋に抵抗感がある人も多いだろう。
多くの観光客が集まる夕日の名所円月島。白浜は気軽に入ることのできる外湯も多い(筆者撮影)
「仕事とリフレッシュ、また家庭がある人であれば、自宅外で仕事をすることで家庭全体のリフレッシュにつながる」と大瀬良共同代表は話す。確かに新しい可能性を感じる次の文化に思えるが、「テレワーク」「オンライン会議」「ワーケーション」「サブスク」と続々と登場する新しい文化が定着するまでには時間がかかる。ていねいに時間をかけ、説明していくことで次の可能性が見えてくるはずだ。
【あわせて読みたい】※外部サイトに遷移します
提供元:温泉地でワーケーション、仕事できるか試した|東洋経済オンライン