2020.04.08
コロナに「マスクは無意味じゃない」明確な根拠│直接防止効果はさておき社会のために必要だ
「社会のためのマスク」は、それで感染拡大が食い止められれば人命と社会経済への傷を減らすことができ、「自分のためのマスク」となる(撮影:今井 康一)
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、マスクの着用が当たり前になっている。安倍首相が4月1日に表明した全世帯への布製マスク配布方針には、驚きも広がった。だが、品不足はまだ続く。建築・都市環境工学、とりわけ人の周りの空気環境の研究を続ける村上周三・東大名誉教授にインタビュー、改めてマスクの功罪と正しい使い方について聞いた。
マスク、自分自身への感染防ぐ効果は限定的
――会議や会合でマスク着用が義務付けられることが増えています。街を行く人もマスク姿が多くなりました。
自分への感染を防ぐためにマスクを着けている人が多いと思います。水道水の安全性に不安があるときに、ペットボトル、プラスチックによる海洋汚染が問題になってからはマイボトルを持ち歩く人が増えました。しかし、空気の場合、自分用の空気を持ち歩けません。そこで空気に含まれる危ないものを吸わないようにいわばペット空気の代用としてマスクを着けているものと想像します。私の場合もそうですが、マスクを着けていると安心感があります。でも実は、本人への感染防止効果は限定的です。
――マスクでは感染を防げない、という声は、以前からありました。
私たちはマスク着用時の空気の流れを数値流体力学の手法を用いて分析しました。北九州市立大学の白石靖幸教授がコンピューターによるシミュレーション解析を行ったところ、マスクを着けた場合、吸っている空気のうち、マスクを通して吸引している空気は少量、マスクの顔への密着度がよくない場合は約1割で、横の隙間から吸っている空気が大半、約9割に達するという結果が出ました。空気には、なるべく抵抗の少ないところを通るという性質があるからです。
数値シミュレーションに使用した顔のモデル(図:北九州市立大学の白石靖幸教授提供)
――マスクを着けても、吸っている空気の大半は、マスクを通っていないのですか?
そうです。一般に使われるマスクのフィルター効果は限定的ということです。もともとマスクに期待されている機能は、吸い込み空気に含まれる汚染物質の除去です。花粉症の防御の場合には、花粉のサイズが大きいのでフィルターの捕集効果を十分に期待することができます。
しかし、ウイルスはずっと小さいですからフィルターの捕集効果が通常のマスクにあるかというと、疑問です。ましてや、今回のシミュレーション解析でわかったように、マスクを着けていても人はマスクの脇から空気を吸っているとすると、フィルター効果に期待するのは現実的ではありません。
マスク着用は他の人々のため、マスクの功罪
――そうなると、マスクを着けても意味がないことになりそうです。
いいえ、大きな意味があります。それは、自分が吐き出す空気に含まれる飛沫が拡散するのを防ぐということです。自分が吐き出す空気、これを吐き出し気流といいます。吐き出し気流は流体力学の言葉ではジェットと呼ばれます。ジェットは拡散しにくくまっすぐに進みます。そして、マスクと顔の脇の隙間を通らずにマスクを通過します。咳やくしゃみをしたときに出る飛沫は比較的大きく、マスクでも十分捕集できます。
マスクには、もし自分が感染している場合、自分から出る飛沫に伴う周囲の人たちへの感染防止効果があります。新型コロナウイルスは、感染しても無症状な人が多く、自分で感染していると知らないままウイルスを拡散させているケースが多いとされています。マスクの着用は、本人のためというよりは社会のためで、公共財としての空気の清浄維持に通じるものなのです。
――では、マスクを着けている本人にとって、いい点はない?
マスクを着けると、吐き出した空気は拡散されにくくなりますので、それを再び吸う割合、再吸収率が高くなります。冬場の寒いときに再吸収率が高くなることは、温められ、湿度も適度にある空気を吸うことになり、のどを保護できるという利点があります。冬場に冷たく乾燥している空気を吸うとのどをやられることがありますが、のどがイガイガしなくて済みます。火事のときには濡れタオルを顔にあてて逃げるといい、と言われますが、それは濡れタオルには煙の中の粉じんを捕集し、熱気流を冷却する効果があるからです。
しかし、気を付けなければならないのが、マスクを着けることにより、自分の健康にとって負担になる点があるかもしれないということです。
――どういうことですか。
密閉性が高く高性能のフィルター効果を備えたマスクを隙間のないようにきちんと装着した場合、呼吸に大きな負担がかかります。私は16年前、SARS(重症急性呼吸器症候群)がアジア地域で広がった後の2004年にマスク着用時の人の呼吸について実験を行い、解析しました。その結果、密閉性の高い高機能のマスクではなく普通のマスクでも、着けた人は普段よりも肺に負担がかかることがわかりました。
村上周三(むらかみ・しゅうぞう)/ 東京大学名誉教授。工学博士。一般財団法人建築環境・省エネルギー機構理事長。1965年、東京大学工学部建築学科卒、東京大学教授、慶応義塾大学教授、空気調和・衛生工学会会長、日本建築学会会長、独立行政法人建築研究所理事長、新国立競技場整備事業・技術提案等審査委員会委員長などを歴任。専門研究分野は建築環境工学、数値流体力学。77歳(撮影:河野 博子)
マスクを隙間のないように着けると息苦しさを感じます。肺への負荷が大きくなっているからです。医療現場で本格的なマスクを着けることが多い医療関係者からも、息苦しいという話を聞いています。さらに問題は、息苦しくなると鼻だけではなく口からも息を吸うことになります。すると人間が本来持っている鼻のフィルター効果が活用されないことになります。また、マスクを着用すると再吸引率が高くなります。すなわち、自分が吐き出した空気を再び吸引する割合が高くなり、清浄で新鮮な空気を吸引する割合が減るというマイナス面も指摘されます。
適切なマスクの利用方法、空気感染への警戒
――そうすると、適切にマスクを使うには、どうしたら?
飛沫汚染防止という他者のためのマスク着用は、公衆道徳の面からも大変必要性が高いと思います。一方で、1人でいるときや、ほかの人と離れた場所にいる場合は、マスクを着けたままにしておく必要はあまりないと思います。私の場合、寒い日に外にいるときはのどの保護のつもりでマスクを着けることが多いです。
――新型コロナウイルスは、空気感染するのでしょうか。
くしゃみなどで飛ぶ飛沫による飛沫感染や、飛沫が付着したものを触ったことから自分の手から口へ、などの経路で体内にウイルスが入ってしまう接触感染が主な感染ルートだとされてきました。しかし、最近の報告では空気感染の危険性が指摘されています。中国政府は2月に新型コロナウイルスによる肺炎の診療指針改定版を発表しました。その中で、空気中を浮遊する微小な粒子、エアロゾルによる感染はありうるとしています。
――エアロゾルは、飛沫とは違う?
咳やくしゃみによる飛沫よりはるかに小さいもので、そうした飛沫や唾液などが微粒子になって空中を漂うケースが問題です。3月にアメリカの国立衛生研究所の下にある国立アレルギー感染症研究所が、新型コロナウイルスがエアロゾル化し、空中で最低3時間は生き残る、という研究結果を発表しました。空気感染は起きていない、という見解もありますが、エアロゾルによる感染をはじめ、わかっていないことは多いのです。政府は換気の悪い密閉空間を問題視していますよね。滞留した空気を外の新鮮な空気と入れ替えて室内に漂うエアロゾルを追い出すことは、環境衛生の基本中の基本です。「ペット空気」のお話を最初にしましたが、清浄空気の確保は基本的人権に通じるくらい大切なことです。
ビルの換気計画を再検討する必要あり
――とはいっても、窓を開けることができないオフィスビルは増えています。
まったくご指摘の通りです。大きな問題だと思います。今までになかった汚染問題が発生している事態を踏まえてビルの換気計画の在り方を再検討していく必要があると思います。
――前から気になっていることで、一つお聞きします。3月26日午後、首相官邸で開かれた改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく対策本部の初会合では、マスクを着けていたのは河野太郎防衛相など数人だけでした。当時はすでに各種会議でマスク着用を義務付けられていたので、違和感を覚えました。3月31日の経済財政諮問会議では、一転、安倍首相をはじめ参加者全員がマスクをつけていました。これをどう見ますか。
感染者がどこにいるかわからない状況では、他者のためにマスクを着用することは、屋内、屋外を問わず、同じ場所に同席する場合のマナーとして励行すべきであると思います。政府関係者がそういう場所でマスクを着用することは、マナー喚起の点から必要だと思います。
読売新聞3月27日付朝刊、4月1日付朝刊はいずれも新型コロナへの政府の対応をトップで報じた。3月26日の政府対策本部初会合では、出席者のほとんどがマスクを着けていなかったが、5日後の31日の経済財政諮問会議では、安倍首相以下全員がマスクを着けていた(東洋経済オンライン編集部撮影)
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提供元:コロナに「マスクは無意味じゃない」明確な根拠│東洋経済オンライン