2018.11.27
新しいアイデアを生む人の「積み上げ」の習慣|「量が質に転化する」境目はきっとある
積み上げによる未来設計とは?(写真:Shaiith / iStock)
読書、音楽鑑賞、情報発信、趣味……誰にでも「あこがれの知的生活」というものがあるのではないでしょうか。仕事・人生を知的に変えるヒントを紹介した『知的生活の設計―――「10年後の自分」を支える83の戦略』を書いた、研究者でブロガーの堀正岳氏が「現代における知的生活のコツ」を紹介します。
知的生活の設計―――「10年後の自分」を支える83の戦略 ※外部サイトへ遷移します
マルコム・グラッドウェル氏の著作『天才!成功する人々の法則』(講談社)には「10000時間の法則」と呼ばれる、大きな賛否を呼び起こした考え方が紹介されています。
たとえばプロレベルのバイオリン奏者になるのであれ、スポーツ選手や、芸術家や、学問のプロになるのであれ、必要なのは天賦の才能ではなく、「累計で約10000時間の練習や特訓を積み上げることができる」本人の努力であり環境だという統計的な考え方です。
この10000時間という数字や、その内容については議論があるものの、大切なのは「量が質に転化する」決定的な境目があるということです。
読書や執筆に限らず、絵を描いたり動画を作成したりといった創作的な活動でもかまいませんが、情報との触れあいを“積み上げる”ことによって、それが質的にありきたりなものから特別なものに転換するのです。
知的な「捕らぬ狸の皮算用」
ここで、捕らぬ狸の皮算用をしてみましょう。もしみなさんが平均的な大学生と同程度の読書を毎日しているなら、それは1日に平均で約25分、ページ数にして(本にもよりますが)ざっくりと40ページほどと見積もることが可能です(読書時間の値は全国大学生活協同組合連合会、「第52回学生生活実態調査の概要報告」より)。
この数字を、1年で換算すると1万4600ページ。書籍のページ数を平均300ページと仮定すると、48冊に相当します。読書時間が0分の人の割合が半数に迫っている昨今、それなりに読んでいるほうだといえるでしょう。
もし、この1日平均の読書量を1.5倍の60ページにできたならどうでしょうか?
年間の数字は累計で2万1900ページ、冊数にして73冊に達することになります。もしこれを10年間持続することが可能ならば、最終的に1日40ページ読む人と、1日に60ページ読む人の差は14万6000ページに対する21万9000ページ、冊数にして486冊に対する730冊と、244冊の差が生まれます。
ここで言いたいのは、読書が1日40ページでは足りないので60ページに、いや100ページにしようということではありません。むしろ、1日に40ページを読んでいる生活で到達できる場所と、60ページで到達できる場所には明確な違いがあることを、数字として意識してほしいのです。
もし一つのジャンルについてまとまった知識を得たいと考えていて、そのジャンルに存在する代表作を200冊程度だと見積もった場合、1日に何ページ読んでいれば3年以内にそれを網羅することができるかという発想です。
同様の計算は、絵を描く枚数や、観る映画の本数、作る作品の点数から、スキルを習得するのに許されている時間など、どんな活動の「積み上げ」にも応用することができます。
毎日の生活の小さな活動量の違いは、3年後、5年後、そして10年後に大きな違いとしてやってきます。こうした発想を使って、未来を設計することが可能になるのです。
日常の活動を「設計」する
プロの写真家が初心者にアドバイスをする際、ほぼ間違いなく出てくる言葉が「とにかくシャッターを切ること」という助言です。しかしこれを数字として意識する人はどれだけいるでしょうか。
たとえばみなさんが写真の腕を磨きたいと考えていたとします。プロの写真家のように累計何十万枚も撮影することは無理でも、せめて1年に10000枚の写真を撮影したいと考えた場合の活動量は、1日あたり27.4枚になります。用事があったり風邪をひいて寝込んでいたなど理由が何であっても、この数字以下ならば目標は達成できません。また「日常のスナップだけではなく、テーマ性のある写真を何割撮影したい」といった目安をここに導入してもいいでしょう。
10年でここまでの数になる(写真:『知的生活の設計―――「10年後の自分」を支える83の戦略』)
こうした数字を意識することで、未来に先回りした思考方法が可能になります。
「週末に必ず数百枚撮影するには、ある程度散歩に出なければいけない」「次の撮影場所を1週間前までには考えなければネタに困ってしまう」といった形で、目標を達成するための行動計画を決める視点に立つことができるようになるのです。
つまり、未来にどこまで到達したいかを意識して今日の活動量を決めることで「知的生活を設計する」わけです。
このように書くと、「読書は冊数をこなすものではない」「写真は撮影した回数ではない」という反論が当然出てくると思います。それはもちろんそのとおりで、こうした設計は1冊の本の魅力や感動、1枚の写真や絵の美しさとは別物です。
むしろこうした設計の考え方は、どれだけの本を読めばあるジャンルに対して一定の理解が得られるのか、どれだけ写真を撮影すれば自分自身の作風を生み出せるのかといったように、長い目でみた活動の行き先を意識した考え方といえます。
知的生活を設計することは、やがて到達したい未来を意識しながら、今日を楽しむための考え方といっていいでしょう。
読書も、映画鑑賞も、趣味の作品を作り続けることも、どれも知的な積み上げになりえます。ここで、代表的な例を知的生活のヒントとして紹介しましょう。
最初の例は読書です。読書の際にノートをつけ、読書体験や印象を書き残している人もいらっしゃると思いますが、私の場合、読んだ内容それ自体よりも、あとで利用できる「引用のための文」として記録することを重視しています。
ビジネス書も、海外文学も、そして難しい専門書も、1冊の本を10~20ほどの引用文にするのです。
最初こそ、意味のある、最も重要な部分を引用として選ぼうと意識していましたが、しだいにそうした部分はほとんど自明であることがわかってきました。たとえばKindleで本を開いた場合、ほかの多数の読者がハイライトした部分が下線で表示されますが、その本の重要な主張や、多くの人が感動している箇所はおおむね共通していますし、「読んでいればわかる」ことがよくあります。
そこで、そうした要点ばかりではなく、自分が勝手に選んだ基準で引用を収集してゆくということをいつしか始めました。「著者が未来の予測をしている箇所」「作品に登場する密室」といった恣意的な基準で、いわばコレクションをしはじめたのです。
こうした収集をしばらく続けると、面白い熟成が始まります。ちょっと意地の悪いコレクションですが、私は10年前のビジネス書で著者が未来を予測している引用を集めてコレクションにしており、それが現在実現しているかを調べたリストを作ったことがあります。本の内容をその後の歴史のなかに置いて比較することで、10年前の予測から学ぶことができるわけです。
音楽や映画も「積み上げる」
『知的生活の設計―――「10年後の自分」を支える83の戦略』 (クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします) 今日から始めることが「10年後の自分」を支える。「趣味」「読書」「情報発信+情報整理」「書斎」「アプリ・ツール」「お金」まで……誰でも実現できる知的生活の考え方と方法論を紹介。
音楽や映画といったコンテンツも、時間とともに積み上げを行うのに最適なメディアです。舞台やコンサートは現場に足を運ばなければいけない分だけ、それを人並み以上に積み上げることができるのは一部の人に限られますが、動画や音楽についてはストリーミングサービスが発達してきたおかげで、これまでになく幅の広いコンテンツを網羅的に楽しむことが可能になっています。
コンテンツをいつでも手元に引き寄せることができるということは、たとえば内容を引用したいときにすぐに確認できるということでもあります。「あの場面で、あのセリフはどうなっていただろうか?」といった、かつては手間のかかった調べものが、飛躍的にラクに実現可能になっているのです。
ストリーミングサービスの特徴を利用すれば、もう一歩進んだ視聴の仕方も可能になります。たとえばクラシックのある一つの交響曲でも演奏された年代や、演奏する交響楽団によってさまざまな版(コンテンツの種類)があります。それぞれについて、専門家である音楽評論家が、膨大な視聴の経験に基づいて批評を行っているので、それを信頼してどれを聞くかを決め、購入して視聴してきた人も多いと思います。
しかしSpotifyなどの音楽ストリーミングサービスを利用すれば、自分でさまざまな種類を視聴することが可能です。
たとえば、Spotifyでベートーヴェンの交響曲第5番で検索すると、さまざまな時代の、さまざまな指揮者の、あらゆる交響楽団の、あらゆる版のアルバムが何百とヒットします。同じ交響曲でも指揮者や時代の違いによって異なる味わいを、専門家同様に確認しつつ聞き分けてゆく楽しみ方が生まれます。第5番を比較するだけでもおそらく数年はかかるでしょうし、特定の指揮者だけ、特定の交響楽団だけといった組み合わせを楽しむといった、およそ無限の切り口があるといえます。
こうしたことが可能なのも、SpotifyやNetflix、アマゾンプライム・ビデオといったサービスに定額で視聴することができる膨大なコンテンツが集積しており、それが簡単に検索可能だからです。コンテンツ検索で自分なりの方法で串刺しにすることで、新しい境地を簡単に開くことができるわけです。
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提供元:新しいアイデアを生む人の「積み上げ」の習慣│東洋経済オンライン