2024.02.15
身体の緊張状態を自在にコントロールする方法|トップアスリートは"脱力スキル"を駆使している
いざ「力みを抜こう」と思っても、なかなか思うようにできないことは多いものです(写真:Ushico/PIXTA)
スポーツの試合中、身体がガチガチではいいパフォーマンスができません。ですが、“身体の力みを抜こう”と思っても、なかなかうまくはいかないもの。
国内外の多くのプロアスリートに指導を行ってきた中野崇さんは、「素早く動いたり、強烈なパワーを発揮したりする際に必要な脱力の“スキル”は、トレーニングすれば必ず向上します」と言います。
中野さんの著書『最強の身体能力 プロが実践する脱力スキルの鍛え方』より、一部抜粋・再構成のうえお届けします。
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力を入れる部位と抜く部位をコントロールする
スポーツにおいては、身体の力みをいかに解き放つかでパフォーマンスが変わってきます。
アスリートの場合、身体が力んでしまうことで必要なタイミングで必要な力を出せないことは、致命的なウィークポイントになります。
身体が固まったままの状態から大きな力を出したり、素早く動き出したりすることは、身体の特性上、とてもむずかしいことだからです。
たとえば、トップアスリートたちがボールや対戦相手の動きに素早く反応するための構えを思い浮かべてみてください。どの競技でもかまいません。
野球のバッターやサッカーのゴールキーパー、そしてバドミントンやテニスなど、高い反応速度を要求される際の構えとして共通していることは、全身もしくは身体の一部を必ず小さく揺らしていることです。
この特徴はトップアスリートで顕著に見られ、逆に初心者に近づくほど身体のあちこちを緊張させ、固まったまま構える傾向が強くなります。
人間の運動の特性として、すでに力を入れた状態からさらに力を入れるというスタイルでは大きなパワーは出せません。筋肉の特性上、緩んだ状態から急激に収縮することで大きなパワーを生み出すからです。
だからトップアスリートほど、パワーを出す直前に身体に潜む余分な力みを限界まで排除しようとするのです。
さらに、身体の力みが生じると、関節の滑らかな動きを妨げます。滑らかな動きとは、しなやかな動きはもちろんのこと、瞬時に固定と解除を切り替えられることも含みます。
身体が連動するときや力を伝達するときは、この滑らかな動きがベースとなっており、身体の力みが強ければ強いほど操作性は低下します。
身体の緊張状態がコントロールできず、姿勢や構え、動きの中でうまく脱力できなくなることが身体機能、そしてパフォーマンスにネガティブな影響を与えることを知っておいてください。
これらのことは、素早く動いたり、強烈なパワーを発揮したりする際には、その前提として脱力の“スキル”が必要だということを表しています。
「スキル」と表現するのには意味があります。なんでもかんでもとにかく脱力すればいいということではなく、必要なときに自分で脱力をコントロールするための技術、だから「スキル」なのです。
スキルなので、しっかりトレーニングすれば必ず向上します。
「力を入れるべき部位」と「力を抜くべき部位」がある
少し視点を変えてみます。コーチから「もっと力を抜け」と言われたとき、抜こうとしたのにうまく抜けなかったり、力を抜くと大きなパワーが出せないのではという疑問を持ったことがある人も多いのではないでしょうか。
うまく脱力できることと高いパフォーマンスを発揮できることには深い関係があります。
一方で、脱力のコントロールは簡単ではありません。ここは特に重要なのですが、いくら力を抜こうとしても力は抜けるものではありません。力を抜くためには、まず「力を入れるべき部位」に入れなければならないのです。この部位がしっかり働いてこそ、力は適切に抜くことができるので、「力を入れるべき部位」と「力を抜くべき部位」をきっちり整理しておく必要があります。
実際のところ、入れるべき部位には入らず、抜くべき部位が力む、という逆転現象が起こっていますので、しっかり覚えてください。
重力がかかる環境で身体を支え、効率よく動くために、力を入れるべき部位と抜くべき部位はある程度決まっています。
次の図は、身体の機能性を最大限に引き出すための、力を入れるべき部位と抜くべき部位を表しています。
『最強の身体能力』P.61-62より
入れるべき部位のほとんどは、重力に逆らいながら身体を支えつつ、スムーズに動く、そして力の伝達ロスが最小化するために必要な部位です。
そして、これが大事なことですが、入れるべき部位に力が入っていれば抜くべき部位の脱力スキルは着実に向上します。
パフォーマンスに問題を抱える選手は、この抜き入れのバランスが崩れていることがとても多いのですが、脱力トレーニングによって適切なバランスになっていきます。
なお、図で挙げた分類はほとんどの競技に共通しています。抜くべき部位の筋肉に力を入れて、入れるべき部位に入れずにハイパフォーマンスを出せる競技はほぼないといっても過言ではありません。
みなさんのやっているスポーツにおいて、なぜその筋肉が大事なのか?
その筋肉が強くなることで自分の動きはどのように変わるのか?
これは筋肉をターゲットにしたトレーニングを行う際に、特に重要な問いかけです。
たとえばハムストリングス(もも裏の筋肉)を鍛えようとする場合、それによりパフォーマンスにどのような影響があるかを最優先にするべきです。
そのトレーニングはなんのため?
筋肉をターゲットにした例を出しましたが、そもそもトレーニング方法は目的こそが最優先されるべきで、どのような方法を選択するのかはその次です。
そういう意味では本来、パフォーマンスアップ目的のトレーニングは「筋肉」からスタートするのではなく、競技中に考えうる「動作」から組み立てていくべきです。
どんなに最新のトレーニング方法でも同じこと。「最新だから」「〇〇選手がやって成功したから」「強豪チームがやっているから」、そういった理由でトレーニング方法を選択するのはかなりリスクがあります。
自分が抱える課題はどういったものなのか、その原因はなんなのか、そのトレーニング方法はそれを解決できる特性を持つのか。このような視点が不可欠です。
もちろん専門家でないと判断がつかない領域もあるので、その場合は専門家を頼るほうが結果として近道です。
このように自分の課題とトレーニングの特性を定点観測し、自分で調整していくのはとても高度なことです。しかし、それ以前に、
・トレーニング=筋トレなどの「パワー型」
・不調やケアを予防する解決法=ストレッチや筋トレを行う
だけでは不十分、ということを知っておいてほしいと思います。
もし、今スポーツでハイパフォーマンスが発揮できないとしたら、筋力不足ではなくて「パターン」に原因があるかもしれません。
パターンとは、簡単にいうと動きのクセのこと。たとえば、
・どちらかの脚に体重をかけて立ちがち
・投げるときに肩が力みがち
・蹴るときに腰が力みがち
などが挙げられます。
立っているだけで腰が緊張するのも、立つという動作で腰を固めてバランスをとるというパターンを持っていることを意味します。
このように表現するとよくないもののように感じるかもしれませんが、もちろんいいパターンも存在します。
ハイパフォーマンスを妨げる「パターン」の正体
トップアスリート、特にケガをしない選手は、このパターンが人間の構造から見て非常に効率がいいのです。
トップアスリートたちは脱力が動作パターンに組み込まれており、それゆえ無意識に使いこなせているのです。パターンは複数あり、競技の特性次第ではいいパターンを複数持っていて、状況に応じて使い分けられたりします。
逆にそうでない選手は、非効率なパターンが固定化されていることが多いです。
いつも腰に力を入れて緊張させるパターンが固定化している選手は、走るときも、パワーを発揮するときも、投げるときも、蹴るときも、同じように腰を緊張させて固めながら実行します。
もちろんトレーニングのときも腰を固めます。このようなパターンの固定化を考慮せずに“さまざまな種類”のトレーニングを行っても、実質的には「同じトレーニング」をやっていることになってしまいます。
いつも腰が張る、いつも肩や首が凝る、という場合はパターンの固定化が進んでいる可能性が高いです。
さらに、パフォーマンスアップの妨げになるだけでなく、いずれケガの大きな要因にもなり得ますので、できるかぎり早期に固定パターンの解除と効率的なパターンの再学習が必要です。
パターンは、重力がかかる環境でどのように二足歩行でバランスを保持していくかのバランス戦略(抗重力戦略)です。その人の身体の状態、つまりどこが強い・弱い・働きやすい部位・働きにくい部位・硬い・柔らかいなどの前提条件をもとにして、「こうすれば安定するな」という経験の積み重ねによって少しずつ形成されていきます。
ですので長年の生活習慣からの影響も大きく、裏を返すと幼児期からパターンが固定されることはほとんどありません。
スポーツにおけるパターンも、こういった日常動作のパターンがベースになりつつ、大きなパワーを出したり腕を速く動かしたりするときに、「こうすればなんとかうまくできるな」という学習の繰り返しによって形成されます。
たとえば、わきにある前鋸筋(ぜんきょきん)が使えていないまま腕を使う運動を行おうとすると、それをカバーするために肩(僧帽筋=そうぼうきん)に力が入って肩が上がる動きをするケースがあります。
そのままこの運動を繰り返すと、知らぬ間に「肩に力が入るパターン」が形成されてしまうということです。
つまり、日常動作のパターンもスポーツ動作のパターンも、どちらも重力下でバランスをとりながら動作を遂行するというバランス戦略(抗重力戦略)であるため「身体の力み」が起こりやすいのです。
そういう理由から、脱力スキルの向上はパターンの改善に役立ちます。もちろん単に脱力がうまくなったからといって、長年培った動き方をすぐに手放せるほど甘くはありません。パターンの改善(解消と再学習)にはより専門的なトレーニングが必要です。
しかしながら、脱力トレーニングはその第一歩としては非常に有効です。
もも裏に力を入れ、前ももや腰の力みは抜くトレーニング
本稿では、例として脱力トレーニングの中からひとつを紹介しましょう。
体幹と脚のつながりを強化する「もも裏刺激」です。
『最強の身体能力』P.120-121より
2のときにこぶしで叩くのは、筋肉の「ストレッチがかかった状態で叩くと力が入りやすくなる」という性質を利用するため。
トレーニング中は上半身と股関節をうまくコントロールして、的確にもも裏の上半分にストレッチがかかった状態をつくるようにしてください。もも裏にしっかり力が入るようになることで、本来力を入れるべきではない前ももや腰の力みは抜きやすくなります。
<ここをチェック>
・お尻の位置は下げない(むしろ上がる感覚)
・腰を力まず、お尻を引き上げる (上半身を鼠径部で正確に曲げていると、骨盤が前に倒れてお尻が上がる=もも裏上半分が正確に伸びる)
スポーツでハイパフォーマンスを生み出したい人は、ぜひ“脱力スキル”を意識して鍛えてみてください。
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提供元:身体の緊張状態を自在にコントロールする方法|東洋経済オンライン