2023.12.19
「脂肪」は私たちの健康の敵ではないといえる根拠|分子生物学者が三大栄養素を化石燃料に例えてみた
分子生物学の観点では「脂肪は敵ではない」そうです(写真:midori_chan / PIXTA)
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分子生物学という分野は、医療、産業、環境など社会への広範な影響を及ぼすだけでなく、生物学的な<わたし>という存在への理解を深めるにも役立ちます。
私たちの体に不可欠な三大栄養素も、分子生物学の観点から見ると、ダイエットの敵と言われている「脂質」ですら違った見え方になります。慶應SFCの人気教授、黒田裕樹さんが解説します。
※本稿は『希望の分子生物学: 私たちの「生命観」を書き換える』から一部抜粋・再構成したものです。
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生物の定義の中で栄養摂取、および代謝(生物学的な反応や物質変換)を行うことは必須の特徴とされています。
栄養摂取によって取り入れられた栄養素は、代謝によって分解、変換、利用されます。このことを、たとえを交えて考えてみましょう。
化石燃料と三大栄養素の比較
石炭、石油、天然ガス。これらは、火力発電所で使用される典型的な燃料であり、化石燃料とも呼ばれます。燃料と酸素が反応して発生する高熱で水を沸騰させ、そこで発生した蒸気を利用してタービンを回し、発電機を駆動しています。
生物の細胞の中でも似たプロセスが行われており、人間社会における石炭、石油、天然ガスは、細胞の世界ではタンパク質、脂肪、炭水化物に置き換えて捉えるという見方もできます。
しかもこれらは、先述した化石燃料の主成分と同じく、すべて有機物(炭素を主成分とする化合物)でできています。
化石燃料は、基本的に過去の生物由来の有機物が地球の地殻変動に伴う高温や高圧による化学変化を経て形成されたもので、化石燃料と三大栄養素との間には深い関係が存在します。生物学を学ぶ際には三大栄養素の理解が必須です。
炭水化物は、主に米やパン、麺類、ジャガイモなどに含まれる大型分子です。炭水化物は摂取後、消化の過程で分解されて小型分子のブドウ糖となります。
タンパク質は肉、魚、豆類、卵、乳製品などに含まれる大型分子です。タンパク質も消化の過程で小型分子のアミノ酸に分解されます。
脂質は、油やバター、ナッツ、アボカドなどに多く含まれる分子であり、前記の2つと比べると小型です。摂取・消化されると、脂肪酸とグリセリンに分解されます。
ミトコンドリアは火力発電所
冒頭の比喩における火力発電所は、細胞の中ではミトコンドリアに相当します。ミトコンドリアでは、これらの三大栄養素を利用してエネルギーを生成し、私たちの体内で電池のような役割を果たす分子を充電します。
具体的には、空っぽの電池に相当するADP(アデノシン二リン酸)を、満タンの電池に相当するATP(アデノシン三リン酸)に変換するのです。
(出所)『希望の分子生物学:私たちの「生命観」を書き換える』
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三大栄養素がミトコンドリアに取り込まれる際には、分解されたあとの小分子の状態、あるいはその小分子にいくつかの化学変化を加えた状態が用いられます。その後、ミトコンドリア内部で複雑な代謝反応を経て、その過程で水素イオンをミトコンドリアの外膜と内膜の間に集積します。
集積された水素イオンが、タービンのような分子であるATP合成酵素を通過することによって、大量のATPが生成されます。このATPを用いることで、私たちは必要な時に体の必要な部位を動かせているのです。
三大栄養素の中でも、脂質については、世の中で正当な評価を受けていないと常々思ってきました。ここでは、脂質がいかに秀逸な栄養素であるのかについて、説明を加えさせてください。
私たちの身体に蓄積される脂質のことを特に脂肪と呼びます。飽食の時代とも言われる現代、先進国では脂肪が健康の敵のように扱われがちです。最先端の科学雑誌ですら、ダイエット(脂肪を減らすことや蓄積させないこと)に関する論文が頻繁に掲載されています。
優秀な分子である脂肪がこのような扱いを受けていることに、生物学者として一抹の寂しさを覚えざるをえません。
脂肪は敵ではない
私たちの身体が脂肪を蓄積させる最大の理由は、そのエネルギー効率の高さです。タンパク質と炭水化物は1gあたり約4kcalのエネルギーを発生させることができますが、脂肪に関するその数値はその2倍以上、約9kcalになります。
同じ体重を持つ生物個体AとBがいて、AとBの間に生存競争があったとしましょう。
その場合、BがAの2倍以上のエネルギーを持っていて、それ以外の条件が同じであるならば、Bが勝利します。これが、脂肪が優れたエネルギー分子だと言える所以です。
脂肪が優秀である別の理由は、脂肪の主成分である脂肪酸の活用法にあります。脂肪酸は方向性を持つ細長い分子です。
一方の端から他方の端まで長さのある分子と考えてください。ミトコンドリアにおいて、エネルギー源として用いられるのは尾の先っぽの部分だけです。使われる際、そこが切り取られ、その部分はアセチルCoAという分子に変化し、ミトコンドリア内で行われるエネルギー産生の代謝反応に加わります。
(出所)『希望の分子生物学:私たちの「生命観」を書き換える』
面白いことに、切り取られた残りの脂肪酸は、切断面から化学反応が起こり、再びエネルギー源として利用できる部位が形成されます。
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つまり金太郎飴のように、脂肪酸は切っても切ってもエネルギー源として利用できる部位が出てくるというわけです。
この特有の反応をβ酸化と呼びます。βは炭素の位置を示すもので、脂肪酸では、切っても切っても、長さが続く限りβの位置にあたる炭素を含む末端が出現します。このような脂肪酸を主成分とする脂肪は使い勝手がよく、優れたエネルギー源となるのです。
エネルギー効率が圧倒的に高く、使いやすいため、生物進化の過程で脂肪がエネルギー源に選ばれたのは自然なことと言えます。脂肪に対する理解とその価値を再評価することで、より健康的な視点を得ることができるのではないでしょうか。
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提供元:「脂肪」は私たちの健康の敵ではないといえる根拠|東洋経済オンライン