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2023.10.13

肥満で「やせるべき人」「やせなくてOKな人」の違い|販売準備中、2つの「肥満治療薬」はどう使うか


肥満の人すべてがやせる必要はなく、減量が必要なのは「肥満症」に当てはまる人だという(写真:msv/PIXTA)

肥満の人すべてがやせる必要はなく、減量が必要なのは「肥満症」に当てはまる人だという(写真:msv/PIXTA)

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身近な健康問題、「肥満」の対処法をめぐる動きが活発になってきた。医師が処方する薬が「肥満症」治療の選択肢として発売が待たれるほか、内臓脂肪を減少させる飲み薬も、薬局で発売されるようになる。

肥満と肥満症は違うのか、薬はどれくらい効くのか、リバウンドはないのか――。さまざまな疑問を千葉大学大学院内分泌代謝・血液・老年内科学教授の横手幸太郎医師に聞いた。

本当に「やせるべき人」は?

自分の「BMI(Body Mass Index:体格指数)」はいくつかご存じだろうか。

BMIとは、肥満の判定に広く使われる指標で、体重(kg)を身長(m)の二乗で割った数値のこと。厚生労働省の計算サイト(e-ヘルスネット「BMIチェックツール」)などですぐに出るので、計算してみよう。

BMIチェックツール ※外部サイトに遷移します

日本ではBMI22が標準体重で、25以上が肥満とされる。厚労省によると、肥満の割合は26.3%(令和元年国民健康・栄養調査)で、集計対象である15歳以上の4人に1人が当てはまる。

年齢・性別で分けると、40代の女性は16.6%、50代は20.7%、40~50代の男性は40%弱が肥満に該当する。

横手医師によると、肥満の人すべてがやせる必要はなく、減量が必要なのは「肥満症」に当てはまる人だという。

「肥満は、2型糖尿病や脂質異常症(中性脂肪やコレステロールが高い状態)、高血圧、心臓の病気、脳梗塞、腰や膝の障害など、さまざまな健康障害を引き起こす可能性があります。肥満の中から健康障害を持つ人、起こりそうな人を『肥満症』としてピックアップし、適切に治療して病気の発症や悪化を防ぐ――。それが肥満症治療のコンセプトです」

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健康障害を引き起こすカギは、内臓脂肪の蓄積。中年男性や閉経後の女性によく見られる「ぽっこりお腹」だ。

内臓脂肪は悪玉物質を作り出し、動脈硬化やさまざまな病気をもたらすと考えられている。会社や自治体で行われる特定健診で腹囲を測るのも、内臓脂肪の蓄積を評価するため。ぽっこりお腹は見た目よりも健康上の問題のほうが大きい。

食事・運動と手術の間の治療

肥満症の治療は、食事療法・運動療法・行動療法(体重や生活リズムをグラフ化するなどして、問題に自ら気づき、修正する治療法)が基本だ。横手医師によると、これらを行うだけでも、3~6カ月間で体重の3~5%の減量が可能だという。

しかし、「食生活が豊かになり、公共交通機関や自動車などの移動手段が充実した現代社会は、太りやすい環境であるのは否めません。仕事で夕食の時間が遅くなることや会食が必要なこともあるでしょう。努力しても体重を減らせない、減量に成功しても長続きしない状況になっています」。

そのような場合、特に高度肥満症を治す手立てとしては、食事摂取量を抑えるために胃の一部を切除する手術にほぼ限られていた。一度小さくした胃を元に戻すことはできず、すべての人に行える治療でもない。

「基本となる食事療法・運動療法・行動療法と、外科手術とのすき間を埋める治療が求められていました」と横手医師は解説する。それが今、期待されている肥満症治療薬だ。

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肥満症治療薬で代表的なのが、セマグルチド注射剤(ウゴービ)だ。この薬は、デンマークに本社を置く製薬企業、ノボ ノルディスク ファーマが開発し、すでにアメリカなどでは肥満症治療に使用されている。日本でも今年3月に医療用医薬品として厚生労働省から製造販売承認が下りた。

今はまだ肥満症の治療薬としては保険診療では使えず、発売を待っている状態だ。

週1回の注射で体重が14%減

日本と韓国で行われた臨床試験では、週1回の自己注射を68週間続けると、開始前に86.9kgだった体重が75.1kgに減少(同剤2.4mgを使用した約200人の平均値)。割合にして約14%の減少だった。

効果のもう1つの指標、「5%以上の体重減少」に成功した人は83%に上った。内臓脂肪も減少し、血糖値、血圧、コレステロール値も改善した。

なぜ体重が落ちるのか。それは、脳や胃の細胞の表面にあるGLP-1(グルカゴン様ペプチド‐1)受容体に作用するからだ。これにより、食欲が抑制されるとともに、胃の運動も抑えられる。一言でいうと、「食べたくなくなり、食べるとすぐ満腹になる」(横手医師)。

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日本でセマグルチドが肥満症治療薬として発売された場合、次の3条件を満たす患者に使われることとなる。

■ 高血圧、脂質異常症、2型糖尿病のいずれかがある

■ 食事療法・運動療法で十分な効果が得られない

■ BMIが次のいずれかに該当する

・BMI27以上で2つ以上の肥満に関連する健康障害がある

・BMI35以上

これをもとに、横手医師にセマグルチド使用のモデルケースを挙げてもらった。

ケース1
BMI35以上の高度肥満症。日本人では欧米ほど患者数は多くないものの、心身の健康問題を来しやすい。食事療法・運動療法だけでは減量が難しいため、それらをしっかり続けながら併用する

ケース2
BMI27以上で、2型糖尿病や脂質異常症、高血圧がある人。体重が減ることで、肥満に対する考え方、生活への向き合い方の改善につながる。ほかの持病の薬を減らすこともできる

最新の国際研究では、セマグルチドを最長5年間続けることで、心臓や脳血管の病気の発症を減らせることもわかった。

「詳細な結果は未公表ですが、肥満症の人が体重を落とすことで、命に関わる合併症を減らせることが示されました。体重を減らすべき人を見極めて治療することが正しい方法だと裏付けられました」と、横手医師は解説する。

リバウンドも気になる。結論としては、薬をやめて元の生活に戻れば、体重は再び増えていくという。

横手医師も、「セマグルチドで減量に成功したら、何らかの形でそれを維持することが必要。薬を継続することが必要か、食事・運動療法だけで維持できるのか。これから模索され、方針が確立されていくでしょう」と見込む。

セマグルチドの副作用は悪心(吐き気)、嘔吐、下痢、便秘など。これについては、薬を少量から始めて段階的に増やしていくことで、徐々に慣れるという。ただし、耐えられずに中止する人もいる。臨床試験でその割合は数%だが、偽薬を使ったグループよりは高かった。

ほかに重大な副作用としては、低血糖、急性膵炎、胆のう炎などがある。急性膵炎は、発生頻度は0.1%とはいえ、重症化の可能性もあるので、初期症状(嘔吐を伴う持続的な激しい腹痛など)に注意が必要だ。

セマグルチドによる治療が始まったらどうすればいいか。

肥満症に心当たりがあれば、肥満外来などがある医療機関で相談を。自分が対象であれば、有効性や安全性、医療費に関する説明を受け、それに納得したうえで注射を始める、という流れになるだろう。

どの医療機関で治療が可能になるかは現在未定で、今後明らかになると思われる。

美容で「GLP-1ダイエット」の筋違い

このセマグルチドに関しては、すでに一部の医療機関で自由診療のもと、美容・ダイエット目的で使われている実態があり、大きな社会問題となっている。

こうした「メディカルダイエット」「GLP-1ダイエット」については、製薬企業をはじめ厚生労働省や国民生活センター、日本医師会などが注意喚起している。横手医師も「インターネットを見て驚いた」とし、2つの問題を指摘する。

1つは、「やせる必要がない人、肥満でもない人が使用して、重い副作用が発生するなどの不利益を被ること」。もう1つは、「本当に必要な人に薬が行き渡らなくなること」だ。

前者については、「低血糖や急性膵炎などの副作用に適切に対応できない可能性もあります。そもそも、誰もがやせる必要はなく、標準体重を下回るレベルを目指す必要もありません。やせすぎは、感染症や骨粗鬆症、不妊などのリスクを高める恐れがあります」と横手医師。 

後者については、「セマグルチドは糖尿病薬としてすでに健康保険で認められています。美容・ダイエット向けに流れてしまうと、糖尿病や肥満症の人が使用できない状態になるかもしれません。その状態が長く続けば、糖尿病などに伴う健康問題を防げないという深刻な問題につながります」と話す。

そのうえで、「国による規制を含め、対策を真剣に考える時期に来ています。場合によっては、肥満・肥満症の関連学会と美容医療の学会などが対話の機会をもつことも必要かもしれません」とする。

「薬局で買える肥満治療薬」も登場へ

肥満を巡っては、別の薬も国から承認され、発売準備が進んでいる。大正製薬の「オルリスタット(アライ)」という商品だ。医師の処方箋なしに薬局で購入できるが、薬剤師が管理をしなければならない。

オルリスタットがセマグルチドと異なるのは減量のメカニズム。オルリスタットは食事に含まれる脂肪の吸収を抑えるという作用がある。

効果に関して海外の臨床試験(国内の承認投与量と異なる)をまとめると、開始から1年で偽薬よりもさらに2.9kgの体重減少が認められた。

肥満症の治療に使うのがセマグルチドで、蓄積した内臓脂肪のセルフケアに用いるのがオルリスタットといえる。

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ほかにも、国内で開発中の医療用肥満症治療薬が複数あり、2024年以降、肥満症や肥満の薬物療法を巡る動きが相次ぎそうだ。

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横手医師は「まずは生活習慣を見つめ、改善によって解決できるかを考えてほしい。それでも効果が不十分な場合に、薬がサポートする時代になる」と展望する。

薬が使えるようになるのを待ちたい気持ちもわかるが、内臓脂肪の蓄積による健康問題はすでに始まっているかもしれない。対策を講じるのは早ければ早いほうがいい。

今日はいつものエスカレーターではなく、階段を上ってみますか。

(取材・文/佐賀 健)

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千葉大学大学院内分泌代謝・血液・老年内科学教授
横手幸太郎医師

日本肥満学会理事長。1988年、千葉大学医学部卒業、同第二内科入局。2009年、千葉大学大学院細胞治療内科学講座(旧第二内科)教授。2019年、研究領域名変更に伴い、内分泌代謝・血液・老年内科学教授。2020年からは千葉大学医学部附属病院の病院長、千葉大学副学長も務める。

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提供元:肥満で「やせるべき人」「やせなくてOKな人」の違い|東洋経済オンライン

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