2023.05.13
80過ぎて「病院要らずの人」が健診より重視する事|五木寛之×和田秀樹(対談・前編)
写真左より和田秀樹さん、五木寛之さん
最新エビデンスも最高の健康法もいいけれど、あなたの体に合っていますか?
長年、自流で養生アップデートを続け、先ごろ、話題書『シン・養生論』を上梓した作家の五木寛之さんと、大ベストセラー『80歳の壁』の第2弾、『80歳の壁[実践編]』を上梓した高齢者医療専門の和田秀樹さん。
「実践派」と「理論派」の最強の2人が教える、幸せに長生きする秘訣とは。体にガタが出始める40代、50代、必読です。(構成:斎藤哲也、写真:岡村大輔)
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自分の「体の声」を聴く
五木:僕は戦後70年以上、80歳半ばになるまでずっと病院に行ったことがなかったんです。健康診断も受けたことがありません。そのかわり、自分の体の面倒は自分で見ようと。これは健康法じゃなくて「養生」だという考えでずっとやって来ました。
『シン・養生論』にも書いたことですが、例えば僕は、いくつかの病気を自分流に克服してきた経験があります。1つは偏頭痛です。30代から40代にかけて、ひどいときは何日も吐いてしまうほど偏頭痛が激しい時期がありました。医学に関する学術書や専門書を読み漁って勉強して理屈はわかっても、状況は変わらない。
そこで自分の体を冷静に観察していると、偏頭痛の起こるリズムがわかってきたんですね。どうやらそれは気圧と関係があるらしい。世間では低気圧のときに偏頭痛が起きるとか言うけど、僕の場合、高気圧が続き、それが崖下に落ちるように急激に変化する曲がり角のところで偏頭痛が起きることに気づきました。
それから天気図を細かく読むようになりました。大阪で雨が降ったら6時間後に低気圧が来る、福岡だと1日後、上海だと、といったぐあいに、気圧の変化を毎日読みながら、低気圧に備えて対処するようにした。
和田:具体的にどういうことをされていたんですか。
五木:偏頭痛には、予兆があることに気づいたんですね。ぼくの場合だと、まず上まぶたが下がってくる。それから唾液(だえき)が妙にねばつく。そのほかいろんな予兆が出てくるのです。それを早く気づいて、パスできるように対処した。
風呂には入らないし、お酒も飲まない。原稿の締めきりを延ばしてもらう(笑)。自分の体の声をきいて、それに素直にしたがうことにしました。先手を打つことでパスしてきました。
和田秀樹さん
和田:「自分の体の声を聴く」というのは、すばらしい言葉ですね。たいていの人は、自分の体の声よりも健康診断のデータのほうが正しいと思ってしまいます。でも、人間には個人差があるので、煙草をすぱすぱ吸って100歳まで生きる人もいれば、健康診断のデータは正常なのに60代で亡くなる方もいる。データだけを信じてしまうと、体の声を聴けなくなるんですね。
たとえば私は、高齢者専門の医者として働いていた病院で、年間100例ぐらいの解剖結果を見ていました。それでわかったのですが、70代後半で動脈硬化のない人は1人もいません。でも検査データがなまじ正常だったら、動脈硬化の心配をたぶんしないと思うんです。だけど心筋梗塞になるとしたら、絶対になにかしら予兆があったはずです。
五木:その予兆が「体の発する声」ですね。その声を聴く謙虚さを、今の現代人は失っている感じがします。
和田:おっしゃるとおりですね。
確率論で自分の体はわからない
五木:もちろん科学は信用しているけれども、自分の生き方に関しては、実感を大切にしてきました。自分の体に関してもそうです。
和田:検査データが正常だったら病気にならないわけではないし、異常値だらけなんだけど何となく長生きする人もいるわけですからね。その分かれ道にあるのが、体の発する声を聴くことだと思います。「あれ、おかしいな、普段と違うな」と思ったら、五木さんのようにはできないとしても、たとえば医者に行ってみる。
私も糖尿病と高血圧がけっこう重症で、人工的なものが嫌いだから薬も5年ほど飲まずにいたのですが、心臓喘息とか不調が出てきて、薬の量を調整して飲んでいます。血糖値や血圧を「基準値にする」のではなく、自分の体調を見ながらです。
そういう体の声を大事にしたほうがいいと思うのですけれど、いまの西洋医学は確率論になってしまっているんです。
確率論って、個人には当てはまらないことがあるわけですよ。よく「ほめて育てたほうがいい」という子育て論があります。仮に教育心理学者たちの実験で、ほめたほうが成績が上がる子が7割いて、叱ったほうが成績が上がる子が3割いたとしますよね。その場合、学問的に見れば、ほめたほうがいいことになります。だけど、自分の子どもはいくらほめても成績が上がらないんだったら、「叱ったほうがいい3割に入ってるんじゃないか」と心配しなくちゃいけないのに、それをしない人が多いわけです。
和田:同様に、今の医学者たちが言ってる「血圧を下げろ、血糖値を下げろ、塩分を取るな」というのも、あくまでも確率論として正しいだけです。個人に寄ってみたら、塩分をもっと取ったほうがいい人だっているかもしれないし、血圧が少し高いほうが調子がいい人もいるかもしれない。それは確率論ではわからないのだから、体調や体の声を聴くしかないんですね。
実験精神が足りない日本人
五木:僕は扁平足でしてね。子どものときから「べた足」って言われてよく笑われた。扁平足だと、足の裏の外側に体重が掛かるため、どうしてもO脚になりがちなんですよ。それを矯正しようと思って、最近は足の裏の親指に力を入れて、蹴り出すような歩き方をためしているんです。
五木寛之さん
歩くことに関しては、いろいろやってきましたね。インターバル歩行といって、ゆっくり歩くのと早歩きするのを繰り返したり。歩くこと1つでも、無限の興味と楽しみがあって。ほんとに面白い。
視力に関しても、ヒマな時間があると、目に10センチほどの距離に近づけた腕時計の秒針を凝視して、その後に遠方の景色を見る動作を、繰り返しやったり。そのおかげかどうかわからないけど、裸眼で新聞が読めるようになったんです。以前は老眼鏡なしでは、見出しぐらいしか読めなかったんですけど。
和田:五木さんは実験精神が旺盛ですよね。歩き方であろうが視力であろうが、うまくいかなかったらやめて、また別のことを試されています。でも日本人って、実験をしない国民性があるように僕には思えるんです。例えば、学校で理科の実験をやるにしても、失敗しない実験しかさせないわけです。だけど、実験の醍醐味は失敗することで、失敗してうまくいかなかったから次はこう変えてみようという試行錯誤が重要なんですね。
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政治だって、自民党の政治を積極的にいいと思っている人って、あんまりいないと思うんです。ところが「失敗するよりましだから、現状維持がいいや」としてしまう。失敗していくうちに成長するというのは当たり前のことなのに、日本人って失敗ばかり恐れて試さないんですよ。試すとか実験といっても、大げさに考える必要はなくて、入ったことのない店に行くだけでも、じつは実験だと思うんです。
五木:それは、すごく大事なことです。僕は50ぐらいの頃から、毎年テーマを決めて、いろいろやってきました。歩行、そしゃく、呼吸とか。一時期は嚥下、飲み込む力についても、自己流のトレーニングを続けてたこともある。
これは面白かった。人は固い物を飲み込むだけじゃなくて、水を飲んでも誤嚥する危険性があるんですよね。それで「飲み込む力を強めるためにはどうすればいいのか」というテーマで、ずいぶん熱心に嚥下の工夫をしました。何気なく水を飲むときも、水が喉をなめらかに流れるかどうかを意識する。嚥下も本当に奥行きが深くてね。こんな面白いことはないと思う。
和田:嚥下は命に大きく関わるところだから、非常に大事です。死因の3位は肺炎でしたが、今は肺炎と誤嚥性肺炎を分けていますからね。90歳ぐらいだと、嚥下力はけっこう落ちるんです。
五木:年を取ると、流動食みたいな物をよく食べさせられるじゃないですか。あれが嫌なんです。やっぱり固い物を食べていないとね。だからそしゃくについてもかなり研究したし、自己流でトレーニングを続けました。ある種の遊びとして、ですけど。
「前頭葉バカ」になるな
和田:僭越な言い方ですが、五木さんはそのおかげで脳が若いですよね。というより、わからないから試してみようとできることが、脳の若さだと僕は思うんですよ。
ふつう、脳が老化するというと、みんな記憶力が低下することだと考えるんですけど、記憶力の低下なんて大したことないんです。もっと重要なことは、物事への意欲です。普通の人は、40代、50代から意欲が落ちるんですよ。なぜ落ちるかというと、前頭葉を使ってないからその機能が落ちるからだと僕は思っています。
この前頭葉を使わない暮らしが、実験をしない暮らしなんです。つまり、40代、50代ぐらいから、行きつけの店でしか食事をしなくなったり、同じ著者の本しか読まなくなる。それから、自分の前例踏襲とか経験から先に答えを出しちゃうんですね。
五木さんは先に答えを出さないじゃないですか。学問的なことも吸収するけれど、それを鵜呑みにせず、自分であれこれ試して答えを出す。これがじつは日本人にいちばん欠けているところで、多くの人が「前頭葉バカ」になってしまうんです。
五木:僕が自己流のトレーニングを続けていられるのは、楽しみでやっているから。面白いから、興味があるからやる。健康は義務じゃありませんからね。
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提供元:80過ぎて「病院要らずの人」が健診より重視する事|東洋経済オンライン