2023.03.16
認知症介護で大変な「トイレの失敗」でのNG行動|「ごめんね」と「ありがとう」の2つがセット
トイレの介護で大切なこと(写真:haku/PIXTA)
「認知症は自分の家族にはまだ関係ない」と感じていても、ある日突然やってくることがあります。いきなり介護をすることになって戸惑わないために、事前に備えておくことが重要です。理学療法士の川畑智さんが認知症ケアの現場で経験したエピソードをまとめた『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』より、一部抜粋してお届けします。
『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』 クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします
「介護者の集い」で語られたエピソード
認知症の方を介護している家族というのは、とても疲弊しやすい。
だからその気持ちが少しでも楽になれるようにと、介護に関する情報の交換をしたり、苦労や悩みを本音で語り合ったりする場として、全国各地では「介護者の集い」というものが開かれている。年齢を問わず誰でも介護をしている人たちが参加できるもので、3カ月や半年に一度くらいのペースで、お茶会だったり、中には温泉施設を貸し切ったりなどして、各市町村や各団体がホッと心安らげる空間を提供しているのだ。
介護者の集いは、介護のOB・OGから学ぶための場でもあり、私たち介護の専門職の人間は、横でオブザーバーのような立ち位置で、介護者の集いを見守っている。
私が認知症のケアに携わり始めてまだ3年くらいの頃、ある介護者の集いで出会った家族の方のエピソードに私はとても感銘を受けた。
そしてそれは、私が認知症ケアの活動をしていくうえでの大切な指標として、今もなお心に深く強く根づいている。
「赤ちゃんのおむつを交換するのは全然いやじゃないのに、どうして大人はこんなにも臭いのかしら」という、トイレの失敗に関する話になった。その発言をきっかけに、赤ちゃんのウンチはヨーグルトみたいだけど大人のウンチは本当に臭いねとか、下剤を使ったときはドロドロになって目も当てられないとか、服を脱がすことができても、すぐに座ろうとするのを立たせなきゃいけないから本当にキツい、といった具合に、次々と皆さんのトイレエピソードが披露された。
これらのことは、介護をする人であれば、誰もが経験することであり、本当に、臭い・汚い・キツい、の3Kのオンパレードだ。「私、とてもじゃないけど介護できそうにないわ」と言う人すらいた。
私は少しでも皆さんの役に立つよう、トイレの介護は本人の立つ力が大事だから、体勢をキープできるよう日頃から歩いてもらってくださいねとか、トイレに頻繁に誘ったり、ソワソワしていないかチェックしてみたりしてくださいねといったアドバイスをした。
介護をするうえで「根源的で大切なこと」
するとそれまで、じっと口を閉ざしていた榎本さんが、ハイと手を挙げた。「あなたが仰っているアドバイスが大事なのはとてもよくわかります。だけどね、私は義母と旦那の二人の介護をしてきて、それよりももっと根源的で大切なことに気づいたの」とこれまでの体験を話し始めた。
どうして私ばかりが、こんな目に遭わなければならないの? と榎本さんは目の前が真っ暗になったそうだ。数年前、突然お義母さんの介護が始まり、榎本さんは一生懸命尽くした。そして昨年、お義母さんは安らかに息を引き取り、そこでホッと一息つけるかと思っていたのだが、なんと今度は旦那さんまでもが認知症になってしまったのだ。その事実が分かったときは本当に落胆したという。
「義母のときは、ただ介護に追われているだけでした。何をすればいいか分からないまま、どんどん症状が進んでしまって……だから義母の介護は、正直大変だったなと感じていました」と、残念そうに語った。
それから、旦那さんの介護をするようになり、お義母さんの二の舞になってはいけないと思った榎本さんは、1度目の介護の様子を振り返ってみた。
「ごめんね、と先に謝ると、義母が落ち着いたんですよ」と、当時気づいたことを教えてくれた。それを旦那さんの介護で実践すると、やはり旦那さんも落ち着くようになり、介護がスムーズにできるようになったそうだ。
「トイレの失敗を見つけたその瞬間は驚いちゃダメ。近づいて、気づかずにごめんなさいね、と謝ることが大事なんです。そして、早く着替えましょうね、脱いでくれてありがとうね、と今度はありがとうを伝えていけばいいんですよ」と話すその声に、気づけばその場にいた全員が聴き入っていた。
本人はせっかく出せてスッキリしたはずなのに、今度は排泄物に対していやな気分になってしまう。トイレに行きたいというSOSに気づけずにごめんなさいねと謝罪したら、今度はありがとうで攻めていく。
「この2つをセットで言わないと、介護がうまくいくはずはないと思います。介護の本質って、2回やってようやく見えてくるものじゃないかしら」と、すごく真っ直ぐな目で答えてくれた。
認知症の方の視点に立つ
私たちはトイレの介護をするうえで、服を脱がしきれいにしてはかせていく。これら一連の動きをプロとして当たり前に行っているので、わざわざごめんねとか、ありがとうなんて言うことを経験していないのだ。
むしろ、どうされました? 大丈夫ですか? 困りましたね、といった具合に、介護側の視点に立って、時間が取られるぞとか、大変なことが起きたなとか、思ったことを言葉にしていたのではないだろうか。そうではなく、認知症の方の視点に立たなければならないのだ。
今回、教科書のどこにも載っていないことを榎本さんに教えてもらった。医学書で学ぶことも大事だが、介護のOB・OGの方が一生懸命介護しながら得た経験に勝るものはない。
私はこれまで、手法的な部分を伝えることばかりに注力していたが、大事なポイントを見落としていた。榎本さんの体験談を伝えた方がいい、いや絶対に伝えなければいけない、と強く感じた。それだけ榎本さんの言葉は私の中で響いたのだ。サポートするつもりで横についていたが、参加者の中で私が一番勉強させられたに違いない。
認知症ケアの世界では100点満点は絶対に取れないといわれている。たとえ、自分が100点だと思っていても、本人にとっては60点くらいにしか感じてもらえないことだってある。どれだけいい介護をしようと心がけても、情報がないとうまくいかないものだ。
これまでどのような経験をしてきたのか、それを加味しないと声がけ一つとっても変わってくる。ラフに話しかけた方がいい人もいれば、恭しく接した方がうまくいく人もいる。その人の人生の軌跡を追いかけ、そして寄り添いながら、接していくことが大切なのである。
認知症の人の世界、家族の人が見ている世界
『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』(光文社) クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします
介護者の集いが終わり、皆さんが帰り支度をしているとき、私は榎本さんに声をかけた。
「今日はとても勉強になりました。病院施設で介護する人間として、私は明らかに伝え方に不足があったと感じました。私自身、榎本さんのお言葉を実践しつつ、色んな方にお伝えしても良いでしょうか?」と尋ねた。
すると、榎本さんは私の申し出に少し驚きつつも、「良い悪いなんてありませんよ。みんなに伝えていかないといけないことよ! ぜひともお願いしますね」と言ってくれた。
私はなんだか榎本さんから大切なバトンを受け取ったような気分になった。そこからだ。私が認知症の人の世界、家族の人が見ている世界というものにすごく興味を持つようになったのは。
【あわせて読みたい】※外部サイトに遷移します
提供元:認知症介護で大変な「トイレの失敗」でのNG行動|東洋経済オンライン