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2023.02.18

認知症予防、実は「学校教育が重要」な脳科学的理由|教育年数と老年期の認知機能が密接に関連


学校教育は老年期の認知機能に影響します(写真:ヤシの木/PIXTA)

学校教育は老年期の認知機能に影響します(写真:ヤシの木/PIXTA)

アルツハイマー型認知症のリスク因子の1つに「教育年数が短いことがある」と指摘するのが放射線科医の渡邉啓太氏です。いったいどういうことなのか。新著『健康脳 脳MRIから見えてきた認知症予防』を上梓した渡辺医師が解説します。

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喫煙や運動不足よりも「教育年数の短さ」にリスク

高等教育を中心に学校教育が人生にとって重要であるか否か、数学の虚数や国語の古典など日常生活において使用することのない知識を学ぶことに意義はあるのか、といったことはたびたび議論になっています。

一方で、学校教育全般として見た場合、学校教育を受けていた年数は老年期における認知機能やワーキングメモリと密接に関わり、教育年数が短いことはアルツハイマー型認知症のリスク因子であると考えられています。

教育年数は脳容積や脳萎縮の程度にも強く関わってくるため、MRIを用いて脳の研究を行う場合は、統計解析の際に年齢や性別と併せて、教育年数をグループ間で調整することが一般的となっています。

また、アルツハイマー型認知症のリスク因子に関するレビューでは、喫煙や運動不足、糖尿病よりも、教育年数が短いことが最も寄与危険割合が高かったことが報告されています。このレビュー論文では、アルツハイマー型認知症患者のうち19.1%が、教育年数が短いことによって発症したと統計学的に試算されています。

老年期の認知機能に関しては、アメリカのシカゴにおける60歳以上の2713人の調査で、大学や大学院へ進学し、学校での教育年数が長いほど全般的な認知機能やワーキングメモリ、エピソード記憶(経験した出来事に対する記憶力)が高いことが報告されています。

この研究では読書をする、新聞を読む、頭を使うゲームを行う(カードゲームやクロスワード、麻雀)といった知的活動が教育年数と老年期の認知機能の関係に影響することが報告されています(厳密には少し意味が異なりますが、教育年数が短くても知的活動が多いと、教育年数が長い人と同じように老年期の認知機能が高い傾向にあるというような意味合いになります)。

脳容積や脳機能の研究では、教育年数が長いほど、島や前部帯状回といった部位の容積が大きく、認知機能や記憶と関係する前部帯状回と海馬のネットワークが発達していることが報告されています。

また、教育年数が長いほど加齢による脳萎縮が起こりにくい(脳の老化が抑えられる)可能性が示唆されていますが、この加齢による脳萎縮の予防効果については否定的な研究もあります(4422人を対象とした大規模研究で、教育年数が長い人ほど大脳皮質の容積が大きかったものの、加齢による脳萎縮のスピードに違いは見られなかったことが報告されています)。

教育年数が長いと予備能が高い

それ以外には、教育年数が長いと脳に障害が生じたときにも認知機能が保たれる、つまり予備能が高いと考えられています。

加齢性変化や生活習慣病では慢性虚血性変化や非特異的白質病変と呼ばれる大脳白質の変化が生じ、脳内の情報伝達機能の低下および認知機能低下と関連するのですが、教育年数が長い人はこの大脳白質に障害が生じても、認知機能が保たれる傾向があります。

約1800人の脳MRIドック受診者を解析した私の研究では、灰白質の萎縮が進行していたとしても、認知機能が低下していない人は教育年数が長いという特徴がありました。

学校のテスト勉強で脳が変化した研究も紹介します。これは医学生38人を対象とした研究で、試験の3カ月前と試験の直後および試験3カ月後の脳をMRIで調査したところ、試験直後には頭頂葉の一部で灰白質が約2.5%増大し、3カ月後にはこの増大が少しだけ元に戻ったという内容になります。また、海馬は試験直後に増大していただけでなく、試験3カ月後にさらに増大していたという報告です。

一方で、後頭葉の一部は試験後に小さくなっていました。脳の一部が増大するときは引き換えに他の脳部位が小さくなるという現象が生じ、環境や状況に適合するように脳の形が変化すると考えられています。

このように、学校教育は脳に大きな影響を与えます。幼少期や思春期は脳が形成される大事な時期です。近年の脳内ネットワークの研究では、2~3歳ごろの脳内ネットワークが最も複雑で、思春期にかけて次第にそのネットワークが間引かれて、脳内のネットワークが安定してくるといったことも考えられています。

このような時期にいい刺激を脳に与えることは、老年期になったときにいい方向へ影響してくると考えられます。学校教育以外にも読書やゲームなどの知的活動、運動や楽器演奏、自然と触れ合うといったことも大事です。

●教育年数が長いと脳に障害が生じたときにも認知機能が保たれやすい

高齢者は楽器演奏が脳の老化を防ぐ

楽器演奏を脳科学の観点から考えると、楽器を演奏するための運動関連領域だけでなく、楽譜や楽器を見るための視覚関連領域、奏でている音を聞くための聴覚関連領域、楽譜を覚えるための記憶関連領域、さらにはそれらを取りまとめる高次認知機能関連領域などさまざまな脳領域にまたがる機能を統合的に活用することが求められます。

子どもの習い事として人気の楽器演奏ですが、高齢者において楽器演奏が脳の老化を防ぎ、流動性知能やエピソード記憶、注意制御、ワーキングメモリ、感情認識能力といったさまざまな脳機能を高めることが報告されています。

脳MRIの研究では、MRIで脳容積を計測する研究が盛んになってきた初期から音楽家の脳は注目されており、プロの音楽家では楽器演奏の動作に関わる運動野や音を聞き取る聴覚野の灰白質が発達していることが報告されていました。

また、ブリティッシュ交響楽団の音楽家を対象とした研究では、ブローカ野という脳部位が発達しており、発達の程度はオーケストラでの音楽活動年数が長いほど大きいことが報告されています(ブローカ野は言葉を発する運動性言語中枢と考えられ、例えば脳梗塞などでこの部位が障害されると言葉を発することが難しくなるのですが、近年の研究ではさらに細分化した機能があり、音楽家との関連がいくつかの研究で報告されています)。オペラ歌手の脳を調査した研究では、右大脳半球の体性感覚野が発達していることが報告されています。

このようなプロの音楽家でなくとも、楽器演奏は脳にいい影響を与えると考えられています。31人の未経験者の青年が30分間のドラム演奏のトレーニングを週3回行ったところ、8週間後に運動の調節機能に関わる小脳の灰白質の増大および白質の情報伝達の向上が見られたと報告されています。

ほかに興味深い研究としては、熟練の音楽家に見られる脳の発達はトレーニング開始後に比較的早く発達が見られる領域もあれば、発達するまでに長年を要する領域もあり、脳部位により発達するまでのトレーニング期間が異なってくる可能性を示唆した報告があります。

このように、音楽活動は老年期における広範な脳機能の維持や脳の老化防止効果だけでなく、成長期における脳の良好な発達に効果が期待できます。楽器の種類による脳への影響の違いを検討した脳MRI研究はなく、興味のあるもの、楽しめるものに取り組むのが良いと思います。オペラ歌手の研究からは楽器演奏だけでなく、歌唱でも効果が期待できます。

トレーニングを始める時期によって脳の発達が異なる

少し話は変わりますが、音楽活動の脳MRI研究ではトレーニングを始める時期によって脳の発達が異なるという研究がいくつか報告されています。

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例えば、熟達したピアニストの中でも、ピアノを始めた時期が7歳未満か7歳以上かで学習した運動動作の長期記憶に関与する脳部位(被殻)の発達が異なる、先程紹介したオペラ歌手の研究では発話動作の発達が落ち着く14歳より以前にトレーニングを開始したかにより特定の脳部位(体性感覚野)の発達が異なる、といったことが報告されています。

これらの研究で興味深いのは、ピアニストやオペラ歌手の特定の脳部位は晩年に始めたほうが発達しているという点です。

ピアニストの研究では7歳未満で始めたほうが利き手ではない指のリズム運動能力が高いことが報告されており、一定の年齢まででないと鍛えることが難しい能力がある一方で、晩年に始めても努力次第では異なる脳部位を発達させ、始める時期が遅かったデメリットを補える可能性があります。

●音楽は脳の発達だけでなく、脳機能の維持や老化防止が期待できる!

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提供元:認知症予防、実は「学校教育が重要」な脳科学的理由|東洋経済オンライン

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