2022.08.31
「脳は20歳以降衰えるだけ」と信じる人の大誤解|死が目前であっても新しい脳細胞は常に生まれる
90歳になっても脳に新しい細胞は生まれているのです(写真:Melpomene/PIXTA)
従来、脳は20歳までに完成し、あとは衰える一方とされていました。しかし近年の研究で、死ぬ間際になっても人の脳内では新しい細胞が誕生していると判明。『運動脳』著者のアンデシュ・ハンセン氏が、成人後の脳細胞について、細胞新生をうながす方法と合わせて最新事実を解説します。
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脳の大きさは25歳頃がピークで、その後年齢とともに徐々に小さくなっていく。1日に失われる細胞は約10万個。1年中、毎日24時間、耐えることなく死滅している。脳にはもともと100億もの細胞があるとはいえ、時間とともに失われる数は膨大なものになる。脳そのものは、毎年0.5〜1%ずつ縮んでいく。記憶の中枢・海馬も同様に1年で約1%小さくなる。
しかし近年、成人後の脳でも新しい細胞が生まれ、脳内の連携が発展するメカニズムが解明されている。この脳細胞の増殖を加速させる行為こそ、「運動」である。
海馬で「細胞新生」が確認された
スウェーデンのサールグレンスカ大学病院の研究者、ピーター・エリクソンは、成人の脳でも新たな細胞ができるか調べるため、「BrdU(ブロモデオキシウリジン)」という、主に腫瘍専門医が使う、ガン細胞が分裂・増殖したかを調べる試験薬を使用した。
BrdUを使うと、ガンで増殖した細胞が染色されるが、ガン以外の細胞でも新しくできたものは染色される。エリクソンは、ガンで死亡した患者の脳内に新しい細胞ができていれば、BrdUがそれを染色して検出できると考えた。
新しい細胞を探すべく、5名の死亡患者の脳を解剖する許可が降りた。結果、5名全員の脳で新しい細胞が見つかった。しかも、記憶と情動制御の中枢・海馬で、である。
信じ難いことに、その細胞はできてから1カ月ほどしか経っていなかった。つまり、ガン末期のドナーが死を目前にした頃にできた脳細胞だ。とすると、脳では常に新しい細胞が作られていることになる。
また、新しい細胞が、もとより海馬にあった細胞と繋がって連携し合う様子も顕微鏡で観察できた。環境にすっかり同化していたのである。60歳の被験者約100名を対象とした別の実験でも、ウォーキングを1年続けたグループは脳全体の働きが向上したことが確認されている。
成人後の脳でも「神経発生」、つまり新しい神経組織が生まれて成長することが確認されたのだ。
核実験が「脳の謎」を解いた
脳細胞の新生は決して誤差の範囲ではない。その後の調査で、海馬の細胞のおよそ3分の1が一生をかけて新しい細胞と入れ替わっていることがわかった。
なぜそんなことがわかるのだろう? ドナーの脳で新しい細胞が見つかっても、それが成人してからできたのか、それ以前からあったものなのか、なぜ判別できるのだろう。先ほどの調査で判明したのは、あくまでも最近、つまりBrdUで調べた時点で新しく生成された細胞であって、その人の誕生時まで遡って新生されているか確認することはできない。
この謎を解くため、スウェーデン・カロリンスカ研究所の研究チームは、神経科学からおよそ想像できないものの助けを借りた。「核兵器の実験」だ。
1950〜1960年代の冷戦時代には核実験が繰り返し行われ、実験場の多くは太平洋の環礁だった。だが、たとえ地球の裏側で行われようとも、実験によって大気中に放出された放射性同位体「炭素14」は世界中に拡散する。その濃度は定期的に測定されているので、その年ごとに大気中に「炭素14」がどれくらい含まれていたのかがわかっている。
脳で新たに細胞ができれば同時に新しいDNAもつくられ、その年の大気中の濃度と同じ割合で炭素14がDNAのらせんに取り入れられる。となれば、年ごとに記録された炭素14の濃度と照らし合わせれば、その細胞が作られた年を特定できる。
45歳の男性の脳で45歳の細胞が見つかれば、それは男性が誕生したときにできたものであり、30歳の脳細胞なら男性が10代の頃にできたことになる。
この方法により、90歳で死亡したドナーの海馬の細胞が生成された年を知ることができた。研究者たちはドナーと同じ年齢の細胞の数、また、それよりも若い細胞の数を集計した。結果、海馬のほぼ3分の1の細胞のDNAの中に、このドナーが生まれた年以降の大気中と同じ濃度の炭素14が含まれていた。
この実験で、毎日、1400個の細胞が、成人の海馬で生まれていることが明らかになった。つまり海馬では、成人してからも毎日四六時中、新しい細胞が作られているのである。
科学の世界では、答えが1つ出れば、また別の疑問が生まれる。
Q 脳細胞は、どのような生活をしていても新生するのか? もし生活習慣に左右されるなら、それはどのようなものか?
Q 新生のスピードを速めることはできるのか? できるとすれば、何をすればいいのか?
この新生を加速させる方法こそが運動、とりわけ歩く・走るといった「有酸素運動」だ。
運動で「ニューロン増殖率」が2倍になる
記憶の中枢として知られる海馬は、体を動かすことによって最も恩恵を得る部位だ。体を活発に動かせば細胞の新生が2倍に増えることがわかっている。
私たちの体は、ほうぼうを移動して新しい環境や出来事に出合うという生存環境に適応するために進化した。新しく出合った環境は、記憶にとどめる必要がある。
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つまり、運動が、脳が新しい情報を取り入れるための下地を作るのだ。脳は新しい体験を記憶にしっかり刻みつけるために、海馬に新しい細胞を作る。その細胞は、体を動かすことで得た知見の刺激を受けて生き延びるという仕組みである。
運動をすると、脳が新しいものを学ぶための土台ができる。歩きながら単語を暗記すると、覚えられる単語が20%増えるという話もある。
ウォーキングやランニングの習慣がある人は、いくつになっても脳内で細胞新生が活発に行われる。長時間続ける必要はない。20〜30分から効果がある。
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提供元:「脳は20歳以降衰えるだけ」と信じる人の大誤解|東洋経済オンライン