2022.05.21
仕事も人間関係も「話す」より「聞く」でうまくいく|ちょっとした心がけで「人生の損」は少なくなる
新しいアイデアを生み出したり会議の場で、「聞く」ことは重要な役割を果たす(撮影:梅谷秀司)
「話し方」の本と比べると「聞き方」の本の数は少ない。だがそのことは「聞く」ことの重要度が低いことを意味するわけではない。相手のことを知り、自分のことを知り、新しいアイデアを生み出すためにも「聞く」ことは重要な役割を果たす。電通から独立してサントリー「角ハイボール」他のプロジェクトを手がけ、『非クリエイターのためのクリエイティブ課題解決術』を上梓した齋藤太郎氏と、マッキンゼーなどの外資系企業から「ほぼ日」に転職し、ジョブレス期間を経てエール株式会社の取締役となり、『LISTEN──知性豊かで創造力がある人になれる』を監訳した篠田真貴子氏との対談から、聞くことの効用とヒントを探る。
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齋藤:僕は『LISTEN』の原書のタイトル「You're Not Listening:What You're Missing and Why It Matters(あなたは聴いていない:そのために失っている大切なこと)」が好きで。というのも、僕が話を聞くようになったのは「自分が知らない」と気づいたときだったんですよ。
篠田:まさに「What You're Missing」ですね。
「知らない」から聞きたくなる
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齋藤:知らないから、知りたくなる。それが好奇心だし、相手の話を聞く態度につながる。僕にとっては人生経験豊富な大島さん(編注:クリエイティブディレクターのdof大島征夫氏)が近くにいたことが、自分がヒヨッコだと気づかされる機会にもなっていました。
でも、若い頃は知らないことに気づけないんですよね。知っているつもりで世の中を見ていても、自分に幅がないから見える範囲が狭い。聞くためには、まずは「知らない」ことを自覚することが大切だと思います。
齋藤:僕は「聞く」に関して、新経済連盟でクリエイティブディレクターを務めたときのことが印象に残っています。代表理事の三木谷浩史さん(楽天グループ株式会社 代表取締役会長兼社長)に、新経済連盟で何をしようとしているのか、話を聞く機会をいただいたんです。
話の内容はそれまでに聞いたことのない内容でした。わかりにくいところを、時に「よくわからないです」と質問して、話の内容を僕が図にしたり例え話にしたりして「それって、こういうことですか?」と聞きました。三木谷さんには普通の人には見えてない部分が見えているようなところがあって、ともかく面白かった。こんな面白い仕事があるんだ、こりゃ役得だな、って思ってたんです。
そうしたら、最後に三木谷さんから「ありがとう。楽しかった」と言われたんです。
そのときに「聞くことは1つのギフトになるんだ」と気づいて。僕は聞いているだけでしたが、きっと三木谷さんにとって頭の整理をする機会になったのだと思います。聞くことそのものが価値提供になると知ったのは大きなことでした。
篠田:素晴らしいですね。
「聞く」ことはギフトになる
篠田 真貴子(しのだ まきこ)/エール取締役。社外人材によるオンライン1on 1を通じて、組織改革を進める企業を支援している。2020年3月のエール参画以前は、日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年〜2018年ほぼ日取締役CFO。退任後「ジョブレス」期間を約1年設けた。慶應義塾大学経済学部卒、アメリカペンシルべニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。人と組織の関係や女性活躍に関心を寄せ続けている。『LISTEN──知性豊かで創造力がある人になれる』『ALLIANCE アライアンス──人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』監訳。
齋藤:頭がいい人や強い立場の人に対して、「わからない」という人は少数なんですよね。会社でも「そんなこともわからないのか」と言われたくないから、社長や上司に「わかりません」と言う人は少ないじゃないですか。
だから「あなたの話は難しくてわかりません」と言うことが価値になる。もちろん相手や話の内容に関する基本的な理解がある前提ですけどね。
篠田:それが成立するのは、齋藤さんの好奇心が話し手に伝わっているからだと思います。だから「わかりません」に対して、話し手も素直に反応してくれるのでしょうね。話を聞く姿勢がない中で「わかりません」と言っても、相手は「もうお前には話さない」と腹を立てるだけですから。
齋藤:僕は話を聞くとき、相手に憑依するつもりで聞いているんですよ。相手の視界に何が映っていて、どんな感覚で話をしているのか。幽体離脱する瞬間から脳内でイメージし、相手に憑依して、目の前に自分の姿が見えるくらいまで明確に想像しています。
篠田:「聞く」というのは、まさにそういうことですよ。「相手の立場になる」という表現はよく使われますが、齋藤さんがおっしゃるように、相手の感覚に少しでも近づくことが大切なのだと私も最近理解できました。
齋藤:いい映画監督は、きっとそれができているのでしょうね。映画『パラサイト』の監督も半地下に住んでいる人を自分の中に憑依させているから、その感覚が描けるし、その人たちの目線をフィルムの色やアングルで再現できる。
僕らも、例えばサントリーの角瓶のCMに登場するお客さん全員に、役柄の設定を作っているんですよ。タクシーアプリ『GO』のCMキャラクターの竹野内豊さんにも家族構成から仕事の悩みに至るまで、細かい設定がある。それを演者さんに渡すことで、「ただタクシーアプリを使う」だけじゃないCMが出来上がるんです。
ジョブレス中に「聞く」への関心が生まれた
篠田:齋藤さんはどうして「聞く」力が育まれたのだと思いますか?
齋藤太郎(さいとう たろう)/コミュニケーション・デザイナー/クリエイティブディレクター。慶應義塾大学SFC卒。電通入社後、10年の勤務を経て、2005年に「文化と価値の創造」を生業とする会社dofを設立。企業スローガンは「なんとかする会社。」。ナショナルクライアントからスタートアップ企業まで、経営戦略、事業戦略、製品・サービス開発、マーケティング戦略立案、メディアプランニング、クリエイティブの最終アウトプットに至るまで、川上から川下まで「課題解決」を主眼とした提案を得意とする。サントリー「角ハイボール」のブランディングには立ち上げから携わり現在15年目を迎える(撮影:梅谷秀司)
齋藤:広告業界は「聞く仕事」をしているんですよ。「鳥の目、虫の目、魚の目」と本に書きましたが、この「目」は「耳」に置き換えてもいいくらい、世の中の声を聞くことが重要です。
あとは、もともと人間が好きなんだと思います。子どものときから「隣の席の人は何の仕事をしている人なんだろう」「前にいるカップルは付き合ってどれぐらいかな」といったことを気にしていました。
篠田:へー!
齋藤:多分、つねにアウトサイダーな感覚があるんだと思います。アメリカで育って、帰国してからも九州に行ったり東京に行ったり、故郷がない。つねにどこかはたから物事を見る癖があるというか、輪の真ん中にいたことがあまりないんです。
篠田:「鳥の目」が子どもの頃から育っているのですね。私もアウトサイダーな感覚はあって、「この人の話には、私が想像していることとはまったく異なる背景や文脈があるのだろうな」と、若い頃から自然と思っていました。
ただ、若い頃は「私を理解させよう」としてしまっていて。「どうせ私のことはわからないんだから、私の話を聞いて」と、相手の話を聞かない方向に向かっていたなと思います。
齋藤:変わるきっかけがあったんですか?
篠田:ほぼ日の経験が大きかったですね。それまでは外資系の大企業にいて、むしろ話すことが奨励されていたから、聞くことに意識は向かなかったんです。
でも、クリエイティブを価値の源泉にしているほぼ日では、「あなたが本当に感じていることや考えていることは何ですか?」という意識が、お客さんにも同僚にも向いている。私もそれを問われ続け、じっくり聞いてもらえたから、「私はこう思う」と自分が考えていることが「ほんとうに思っていること」とは限らないことを理解できました。
逆に「相手が本当に感じていることや、その考えに至った背景には何があるのか」に意識を向けると、今まで見えなかったことが見えてきて、すごく面白かったんです。
齋藤:なるほど。
篠田:その土壌があったうえで、ほぼ日卒業をきっかけにたくさんの人と話をしたことで、気づいたことがたくさんあったんですよ。
自分のことも相手のことも知ることができる
篠田:ジョブレスでどこにも所属がなく、ただ「私」としているしかない中、「篠田さんはこれからどうするの?」と聞かれ、都度話す中で発見することは多々あって。のちに「あのときこう言ってたじゃん」と言われて新しい自分に気がつくこともありました。
同時に、私が話すことで「実は自分にもこういうことがあって」と、結構な確率で相手も心の内を話してくれることに気づきました。何度もお会いしているのに、初めて聞く話だったりもする。きっと無意識のうちに「今の篠田さんになら話してもいいな」と思ってくれたのでしょうね。
もしかすると、私が聞ける状態でいられたら、相手と私の関係性はより深まるのかもしれない。「これはいいな」と思ったことで、「聞く」というテーマを意識するようになったんです。ジョブレスの1年間がなければ、『LISTEN』という本とも、エールという会社とも、出会っていなかったのだろうなと思います。
齋藤:『LISTEN』に「生きている実感をいちばん味わわせてくれるのは不確実性」と書いてありましたが、本当にそのとおりだと思っています。非日常性をどうやって自分の人生にインストールするか。同じことをやらないというのは重要だと思います。
篠田:仕事の場面で聞くことから、私たちを遠ざけているのは、まさに不確実性なんですよ。当初狙ったとおりの成果を出すために落とし穴を事前に察知して埋め、不確実性を減らそうとする中、「聞く」という行為は不確実性を高めるから敬遠されてしまうわけです。
例えば時間内でミーティングを進行し、最後に意見を集めるものの落とし所はここだろうと設計している中で、最初に「ちょっといいですか?」と不規則な発言をされると困るじゃないですか。だから相手の話を途中でぶった切って「いいからやって」と指示するようなことが起きてしまう。
仕事の場で不確実性をうまく迎え入れるのは難しい。でも、「それってそうとう損してますよ」というのが、『LISTEN』がいちばん言いたいことだと思います。
予定どおり、想定どおりが「聞く」を阻む
齋藤:最近は仕事の進め方に遊びがなくなっているなと思います。クライアントとの打ち合わせも、社内の打ち合わせも、ファシリテーションをしっかりしてパッパと進める感じになっている。
一方、以前の広告業界ではクライアントと飲みに行って、そこから仕事につながるようなことがよくありました。遊んでいるように見えるかもしれませんが、実はあれも「聞く」なんですよ。そういう「聞く」メソッドは昔のほうが豊富だったように思います。
少なくともオンラインの1時間できっちり打ち合わせを終わらせるようなやり方だと、聞き足りない、しゃべり足りないというのが絶対にあると思うんですよ。
篠田:『LISTEN』に興味を持ってくださった方からも、「そうは言っても決まった時間の中で、どうやって聞けばいいんですか?」と質問をいただくことはよくあるんですよ。想定していた着地点に重点を置くがゆえに、聞くことに集中できないと悩む人は多いと思います。
齋藤:時間外で延長戦をすることも必要な気がしますね。
篠田氏(左)と齋藤氏。盛り上がった対談は2時間近くにおよんだ(撮影:梅谷秀司)
篠田:そんなに長時間じゃなくてもいいのかもしれないですよね。3時間飲みに行かなくても、「ゆっくりお話を聞きたいので、30分だけ時間をください」とお願いして、その時間は判断を留保して相手の話をじっくり聞く。それだけでもその後のコミュニケーションは取りやすくなる感覚があります。
齋藤:そうですね。最近の会議に関する本は「どうやってファシリテーションをして時間内に合意形成するか」がメイントピックになっているけど、60分中50分雑談して、最後の10分で企画の話をするような打ち合わせもうちでは結構あるんです。「このアイスブレイクどこまで続くんだ?」みたいな(笑)。社員が途中で焦り出すことはよくありますね。
篠田:今日の取材も、当初の段取りを大きく無視して好き勝手話してますものね(笑)。齋藤さんは「まずい、今日話したかったことまでたどり着かない」と思うことはないですか?
齋藤:企画の打ち合わせの場合、脱線が重要だったりするんですよ。アイスブレイクのくだらない話から広がった話が伏線になることは意外と多いんです。不確実性を受け入れて、意図的に話を聞く時間を作らないと、世の中に伝わるような、面白いアイデアは生まれにくい気がします。
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提供元:仕事も人間関係も「話す」より「聞く」でうまくいく|東洋経済オンライン