2022.03.30
「健康食以外口にしない人」に疑われる障害の正体|「健康志向」と「オルトレキシア」の決定的違い
健康的といわれる食生活も、極端すぎると……(写真:Mills/PIXTA)
「オルトレキシア」という言葉をご存じだろうか。本人が〝健康的だと思い込んでいる〟食事以外、いっさい摂らない(摂れない)人たちを指す。
パークサイド日比谷クリニック(東京都千代田区)院長で、オルトレキシアに詳しい立川秀樹さんの元には、メディアなどで見かけて受診する人が増えているという。
「オルトレキシア」とは?
「ふつうの人も健康のことを考えて食事には気をつけますが、それが極端になった状態がオルトレキシアと言えます。『小麦や添加物はいっさいダメ』とか、『動物性食品は絶対に食べない』とか、『何が入っているかわからないので、外食はしない』というふうに、健康的な食事に執着して、それ以外のものを口にできなくなるのが特徴です」(立川さん)
食行為に関する病気といえば、拒食症や過食症などの摂食障害がよく知られているが、それとの違いは動機、きっかけの部分。摂食障害は(スリムな)体型に対する強いこだわりがある(やせるため、太らないために食べものを拒んだり吐いたりする)が、オルトレキシアは「やせ願望」や「ボディイメージの固執」はあまり強くない。
それよりむしろ「健康的な自分でいること」へのこだわりや、健康的な食事を摂ることで自己肯定感をあげようとする動機が強いのが特徴だ。そのため、大病や慢性的な病気を経験したり、今回の新型コロナのように健康への脅威が高まったりすることが、発症のきっかけとなりやすいという。
もちろん、健康志向が強まる昨今、食へのこだわりそのものは本人の嗜好やライフスタイルに大きく関わる部分でもあり、決して悪いことではない。だが、それがいきすぎるとなると、話は別だ。
健康志向とオルトレキシアの違い
それでは、単なる健康志向とオルトレキシアを分ける基準はなんだろうか。
「まず、食にこだわるあまり、友人や恋人と外食ができなくなる、食事に誘われても断るようになるなど、日常生活や人間関係に支障が出ている場合は、オルトレキシアの可能性が高い。また、食事のこだわりによって、かえって健康状態が悪くなっている場合もあります」(立川さん)
健康な食事を心がけているのに、健康を損なわれる? はたしてそんなことがあるのだろうか。立川さんは「オルトレキシアの人が〝健康食〟と思い込んでいる食事の中には、〝科学的根拠(エビデンス)に基づいてないもの〟も含まれています」と指摘する。
科学的根拠とは、医学の世界で診療や治療を行うための裏付けのことをいい、近年広く注目されている考え方だ。そして、最近では「トクホ(特定保健用食品)」や「機能性食品」などが出てきたように、食の世界でも重視されつつある。
だが、ネットなどのメディアで紹介されている健康情報の中には、こうした科学的根拠に基づかないものも少なくない。
「オルトレキシアの人は、ネットの情報を適切に取捨選択することが苦手だったり、目の前の情報が正しいと思い込みやすい傾向があります。こだわりが強いあまり、目の前の情報にとらわれて、周りを俯瞰できにくいんです」
こうしたことから、立川医師はこのオルトレキシアは摂食障害というよりも、強迫性障害の要素がかなり強いのではないかと考える。
強迫性障害とは、簡単にいえば「その行動や考えが、不合理でバカバカしい行為だとわかっているのに、やめられない状態」のこと。よく知られているのは清潔志向が強すぎて何時間も手を洗ったり、過剰にアルコール消毒したりする不潔恐怖(潔癖症)や、家のカギや火の始末を何度も確かめる確認恐怖だろう。
「患者さん自身、『私のこだわりは、少しいきすぎてる』と思いながらもやめられないのが、強迫性障害の共通する特徴です。ただ、オルトレキシアではよいことだと思ってやっているので、その自覚があまり強くありません。そのため一般的な健康志向と病気の境目が非常に曖昧です」(立川さん)
親がオルトレキシアで子どもに…
もちろん、本人が「いきすぎてる」と思わず、かつ日常生活に支障を感じないのであれば、それは「食へのこだわり」の範疇なので、さほど問題はない。
一方で立川さんが危惧するのは、親がオルトレキシアで子どもに自分と同じ極端な食事を摂らせているケースだ。子どもの病気を改善させようとするあまり、母親がオルトレキシアになった例もあるそうだ。
「基本的に食育は親が担っているので、子どもを守る手段を私たち医療者は持ちえていません。周りが気づいて親のこだわりを徐々に解いていく、あるいは親が専門医による治療を受けるかしか、子どもを助ける方法がないのです」
ここまで読んで「もしかしたら、オルトレキシアかも?」と思った人のために、立川さん監修のチェックを紹介したい。
<オルトレキシアのチェック票>
1 1日のうち3時間以上の時間を、健康的な食事について考えてしまう(意識に上がってしまう)
2 翌日の献立(自分の基準を満たす完璧な)を考えてしまう(意識に上がってしまう)
3 食事がより健康的になるにつれ、生活の質が低下している(生活に不都合が出てくる)
4 自分自身、自分の決めごとに厳しすぎると感じる
5 健康的な食事をすることで、自尊心が上がっていく
6 健康的な食事をしていない人を見下してしまう
7 (自分にとって)正しい食事を摂るために、大好きな食べ物を犠牲にする
8 自分が決めた食事をすることで、家庭での食事に支障が出たり、家族や友人と距離が開いたりしている
9 普通の食事をしたら、罪悪感や自己嫌悪感を覚える
10 食べる行為を、自分で完全にはコントロールできていない
立川さんによると、とくに何個以上という基準はないが、6個程度当てはまったら単なる健康志向を逸脱している可能性があるという。
「このほか、チェックリストには載っていませんが、自分が思う健康的な食生活を始めてから体調が悪くなった(疲れやすい、すぐ息が切れる、肌の調子が悪い、集中力がなくなったなど)場合は、栄養状態に問題が生じている恐れがあります。内科などで健康状態を見てもらったほうがいいでしょう」(立川さん)
最後に、オルトレキシアに陥らないようにするポイントを立川さんに聞いた。
1つめは「巷にあふれる健康情報を正しく見極める」こと。
「自分にとって〝何が得で何が損か〟を判断できる、あるいはそういう安定した心理状態であれば、どんな情報に触れたとしても、その情報が適切かどうか判断できます。ところが、自分をしっかり持っていない、病気などで心理状態が不安定な状態になっている場合は流されやすく、目の前のものに没頭しやすい。心当たりがある人ははまずネットなどメディアの情報を一度遮断してみるのがいいでしょう」
2つめは「自分の作ったルールにとらわれすぎない」こと。
1つ目のポイントに通じるが、自分の作ったルールにとらわれすぎると、正しい取捨選択が難しくなる。柔軟に構え、友人や家族などの意見を受け止めることが大事だ。
3つめは「栄養バランスを何より大切にすること」だ。
健康を意識して摂った食事で健康を損なうのは本末転倒だろう。タンパク質、炭水化物、脂質、ビタミン、ミネラルなどをしっかり摂り、栄養バランスのよい食事を心がけたい。
家族がオルトレキシアのような食行動をとっていたら
家族や周り友人がオルトレキシアのような食行動をとっていたらどうしたらいいだろうか。
「今の食事の内容が本当に健康につながっているのかを、客観的に伝えてあげるとよいでしょう。頭ごなしに注意すれば逆に反感を買って、その食行為がより強まる可能性もあります。ですので、健康でいたいのなら、摂る必要のある食事がほかにもあるということを、それとなく気づいてもらうような話しかけが大事です」(立川さん)
さらには、優先順位を整理してあげることも有用のようだ。例えば、コロナ禍の今はあまり推奨されていないが、友人や仕事の関係で会食するときもあるだろう。
「普段の食事であれば、健康的な食事を第一優先にしてもいい。しかし、友人と食事をしている状況なら、健康的な食事よりも友人との楽しい時間を過ごすほうが優先順位は高いですよね」(立川さん)
親しい人たちと食事を楽しめば心がリフレッシュする。それはときとしてどんな健康的な食事より勝ることもある。そうしたことを一つひとつ体験していくことが、オルトレキシアの人には必要で、それによって過度な健康食へのこだわりが弱まっていくという。
【あわせて読みたい】※外部サイトに遷移します
提供元:「健康食以外口にしない人」に疑われる障害の正体|東洋経済オンライン