2022.03.14
コミュ力に必要なのは「相手に期待しすぎない事」|人と向き合ううえで「間の取り方」はとても大切
ジャーナリストの田原総一朗氏は自身の苦い経験から、コミュニケーション術を身に付けたそうです(撮影:坂本禎久)
取引先との盛り上がらない商談、同僚との疲れる会話……。会話やコミュニケーションがうまくいかず、ストレスを抱える人は多いでしょう。「そんなコミュニケーションの悩みを解決する方法がある」と言うのが、ジャーナリストの田原総一朗氏です。
田原氏は多くの政治家や起業家、専門家らと接するなかで、コミュニケーションにおいて大事なことを学んだと言います。それはいったい? 氏の新刊『コミュニケーションは正直が9割』をもとに、3回にわたって解説します。今回は2回目です(1回目の記事はこちら)。
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1回目の記事はこちら ※外部サイトに遷移します
私の仕事スタイルは、自分をさらけ出して、対象にとことんのめり込みます。ただ、そういうと私がいかにも熱血漢で、グイグイ前に出る人間だと思われるかもしれません。確かにドキュメンタリーの撮影現場や、討論の現場などではそのようにふるまうことも多いです。
でも、一方でまったく違う、もう一人の自分がいます。どこか非常に冷めている自分がいます。いろんなことに期待や希望を抱きつつ、同時にどこかであきらめてもいるという感じでしょうか。これまでの人生で期待を裏切られ、思いどおりにいかない経験が多かったこともあると思います。
田原氏が経験した若い頃の苦いできごと
まだ若かった頃、職場で癖の強いプロデューサーが上司になったことがありました。独裁型の人で、言うとおりにしないと許さない人でした。ある日、ディレクターたちが集まり、口々にそのプロデューサーを批判し、明日、全員で抗議しに行こうということになりました。
しかし次の日の朝、集合場所に行くと私以外、誰も来ていません。仕方がないから1人でその上司とやり合いました。実は、私自身はその上司から割と目をかけられていたので、そんなに不満はありませんでした。でも、ディレクター陣の総意を代表してかけ合ったのです。
最後は机を叩き合いながらの言い合いですよ。それで、結局、上司の怒りを買い、その部署から私だけが飛ばされてしまいました。もしかすると、私は仲間たちからハメられたのかもしれません。当時、私は自分が作ったドキュメンタリーが賞を獲ったりして、天狗になっていた部分がありました。私がこの部署を背負っているんだという自負がありました。
そんなイキがっていた私を疎ましく思った連中が、皆で示しを合わせたとしてもおかしくないでしょう。だって誰一人来ないのですから。
でも、私が本当にショックを受けたのは、実はその後でした。私が異動になった後も番組は何事もなかったように続きました。「自分がいるから成り立っている」と思っていたのは、とんだ思い上がり、錯覚でした。
この事件の教訓はいろいろありました。1つは、自分の気持ちを正直にぶつけるのはいいけれど、時と場合があるということ。軽率にその場の勢いで信じ込んで行動すると、思わぬ落とし穴にはまることを学びました。さらに、喧嘩をするなら冷静でなければならず、感情的に怒っても後で悔やむことになることを身にしみて知りました。
「自分の替わりはいくらでもいる」と痛感
そして何より、職場は自分の力で持っていると思ったら大間違いだということを学びました。替わりはいくらでもいるんだ、と痛感しました。いろんなことに冷や水を浴びせられた1件です。突っ走るだけじゃなくて、ちょっと引いて見なければいけないことを学びました。
コミュニケーションは相手のあることです。だからこちらがどんなに熱い思いで、全力でぶつかったとしても、うまくいくとは限りません。
一番わかりやすいのは、恋愛を考えてみるといいでしょう。こちらがいくら「好きだ」「愛している」と言ったからって、向こうがその気になってくれなければ始まりません。強引にこちらの気持ちのままグイグイ行けば、向こうは逃げてしまいます。さらにはストーカー呼ばわりされるのがオチでしょう。
「自分の気持ちを抑え、こちらに興味を持つように仕向ける余裕も必要」と田原氏(撮影:坂本禎久)
コミュニケーションも同じです。ただ自分の気持ちばかり押し付けても、相手は負担に感じて引いてしまいます。興味があるならば、かえって自分の気持ちを抑え、相手がこちらに興味を持ってくれるように仕向ける余裕も必要になります。
押すことも大事だけれど、引くことができるかがポイントです。引くことができるのは、どこかに大きな意味であきらめがあるからこそできると思います。
よく、いい歳をして自分の身の回りの不遇をかこち、飲んでは愚痴を言っている人がいますね。こういう人は私から言わせると、しかるべきあきらめがついていない人だということになります。ロクな上司がいないとか、ロクな部下がいないと嘆く。
でも、私の経験からすると、ロクでもない上司や部下が圧倒的に多いのは当たり前です。はっきり言えば、ほとんどがロクでもないのが現実でしょう。私自身、若手のときは不器用で撮影助手失格と言われたほどですし、自分のことばかりで部下の育成を真剣に考えたこともありませんでした。自分のことを振り返ると、自分自身がロクでもなかったわけです。
だから、世の中そんなものだと最初から期待しません。ある意味のあきらめがあるのだと思います。そういう諦念が底にあるから、相手に対しても期待しすぎません。期待を外されても、「まぁ、そんなものだ」とか、「よくあることだ」と引いて見ることができるのです。
「余裕」があれば、相手を追い詰めません。だから人が気安く寄ってくるのです。相手に期待しすぎる人は、どうしても重くなってしまいます。そういう人は敬遠されます。恋愛と一緒ですね。好奇心は大いに持つべきですが、過剰な期待をせず、相手との距離感を適度に持つこと。「間の取り方」といってもいいかもしれませんが、人と向き合う上でとても大切なことだと思います。
ミサワホーム創業社長が「疲れたふり」をする訳
ちょっと昔の話になりますが、ミサワホームの創業社長である三澤千代治さんの話をします。私は過去、何度かお目にかかって話をさせてもらっています。ところが会うたびに、三澤さんは疲れてグターッとしているのです。
ある日、思い切って尋ねてみました。「どうして社長はいつも疲れているのですか?」と。そうしたら意外な答えが返ってきました。「疲れているぐらいのほうがいいんですよ」。
どういうことかと思うでしょう? 聞けば、社長である自分があまりに元気でギラギラしていると、周囲が怖気づいてしまうというんですね。そこまでいかずとも、警戒心を持たれてしまう、と。「グターッとしていてごらん、安心してみんな本音で話してくれますから」。
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さすがだと思いました。1代で会社を創業し、繫栄させた三澤さんならではの、人心掌握術であり操縦術です。
ほとんどの人は自分をよく見せたいとか、大きく見せようとします。でも、その結果相手も鎧を着てしまいます。本音、本心が見えなくなるんですね。あえて自分をダメに見せる。隙を見せることで相手の武装を解除させてしまうわけです。コミュニケーションの高等戦術です。
よく書店で、「賢く見せるための話し方」みたいな本があります。しかし、むしろコミュニケーションを上手にとりたいなら、能ある鷹ほど爪を隠すべきです。隙を見せ、ボケる術を身につけるべきでしょう。
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提供元:コミュ力に必要なのは「相手に期待しすぎない事」|東洋経済オンライン