2021.12.13
症状で使い分けるのがカギ「風邪に漢方」の極意|風邪の初期には葛根湯だけでなく香蘇散も有用
みかんの皮も「陳皮」という漢方の材料として使われています(写真:【IWJ】Image Works Japan/PIXTA)
「ゆっくり、じわじわ効く」「長く服用しないと効かない」など、慢性病のイメージが強い漢方薬ですが、元々は、感染症との闘いにより発展してきた医学だということ、多くの方は知らないのではないでしょうか。
“漢方医学のバイブル”といわれる『傷寒論(しょうかんろん)』は、後漢の時代に張仲景(ちょうちゅうけい)によって書かれたとされていますが、そこには風邪を含めた感染症の発症から死に至るまでの病状と治療法が詳細に記されています。
ちなみに、今回の新型コロナ感染症(COVID-19)でも、中国では傷寒論に基づいた漢方が大活躍しているようですが、残念ながら、日本では漢方は蚊帳の外にあったような印象があります。
それはさておき、感染症に対して漢方が最も有効なのは、潜伏期間から感染初期です。
風邪の治療に対する西洋医学との違い
どんな病気でも、病状が進むほど治りにくくなりますが、風邪も同じ。はじめは軽い症状ですが、進むと一気に猛威を振るって、人によっては肺を破壊して死に至らしめるような重篤な症状になることがあります。これは不始末によって残った火が一気に燃え広がり、大火事になるようなもので、漢方は、この最初の小さな火を消すことを得意としています。
では、初めに、風邪の治療に対する西洋医学(現代医学)と漢方の大まかな違いを述べたいと思います。
西洋医学では、熱があれば解熱薬、咳が出ていれば鎮咳薬というように、症状を抑える治療(対症療法)が中心となります。一方、漢方では根本原因にアプローチする治療を行っていきます。極端にいえば、「熱が出ているのであれば、出し切ってしまえ!」という発想で、自然な経過を促すのです。さらに、「病むこと自体が治療を兼ねる」という考えもあって、風邪が大きな病気を防ぐ、防波堤のような役割であると肯定的に捉えます。
もちろん、両者にはそれぞれ長所と短所があります。
西洋医学の場合は症状に対する薬があらかじめ決まっていて、同じ症状なら、毎回ほぼ同じ薬が処方されます。私がかつて勤務していた調剤薬局でも、風邪の患者さんが持ってくる処方箋は、ほぼすべて同じ処方でした。
漢方の場合、刻々と変化する症状に合わせて処方が変わります。また、服用する患者さんの体力や体質を考慮します。その見立てが結構たいへんで、すべての風邪に葛根湯(かっこんとう)というわけではなく、見立てを間違えると症状が悪化することさえあります。
かつて恩師の診察を見学していたとき、風邪をひいた患者さんがいらっしゃいました。そのときに処方内容を見た患者さんが、「同じ風邪なのに、どうして前回と薬が違うのですか?」と質問されました。すると恩師は次のように答えました。
「あなたが新幹線で東京から大阪まで行くとしましょう。横浜ではシウマイを買い、名古屋ではういろうを買う。名古屋でシウマイは買わないでしょう。風邪も一緒で、そのときの症状に合った処方でないと効き目がないのだよ」
非常にわかりやすい説明に、患者さんも深く納得していました。
さて、風邪に対する漢方治療の考え方で押さえておきたいのが、以下の図です。
風邪の初期段階とはどういう状態を指すのか、江戸時代の名医・香月牛山(かづきぎゅうざん)がこの状態を“感冒”と名付け、次のように述べています。
「春夏秋冬を通じて、軽い症には男女または老年幼少の区別をせず、まずは香蘇散(こうそさん)を用うるべきである」
だるい、眠い…風邪の超初期には「香蘇散」
この「軽い症」というのは、風邪という自覚のないくらいの状態で、だるい、眠い、やる気が出ない、おっくうに感じる、胃の調子が悪い、汗ばむといった症状が「何となく表れている」のが特徴です。こうした感冒の初期段階では、安静にし、十分な睡眠をとり、食事の節制をして、回復に努めるのが最善の方法で、栄養ドリンクなどを服用して誤魔化し、無理を重ねると、風邪がどんどん悪化してしまいます。
牛山先生が勧めている香蘇散という漢方薬は、すべての生命活動のエネルギーである「気」が滞った状態である「気滞(きたい)」や、「気鬱(きうつ)」を解消する処方です。子どもから妊婦、高齢者まで幅広く使われている、気の滞りを改善する処方です。
香蘇散を構成する生薬は、香附子(こうぶし)、蘇葉(そよう)、陳皮(ちんぴ)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう)で、香附子以外は食品(例えば、蘇葉はシソ、陳皮はみかんの皮)です。
シソには胃を温めて魚貝類の毒を消す作用があるとされ、皮膚の病気にもよく効くといわれています。余談ですが、刺身のツマとしてシソの葉が添えられているのは、胃を温めて生ものによる冷えを防ぎ、生魚の毒を消すという役割があるからだと考えられています。
みかんの皮である陳皮はとても良い香りで、気の巡りを助け、胃の働きをよくします。生姜も同様に体を温め、胃の働きを高めます。気は胃で作られますから、胃の働きを増す生薬が多く配合されているのです。
さらに、牛山先生は続いて次のように述べています。「感冒の薬を5、6回、服用しても熱が下がらない場合は、もはや軽い感冒とはいえない。傷寒、あるいは温病(うんびょう)の治療をするべきである」。
漢方では風邪の症状によって呼び方を変えていて、傷寒は「青い風邪」、温病は「赤い風邪」と呼んでいます。具体的には、風邪をひいたときに「ゾクゾクと寒気がしてから熱が出る」タイプが傷寒、「最初から熱感が強く(発熱していて)、喉が痛く、腫れる」というタイプが温病です。両者は同じ風邪でも経過や病状が違うため、治療法も異なります。これについては、のちほどご紹介します。
ところで、風邪の原因についても、漢方独特の考え方があります。
漢方では、気温や気圧、乾燥や湿気などの環境因子、あるいは細菌やウイルスなどが、私たちの体を守るバリアである衛気(えき)のほころびから侵入してきたときに、感染症を発病すると考えています。今の時期であれば、乾燥や寒さなどが環境要因となります。侵入してくるものを総称して、「外邪(がいじゃ)」と呼びます。
感染症は、この衛気と外邪との関係によって生じるものなので、同じ条件下でも人によって風邪をひくこともあれば、まったく問題なく、健康でいられることもあります。衛気がしっかりしていれば、外邪がやってきても侵入できませんし、万が一侵入したとしても、その段階でコテンパンにやっつけられてしまいます。
では、傷寒と温病の治療法について、ご紹介しましょう。
青い風邪に葛根湯、赤い風邪に銀翹散
傷寒(青い風邪)の症状の特徴は、寒気、発熱、悪寒、関節痛です。「風邪といえば」の葛根湯は、傷寒の初期に使う代表処方です。少し発汗することで体表から外邪を追い出します。漢方の治療は「冷えていれば温め、熱を持っていれば冷やす」のが基本です。初期を過ぎて、汗が大量に出て体力が弱った状態には使いません。
対して、温病(赤い風邪)の症状は、寒気はなく最初から熱症状があり、喉が痛くなったり、腫れたりします。また、病気の進行が早く、こじらせやすいのが特徴です。風邪を引くとまず喉が痛くなって1カ月くらい長引くという人は、ほとんどがこちらのタイプです。
この場合、熱を冷ましながら邪気を発散させる生薬が配合された「銀翹散(ぎんぎょうさん)」が代表処方となります。日本では銀翹散はあまり馴染みのない漢方薬で、薬局やドラッグストアには売っていますが、健康保険の適用にはなっていません。
近年、患者さんに接していて思うのは、温病が増えてきているということです。地球温暖化や食べものによる影響も大きいのではないでしょうか。銀翹散という名前を覚えておくといいかもしれませんね。
なお、冷え性の人は傷寒にかかりやすく、暑がりで熱がこもりやすい人は温病にかかりやすい傾向があるといえます。冷え性でも脱水傾向(あまり水分をとらず、皮膚などが乾燥している)がある人は、傷寒と温病のどちらにもかかりやすいです。
漢方薬も使い分けが大事です。ご自身の体質や症状をよく観察し、風邪を引いたときの治療にお役立てください。
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提供元:症状で使い分けるのがカギ「風邪に漢方」の極意|東洋経済オンライン