2021.09.24
奥歯がない人ほど「太りやすくなる」科学的根拠|歯磨きで「出血が止まらない人」ほど要注意
なぜ奥歯がないと「肥満体型」になりやすいのか?(写真:turk_stock_photographer/iStock)
なぜ奥歯がないと、「肥満体型」や「糖尿病」になりやすいのか? 「奥歯と健康」の意外な関係を、神奈川歯科大学大学院歯学研究科教授の山本龍生氏の新書『ボケたくなければ「奥歯」は抜くな』より一部抜粋・再構成してお届けします。
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20歳以上の日本人の平均の歯の保有本数は、20本未満といわれています。自分の歯が20本以上ある人の割合は、70〜74歳で63%、75〜79歳で56%、80〜84歳で44%、85歳以上で26%と、当たり前のことですが年齢を重ねるごとに減っていきます。そして、70歳以上の高齢者の5割は「奥歯が1本以上無い」というデータがあります。
人間から奥歯を奪う「歯周病」の怖さ
奥歯を失う最大の原因は「歯周病」です。歯周病は、歯の周囲にある歯ぐきが腫れる、比較的軽度な炎症である「歯肉炎」から始まります。
歯肉炎が悪化すると、歯ぐきから膿が出て、歯を支える骨(歯槽骨)が溶け出して、しまいには歯がグラついて抜けてしまいます。これが、「歯周炎」です。
歯周病の直接の原因は、歯垢(プラーク)です。歯垢とは、歯の表面に付着している細菌のかたまりのことです。口の中にいるむし歯菌などの細菌は、砂糖などの糖分を栄養にして増殖する際に、ネバネバした多糖体を放出します。それによってしっかり歯に貼り付いているため、うがいをしたくらいでは除去できません。
その歯垢の内部でむし歯菌が酸を作り出すことで、歯のエナメル質を溶かしてむし歯を作ります。歯垢にはまた、歯周病を引き起こす歯周病菌も棲みつきます。歯周病菌はむし歯菌と違って空気を嫌う性質があるので(これを嫌気性といいます)、歯と歯ぐきのすき間(歯肉溝)や歯と歯の間(歯間)など、空気が入りにくい場所に歯垢ができることで増えます。
歯周病菌が増えると、死んでいく菌も増えて、壊れた菌の一部(毒素)が歯ぐきに炎症をもたらし、歯を支えている歯槽骨を溶かします。歯を支えている歯槽骨は、破骨細胞と骨芽細胞によって破壊と再生が繰り返されています(これを骨リモデリングといいます)。歯周病菌が出す毒素は、そのうちの破骨細胞だけを活性化させてしまうために、再生が追いつかなくなり、骨が溶け出してしまうのです。
通常は、体内に入った毒素は白血球が退治(処理)してくれますが、歯周病菌が増えて処理できないほど多くの毒素が入ってくると、それが追いつかなくなるのです。
ただし、歯肉炎の段階では、きちんとしたブラッシングを行えば、元の健康な歯ぐきに戻れます。しかし、歯を支える骨が溶け始めてしまうと、ブラッシングをしても元の健康な状態にまで戻すのは困難になります。これが、奥歯を失わせる歯周病菌の怖さです。
歯周病の直接の原因は歯垢(プラーク)ですが、間接的にはさまざまな要因があります。たとえば喫煙者は、非喫煙者の2〜8倍も歯周病になりやすい、というデータがあります。たばこの煙には3000種類もの化学物質が含まれ、有害物質は200〜300種類にのぼります。これらの物質が歯ぐきの血流を妨げ、防御機能を弱め、細菌の増殖をうながします。
また、精神的なストレスなどが要因で起こる歯ぎしりや、歯並びの乱れ、噛み合わせの不良も、歯周病のリスクを高め、進行を加速させます。
私たちの口の中には、ふだんから無数の細菌が常在しています。腸の中に善玉菌や悪玉菌、そして、通常の状態では良いことも悪いこともしない日和見菌がバランスをとっていて、それらは腸内フローラ(フローラとは“お花畑”の意味)と呼ばれています。
口の中にも同じように、むし歯や歯周病をもたらす悪玉菌と日和見菌がいて、口内の健康が保たれていれば、バランスがとれている状態です。ところが、食生活の乱れや歯のケアをおこたったり、ストレスなどで口の中の細菌バランスが崩れたりすると、悪玉菌が多く繁殖することになります。
そんなときに、歯周病になって歯ぐきから出血したりしていると、歯ぐきの血管から細菌や毒素が血液の中に入り全身に回ります。これが「菌血症」といわれる、血流に細菌が存在する状態です。健康な人であれば、血液中の白血球が細菌や毒素を処理し、一過性の菌血症で終わり、大きな問題にはなりません。
「たかが歯の病気」とあなどるなかれ
歯周病が悪化して細菌や毒素が多く体内に回っているにもかかわらず、体の抵抗力が低くなっていると、全身のさまざまな臓器に悪影響を及ぼすのです。
このように、歯周病はたかが歯の病気とあなどれない怖さを秘めています。繰り返しますが、歯の健康は健康寿命と密接に関係しています。そして、その大きなカギを握るのが歯周病予防なのです。歯周病は、口の健康だけでなく、血液を介して全身に悪影響を広げるやっかいな病気なのです。
誰もが気になる肥満ですが、これも歯の健康状態と密接な関係があります。肥満とは、体脂肪が過剰に蓄積した状態をいい、体内に取り入れられた脂肪分が、筋肉のすき間など全身のさまざまな部位に入り込み、付着する状態をいいます。
肥満には、内臓のまわりに脂肪が蓄積する内臓脂肪型肥満と、下腹部や腰まわり、お尻などの皮下に脂肪が蓄積する皮下脂肪型肥満があります。
とくに注意が必要なのは内臓脂肪型肥満、いわゆるメタボ(メタボリック・シンドローム)です。メタボは、糖尿病、脂質異常症、高血圧症、心血管疾患などの生活習慣病をはじめとする、さまざまな疾患の原因となることがわかっています。
そして、メタボの人は歯周病になっていることが多く、また、歯周病の人はメタボになりやすいことも明らかになっています。メタボと歯周病の関係は、1998年に日本で初めて発表されました。
メタボになると、なぜ歯周病になりやすいのでしょうか? メタボの原因となる肥満は、それ自体が慢性的な炎症です。内臓脂肪の細胞から炎症(腫れ)を起こしたときと同じ物質(炎症性サイトカイン)や活性酸素が出され、血液の中に入っていきます。それらが歯ぐきの組織に巡ってくると、歯ぐきの炎症を誘発し、歯周病を引き起こします。
歯周病になって奥歯がグラついたり、奥歯を失ったりすると、堅いものが噛みづらくなり、ご飯などの炭水化物や脂質の多い食事を多く摂るようになります。加えて、噛み合わせが悪いために、あまりよく噛まずに飲み込む。そのために早食いになり、その結果、肥満になったり、肥満が進んだりするのです。
そんなメタボと歯周病の悪循環に陥らないためにも、肥満には十分に気をつけなくてはなりません。肥満度の目安には、国際的な指標BMIが用いられます。体重(kg)を身長(m)の2乗で割った数値です。
たとえば、身長が160cm、体重が60kgの人ならば、
60÷(1.6×1.6)=60÷1.6÷1.6=23.4375
で、BMIは約23になります。日本肥満学会ではBMIが25以上を肥満としています。30以上の人は、歯周病になるリスクが8.6倍も高まることがわかっています。
歯磨きで「出血が止まらない人」ほど要注意
いまでも私がよく覚えている患者さんがいます。あるとき、私の診療室に、「歯磨きをすると歯ぐきから出血しはじめ、血が止まらなくなる」という患者さんが来られました。
診察すると、歯と歯ぐきの境目から出血があり、明らかに歯周病でした。
「歯ぐきが弱って歯周病になっていますね。それで出血しやすくなっているんです」
私はその場で歯ブラシで、患者さんの歯と歯ぐきをブラッシングしました。しばらくブラッシングを続けていると、出血は止まりました。そして、こうアドバイスをしました。
「糖尿病とか、ほかのご病気がある可能性があります。一度内科を受診することをおすすめします」
すると、次の診察時に、その患者さんに丁重にお礼をいわれました。
「先生のいわれたとおりに内科で診てもらったら、糖尿病でした。重症で、このまま何もしないでほうっておくと、足を切断したり、透析したり、大変な事態になると脅されましたよ……」
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糖尿病は、すい臓で作られるインスリンという糖を代謝するホルモンが十分に働かないために、血液中を流れる糖(血糖)の値が高いままになってしまう病気です。
血糖値が高い状態のままでいると血管がもろくなるため、放置すると心臓病や失明、腎不全、足の切断といった、重い病気(合併症)につながる恐ろしい病気です。さらにやっかいなことに、歯周病も糖尿病の合併症の一つで、歯ぐきにある血管が傷つき、歯周病菌による感染が起こりやすくなることで発症します。そのため、すでに糖尿病の持病を抱えている方、血糖値の高い方は、歯周病への注意も必要です。
歯周病は「糖尿病の悪化」につながる
歯周病は糖尿病を悪化させます。歯周病を起こした歯ぐきで作られた炎症性サイトカインという物質が、血液中に入り込みます。そして、その物質は、血糖を分解するインスリンの効きを悪くするため、糖尿病を悪化させてしまうのです。歯周病を治療すると糖尿病が改善することがあるのはそのためです。
ちなみに、アルツハイマー型認知症は「脳の糖尿病」とも呼ばれ、糖尿病になるとかかるリスクが高まる病気です。つまり、歯周病・糖尿病・認知症はとても関連が深い病気なのです。
ただし、糖尿病も歯周病も、どちらも最初はほとんど症状がないため、それらの病気に罹患しても初期には気づかないケースが多々あります。
そのため、高血糖・糖尿病が歯周病を招き、歯周病が糖尿病を悪化させるという、両者が相互に影響して負のスパイラルに陥ることがよくあります。注意したいところです。
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提供元:奥歯がない人ほど「太りやすくなる」科学的根拠|東洋経済オンライン