2021.03.02
コレステロールに一喜一憂しても意味がない訳|大事なのは今後10年間の病気のリスクを知る事
「毎日、卵を食べる生活」は本当に体に悪いのでしょうか?(写真:TAKA/PIXTA)
「毎日、卵を食べる生活」は本当に体に悪いのでしょうか? コレステロールが体に与える影響をエビデンスをもとに綴った、医師で医療ジャーナリストの松村むつみ氏による新書『「エビデンス」の落とし穴』より一部抜粋・再構成してお届けします。
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コレステロールに関しては、これまで異常とされる数値が変更されることがあり、混乱を招いてきました。そのせいもあって、世間では、高いと危険だ、あるいは、高くても問題ないなど、一般の健康書などでは諸説飛び交う状況になっています。
現在、人間ドック学会の悪玉(LDL)コレステロールの数値基準では、120〜139(mg/dl。以下省略)を軽度異常、140〜179を要経過観察、59以下と180以上を要治療としています。また、日本動脈硬化学会では、120〜139を境界域高LDLコレステロール血症、140以上を高LDLコレステロール血症と定義しています。
一方、アメリカ心臓協会・心臓病学会では、悪玉コレステロール190以上は、他のリスクに関わりなく薬物治療の適応ですが、70〜189では、糖尿病のない40歳から75歳の人では、「今後10年間で、心筋梗塞などの病気になる確率がどれくらいあるか」という、個々人のリスクを計算して、それをもとに治療を決めるのがよいとしています(※1)。
心筋梗塞の多いアメリカなど欧米人と(例外的にフランス人は少ないです)、日本人を同列に語って悪玉コレステロールのリスクを評価することには議論があります。生活習慣や遺伝的な違いなど、複雑な要因が絡んでくるからです。
そもそも日本は「心筋梗塞が少ない国」
日本は、WHOなどのデータをみても、世界で心筋梗塞がもっとも少ない国のひとつです。その日本人でも、悪玉コレステロールは心筋梗塞のリスクを上げ、コレステロールを下げる薬は死亡のリスクを下げるのではないかと言われています(※2、※3)。
しかし、同じように「死亡リスクが2倍になります」「この薬は死亡リスクを50%下げます」と言っても、「病気になりやすさ」に違いがある場合、「どこまで積極的に治療したらいいのか」という判断は変わってくるでしょう。たとえば、もともと5人に1人がかかる病気の場合、「リスクが2倍になる」というと、5人に2人がかかることになり、その病気が一気に身近になります。
しかし、100人に1人の病気の場合は、リスクが2倍になっても50人に1人と、前者ほど差し迫った感じではなくなります。1万人に1人の比較的まれな病気の場合には、「リスクが2倍」になっても、五千人に1人がかかる程度です。「リスクが○倍」という情報だけに振り回されないようにしたいものです。
また、一概に「コレステロール値が高い」と言っても、じつはリスクは人によって異なっています。健康診断の結果を受け取ると、数値だけを見て「正常値より高くなった」「下がった」と一喜一憂しがちです。ですが、重要なのは、「数値が正常かどうか」ではなく、「死亡のリスクが高いのか」「高いとすれば、そのリスクはどの程度のものか」を理解することでしょう。
実際に「今後10年間で、心筋梗塞などの病気のリスクがどれくらいあるのか」ということを考慮して、治療すべきかどうかを決める計算式もあります。
適切なコレステロール値は「人それぞれ」
コレステロール値が同じように高い人でも、糖尿病があるかどうかでリスクは変わります。性別(女性は男性よりもなりにくい)や年齢、心筋梗塞などの家族歴でも変わります。喫煙しているかどうかでもかなり変わってきます。
たとえば、悪玉コレステロール値が170の人でも、60歳男性、喫煙者で高血圧のある人と、40歳の女性で、喫煙歴がなく、他に病気もない人では、リスクがまったく違います。他に病気がなく血縁者に心筋梗塞にかかった人がいない40歳女性では、悪玉コレステロール値が少しばかり高くても、今後10年間で心筋梗塞などの病気になる確率は1%にも満たないでしょう。もちろん、それでも気をつけるに越したことはありませんが、数値だけで一律に判断しないようにしたほうがいいのは、そのためです。
一時期、コレステロール値が高いほうが死亡率が少ないのでないかということが議論になりました。コレステロールは、心筋梗塞などのリスク因子として「悪者」の観点から語られがちですが、栄養状態を反映するものでもあります。つまり、栄養状態が悪かったり肝臓が悪かったりするとコレステロール値も低くなります。
「コレステロール値が低いことよって死亡が増えた」のか、「栄養状態が悪い原因が他にあり、それによってコレステロール値が低かった」のか、原因と結果がはっきりわからない研究も多いのが実情です。また、日本人は、脳出血が欧米人に比べると多い傾向があります。コレステロール値が低いことは脳出血にはリスクと言われており、低すぎる場合は注意が必要です(※4)。
血液中のコレステロール値を上げると考えられており、どれくらい食べるか悩ましいものに、鶏卵があります。
コレステロールは、食事から摂取するのは2割で、体内で作られるのが8割と言われています。食事による影響は相対的に少なく、コレステロールを多く含む卵を控えても意味がないという議論があります。
今わかっているエビデンスではどうなのかを見ていきましょう。卵摂取がコレステロールを上げるかどうかということですが、わずかに上げるという研究があります(※5)。
また、その結果として、心筋梗塞が増えるかどうかですが、2020年、医学誌『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』に掲載された、ハーバード大学の健康な医療従事者を対象とした研究(複数の研究を統合したメタアナリシスの形式になっています)では、一日1個程度の摂取なら、心筋梗塞のリスクは上がらないという結果が出ています(※6)。
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日本人を対象とした研究では、心筋梗塞と卵を食べる頻度には関連がないという結果が出ていますが、「一日の量」には言及がありません(※7)。
現時点では、健康な人には、卵の摂取量は大きな影響をもたらさないというメタアナリシスが多いですが、断定はできない状態です。
コレステロールに関して、エビデンスという観点から注意すべきことは、欧米のエビデンスをそのまま日本人に当てはめられない可能性が高いということです。また、個々人により、心筋梗塞や死亡のリスクは異なるので、値だけを見て一喜一憂してもいけないし、同じ値でも治療法が異なる場合があることを理解しましょう。
卵は「一日1個」ぐらいが無難
卵関連の研究でも、対象は欧米人が多く、アジアの研究ではそもそも卵の消費量が少なかったりするので「いくら卵を食べても問題ない」と考えるのはまだ危険であり、現時点では一日1個くらいにしておくのが無難でしょう。
また、卵では、コレステロールは黄身に含まれています。そこで、卵が好きで、一日1個では物足りない、もっと食べたいという人がいれば、白身を食べるぶんには問題ないでしょう。
いずれにしても、欧米では、悪玉コレステロールの危険性や治療の効果について、多くのエビデンスがありますが、日本人の信頼できるエビデンスがそれほど多くないのが実情です。今後、信頼できるエビデンスが増え、日本人の基準がより適正になっていくことが望まれます。
(※1)2019 ACC/AHA Guideline on the Primary Prevention of Cardiovascular Disease
(※2)Nakamura H et al for MEGA study group“ Primary prevention of cardiovascular disease with pravastatin in Japan (MEGA study): a prospective randomised controlled trial.” Lancet. 2006;368: 1155-63.
(※3)Imamura T et al. “LDL cholesterol and the development of stroke subtypes and coronary heart disease in a general Japanese population: the Hisayama study”Stroke. 2009,40(2):382-8.
(※4)Noda H et al.“Low-density lipoprotein cholesterol concentrations and death due to intraparenchymal hemorrhage: the Ibaraki Prefectural Health Study” Circulation. 2009,28;119(16):2136-45.
(※5)Rouhani MH et al.“ Effects of Egg Consumption on Blood Lipids: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Clinical Trials”J Am Coll Nutr. 37(2):99-110. ,2018
(※6)Drouin-Chartier JP et al.“Egg consumption and risk of cardiovascular disease: three large prospective US cohort studies, systematic review, and updated meta-analysis”BMJ. 2020;368:m513.
(※7)Nakamura Y et al. Egg consumption, serum total cholesterol concentrations and coronary heart disease incidence: Japan Public Health Center-based prospective study. Br J Nutr. 2006
Nov;96(5):921-8.
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提供元:コレステロールに一喜一憂しても意味がない訳|東洋経済オンライン