2020.12.18
売れ続けるスタバが自らに課す「暗黙のルール」|彼らは「成長の病」の恐ろしさを知っている
スタバのコーヒーがCMなしに売れ続ける理由とは?(写真:iStock/leekris)
あなたはスターバックス(以下、スタバ)の広告やCMを見たことがあるだろうか?恐らくないだろう。スタバは広告を出さずに、強いブランドを創り上げている。
マーケティング戦略コンサルタントであり、『世界のエリートが学んでいるMBAマーケティング必読書50冊を1冊にまとめてみた』の著者でもある永井孝尚氏に、その背景について語ってもらった。
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スターバックス(以下、スタバ)の広告を見たことがある人は、いないだろう。
スタバは広告をほとんど出さない。スタバは「店舗のスタバ体験そのものがマーケティング活動だ」と考えているからだ。
白いカップで出されるコーヒー、従業員と顧客の交流、店の雰囲気、コーヒーの香り、スタバのひととき。これら一つひとつが、スタバのマーケティング活動なのだ。
スタバはフラペチーノのテレビCMをしたことがあるが、効果が出ずにすぐに中止。テイスティングを続け、お客様との交流を深め、売り上げを増やした。
スタバ創業当初はお金がなく、広告を出さなかった。しかしスタバは、大きくなるにつれて「クチコミが最大の広告」と気がついた。これは必ずしも広告の否定ではない。スタバは「ブランド育成には、広告よりも有効な手段がある」と考えているのだ。広告に回すお金があれば、メニューに個性的なドリンクを増やし、店内環境を充実させ、サービスのスピード向上のため従業員を増やす。
お客様の体験を生み出すことが、一番のマーケティングだと考えているのだ。広告をしないので、客からも「誠実で信頼感が高い」とさえ言われるようになった。
このようにスタバ社内には、口伝のマーケティングの知恵がある。このスタバの口伝の知恵を紹介したのが『スターバックスはなぜ値下げもテレビCMもしないのに強いブランドでいられるのか?』だ。著者のジョン・ムーアはスタバで8年間マーケティング・プログラムの作成と実行に携わり、現在は企業へコンサルティングを行っている。
本書はブランディングの学びの宝庫だ。そこで本書からポイントをいくつか紹介したい。
新しいブランドでなく、新しいカテゴリーを創れ
スタバ創業は1970年代。当時、米国のコーヒーはマズかった。米国コーヒー業界が際限のない価格競争に陥っていたからだ。スタバはこの業界で急成長し、強いブランドを創り上げた。「どこにでもある一杯のコーヒー」を「他にないもの」にしたスタバの歴史には、ブランディングの学びが詰まっている。
スタバはコーヒー豆の品質や深煎り焙煎を追求し、「スペシャリティコーヒー」でコーヒーを楽しむ体験をつくった。「どこにでもあるコモディティ化したもの」が「他にはないもの」になれば、顧客の心の中にブランド・ロイヤルティが生まれて、顧客は離れなくなる。
そもそも顧客は、新しいブランドには全く興味はない。顧客が興味あるのは、新しいカテゴリー(商品分野)だ。スタバが大きく成長した1980~1990年代、「スペシャリティコーヒー」はまさに新しいカテゴリーだった。スペシャリティコーヒーは広く認知され、その結果、「スタバ」というブランドが普及した。
スタバは「スペシャリティコーヒー」という新しいカテゴリーを理解してもらうため、それまでのコーヒーと、スペシャルティコーヒーの違いを説明した。決定的な違いはコーヒー豆だった。スペシャリティコーヒーは高品質でコストも高いアラビカ種のみを使用していた。一口飲めば違いはすぐわかる。
新規事業でも訴求すべきは、企業の新ブランドの前に、新カテゴリーなのである。
ブランド・マネジメントは「評判管理」だ
まわりの人をイメージしてみてほしい。評判がいい人は誠実で信頼でき、尊敬されることすらある。逆に評判が悪い人は、イマイチ信用できない。ブランドもこれと同じなのだ。
強いブランドは、評判がいい人と同じように誠実なイメージだ。このいい評判は、約束したことを実行し続けることでしかつくられない。
スタバは「ブランド・マネジメント=評判管理」と考えている。スタバは意図的なブランドづくりをしなかった。スタバは美味しいコーヒーへの理解を得るために情熱をもってひたすら取り組み続けることで、強いブランドを生み出したのだ。
財務のバランスシート(貸借対照表)で「資産」と「負債」があるように、スタバはブランドのバランスシートにも「ブランド資産」と「ブランド負債」があると考えている。そしてスタバはある活動を行うべきか否かを判断する際に、その活動がブランド資産かブランド負債かをチェックする。
図の4つのチェック項目で、「○」が3つ以上ならブランド資産でスタバに相応しい活動、「×」が2つ以上ならブランド負債で相応しくない活動だ。
イタリアのバイクメーカー「ベスパUSA」と懸賞キャンペーンを企画したときを例に挙げると……
(1)お客様はイタリアのイメージを想起し、イタリアのカフェ文化とも関連がある→○
(2) 第三者のベスパが商品を渡す。スタバも法的義務を遵守する責任を負う→○
(3)スタバのバリスタにキャンペーンを話すと手応えのある反応だった→○
(4)お客様の反応は、正直わからない→×
○3つ、×1つなので、実施した。結果は大成功。豪華賞品にお客様は驚き、販売量も増えた。スタバのブランドは、このような活動をひたすら愚直に積み重ねて、強いブランドへと育っていった。
ウォルマートのようなディスカウントストアはEDLP戦略(毎日低価格戦略)で集客する。しかしお客様はスタバにも来る。EDLP戦略だとコスト削減しか選択肢がない。しかしスタバは値下げしないので、利幅は90%以上ある。だから顧客体験に投資できる。
顧客体験を重視する企業にとっては、お客様とのつながりを創り出すチャンスは一度だけだ。スタバにとっては一杯のコーヒーがその「一度」。お客様には完璧なエスプレッソを味わってもらわなくてはならない。一度の手違いでお客様は二度と来なくなる。このように考えると、スタバはサービスビジネスなのだ。
かつてスタバは「お客様感謝デー」で20%オフを行ったことがある。記録的売り上げを達成したが、トラブルも多かった。まずお客様が「スタバは値下げすることがある」と認識した。値下げ前の数週間は売り上げが激減。当日は商品供給が追いつかず大混乱。店に翌日の商品を置けず、機会損失も多く発生。なによりも、完璧な一杯のコーヒーでお客様に満足を届けられなくなった。そこでスタバは二度と値下げをしなくなった。
低価格は、名案を考え出せないマーケティング担当者の常套手段だ。使ってはダメだ。
真実を語るのがマーケティング
スタバにはマーケティング・プログラム実施の際に、6つの暗黙のルールがある。
ルール(1)誠実で信頼できる……お客様に誠実であり続ければ、施策も誠実なものになる
ルール(2) 気分を喚起する……言葉は場所、心地よさ、訴える内容をイメージさせることだ
ルール(3)他社について一切触れない……競合を引き合いに出すと、他社に関心を集めるだけだ
ルール(4)従業員のコミットメントを高める……店舗従業員がお客様にメッセージを伝えている
ルール(5) 約束したことは必ず守る……約束を守ることが、誠実なマーケティングになる
ルール(6)消費者のインテリジェンスを尊重する……スタバは「グランデ→L、トール→M」と表示しない。
『世界のエリートが学んでいるMBAマーケティング必読書50冊を1冊にまとめてみた』
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客は最初戸惑っても、一度注文すればスタバの一員になった気持ちになる。この「あえて不親切にする」のは、本連載2回目「高級寿司屋の大将が怖くても許される納得理由」と相通じる点だ。
「高級寿司屋の大将が怖くても許される納得理由」 ※外部サイトに遷移します
本書によれば、スタバは「最大のコーヒー企業になることに重きを置いたことはない」という。「最高になれば、最大になる」と信じ、最高のコーヒー企業を目標にしてきた。最高でなく最大になろうとすると、企業のミッションを見失ってしまうのだ。
しかし皮肉なことに本書出版の2年後、スタバは成長の病にかかってしまった。「最大のコーヒー企業になろう」とした結果、業績が低迷してしまったのである。この時の低迷した状況と復活の経緯は、スタバ創業者ハワード・シュルツが執筆した『スターバックス再生物語』で詳しく紹介されている。たとえ熟知していても、あのスタバですら患ってしまう「成長の病」は実に恐ろしいものだ。
スタバから学べることは、誠実に顧客に接し続けた積み重ねが、強いブランドを創るということ。そして反面教師としての「成長の病」の恐ろしさだ。今やすっかり身近になったスタバから私たちが学べることは、実に多いのである。
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提供元:売れ続けるスタバが自らに課す「暗黙のルール」|東洋経済オンライン