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2020.10.14

イスラエルの超天才が予見するコロナ後の人類|ユヴァル・ノア・ハラリの緊急提言を読み解く


ユヴァル・ノア・ハラリ/イスラエルの歴史学者。1976年生まれ

ユヴァル・ノア・ハラリ/イスラエルの歴史学者。1976年生まれ

『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 Lessons』の3部作すべてが世界的なベストセラーになっている歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリの新刊『緊急提言 パンデミック——寄稿とインタビュー』が刊行された。
新型コロナウイルス感染症の世界的大流行が最初のピークを迎えた時期に書かれ、語られた内容をまとめた本書には、「ウイルスが歴史の行方を決めることはない、それを決めるのは人間である」という、人類とその未来に対する真摯なメッセージが込められている。
出口の見えない困難な状況にあって、私たちがなすべき選択とは何か。ハラリの発するメッセージは暗闇に差す一筋の光であるといえる。『緊急提言 パンデミック——寄稿とインタビュー』より、本書の訳者であり、3部作すべての翻訳も手がけた柴田裕之氏による「訳者あとがき」をお届けする。

『緊急提言 パンデミック——寄稿とインタビュー』 クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします

パンデミックに対するハラリの見解

『緊急提言 パンデミック——寄稿とインタビュー』は、世界的ベストセラーとなった『サピエンス全史——文明の構造と人類の幸福』、『ホモ・デウス——テクノロジーとサピエンスの未来』、『21Lessons——21世紀の人類のための21の思考』3部作の著者で歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックという一大危機を人類が迎えるなかで緊急に発表した見解を収録したもので、日本オリジナル版だ。

前半は「タイム」誌と「フィナンシャル・タイムズ」紙と「ザ・ガーディアン」紙への寄稿で、訳文は本書の版元である河出書房新社の「Web河出」ですでに全文公開している。このWeb公開には非常に多くの反響があり、累計アクセス数は55万回を超えているとのことだ。そして、コロナに関するハラリの記事や発言内容は、ニュース番組などでも取り上げられてきた。

後半はNHKのETV特集のインタビューだ。最初は今年の4月11日にインタビューの一部が、アメリカの国際政治学者イアン・ブレマー氏、フランスの経済学者ジャック・アタリ氏のインタビューとともに「パンデミックが変える世界」として放送された。そのときにハラリの発言がとりわけ大きな反響を呼んだため、4月25日に、今度は「ユヴァル・ノア・ハラリとの60分」として、1時間の番組をそっくり費やす形で、ハラリのインタビューの全貌が紹介された。

本書で取り上げたのは、その2回目の放送だ(なお、インタビューでの応答は、推敲を重ねた刊行物の文章とは当然ながら異なる。その点に配慮して訳すようにというハラリ側の要請があったため、逐語訳にはなっていないことをお断りしておく)。

それぞれ単独でも読みごたえ、見ごたえのある内容だが、みな切り口も異なるので、いずれも評判が高かったこれらの記事やインタビューをすべてまとめて読み、ハラリの目を通して今回のコロナ禍をより多面的・多角的に眺め、考える機会を提供するというのが、本書刊行の狙いとなる。

ハラリはいつもながら、物事を単体で捉えるよりも、むしろ広い視野を保ちながら大きな歴史の文脈の中で考察する。今回も、新型コロナウイルスのパンデミックを契機にした発言ではあるが、過去を振り返ってこれが初めての感染症危機ではないことを思い出させ、「人類はもちろん、このパンデミックを生き延びます」とあっさり言い切り、無用の不安を払拭するとともに、「眼前の脅威をどう克服するかに加えて、嵐が過ぎた後にどのような世界に暮らすことになるかについても、自問する必要がある」と、私たちの目を未来へも向かわせる。

混乱をもたらしている二者択一の問題設定

現在の混乱の原因は多数あるが、興味深いのは、ハラリが挙げている、誤った二者択一の問題設定だ。これには2つある。

第1は、プライバシーか健康かという問題設定で、これは、健康のためにはプライバシーを犠牲にせざるをえないという風潮を生みやすい。だが、ハラリに言わせれば、「両方を享受できるし、また、享受できてしかるべき」である。プライバシーの問題は監視テクノロジーの問題に直結しており、ひいては民主的な社会の在り方にもつながっている。「全体主義的な監視政治体制を打ち立てなくても、国民の権利を拡大することによって自らの健康を守」れる、とハラリは請け合う。

第2は、グローバリズムかナショナリズムかという問題設定だ。この誤謬(ごびゅう)に流されると、今回のパンデミックを含めて現代社会が直面している苦難はグローバル化が原因であり、解決するためには脱グローバル化を図り、自国ファーストの路線を突き進むべきだということになりかねない。だが、それはポピュリズムを煽る利己的な指導者や独裁者を利するばかりで、パンデミックや地球温暖化のようなグローバルな問題の解決にはけっしてつながらない。

世界的ベストセラーの公式漫画化、『漫画 サピエンス全史 人類の誕生編』(ユヴァル・ノア・ハラリ/ダヴィッド・ヴァンデルムーレン/ダニエル・カザナヴ 安原和見訳)の発売が11月9日に予定されている

世界的ベストセラーの公式漫画化、『漫画 サピエンス全史 人類の誕生編』(ユヴァル・ノア・ハラリ/ダヴィッド・ヴァンデルムーレン/ダニエル・カザナヴ 安原和見訳)の発売が11月9日に予定されている

ハラリがこれまで繰り返し主張してきたように、グローバリズムとナショナリズムはけっして矛盾するものではない。ナショナリズムは同国人を思いやることであり、外国人を憎んだり恐れたりすることではないし、グローバルな団結が人類と地球環境の安全や繁栄に不可欠な時代にあって、脱グローバル化は自殺行為に等しいからだ。

信頼が欠かせず、1つ間違えれば独裁に

これら2つの誤った問題設定を解消するために欠かせないのが信頼だ。監視テクノロジーを活かすには、そのテクノロジーを使う機関や政権を国民が信頼できなければならない。その信頼を実現するためには、民主的な体制を維持し、治安機関などではなく、中立性・独立性・透明性の高い機関が監視テクノロジーを使うと同時に、国民の側もそうした機関や政府を監視できるようにすることをハラリは強く求めている。

緊急事態を口実に、政府や指導者が国民の信任を得ずに一方的な監視体制を敷いたりさまざまな権限を獲得したりする危険を、世界有数の監視国家イスラエルに暮らすハラリは身をもって知っている。暫定首相だったネタニヤフが感染防止対策を理由に、野党が過半数を占める議会の閉会を命じようとしたときには、これまで政治的な発言を控えてきたハラリが、「これは独裁だ」と激しい抗議の声を上げていることからも、ハラリがどれほど民主的体制と信頼を重んじているかが窺われる。

グローバルな時代における国家間の信頼関係については、ハラリはEU(欧州連合)の動向を試金石として挙げている。幸い先月、EUはコロナ復興基金に巨額の予算を充て、その半分以上は返済不要の給付金とすることを決めた。他の加盟国への財政援助を頑なに拒んできたドイツまでもが方針を転換したのは、EU内の豊かな国々が、目先のことだけを考えて自国の利益を優先しようとするよりも、自腹を切ってさえ他国を援助したほうが、長い目で見れば自国を含め全体の利益に適うという判断を下したからに違いない。

「危機はみな、好機でもある。グローバルな不和がもたらす深刻な危機に人類が気づく上で、現在の大流行が助けになることを、私たちは願わずにはいられない」というハラリの思いが一部なりとも実現したわけだ。

信頼と言えば、ハラリは科学への信頼も重視する。いいかげんな言説や偽情報に惑わされず、科学的・合理的な見方ができれば、今回のような危機も脱することが可能だとしている。歴史を顧みると、科学の進歩のおかげで、感染症の正体や対策を迅速に突き止められるようになり、それに伴って科学への信頼が増したことがわかる。「伝統宗教の権化のような組織や
国の大半でさえもが、聖典よりも科学」を信頼し、宗教施設を閉ざしたり、信者に訪れないよう呼びかけたりしているのだから。

残念ながら「この数年間、無責任な政治家たちが、科学や公的機関や国際協力に対する信頼を、故意に損なってきた」こともハラリは指摘する。本来今回の危機は、世界各国の指導者にとっては、国内でも国際間でも真のリーダーシップを発揮して歴史に名を刻む絶好の機会だったはずだ。強権を掌握して肥大したエゴを満足させることや保身、責任転嫁、政敵への攻撃、身内や仲間への利益誘導にかまけている人間がいるとすれば、なんともったいないことだろう。

指導者にこの危機に付け込ませないために

そんな指導者にこの危機につけ込ませないためには、「私たちの1人ひとりが、根も葉もない陰謀論や利己的な政治家ではなく、科学的データや医療の専門家を信じるという選択をするべきだ」とハラリは言う。

『緊急提言 パンデミック: 寄稿とインタビュー 』(河出書房新社)

『緊急提言 パンデミック: 寄稿とインタビュー 』(河出書房新社)

『緊急提言 パンデミック: 寄稿とインタビュー 』(河出書房新社) クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします

さて、国民が正しい選択をし、人類が今回のコロナ危機さえ乗り越えられればいいのか? もちろん違う。監視テクノロジーが民主的に活用され、上下双方向に情報が流通するとともに、グローバルな信頼関係が確立された社会が実現すれば素晴らしいが、じつは、ハラリにしてみれば、それすら私たちにとっての究極の目的ではない。

そのような社会が実現した暁には、私たちは何をするのか? それこそが肝心で、核心にあるのは、あるいは核心の入口にあるのは、死や自らの脆弱さ、はかなさと向かい合い、生の意義を考えること、となる。歴史学者であると同時に哲学者でもあるハラリらしい見識と言える。

ともかく、まずはその入口にたどり着かなくてはならない。それは容易ではないが、「ウイルスが歴史の行方を決めることはない」「この危機がどのような結末を迎えるかは、私たちが選ぶ」、テクノロジー、とくに、強力な監視テクノロジー自体も、けっして悪いわけではなく、私たちがどう活用するか次第であるというハラリの言葉を肝に銘じながら進んでいくべきなのだろう。

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提供元:イスラエルの超天才が予見するコロナ後の人類|東洋経済オンライン

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