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2020.08.31

キヤノン電子が描く「宇宙ビジネス」の未来|トップが語る「技術立国・日本」再興の要諦


キヤノン電子は将来、自社開発のロケット打ち上げも目指している。写真は2020年5月、初の有人飛行テストで打ち上げに成功したアメリカのスペースX「クルードラゴン」(写真:ロイター/アフロ)

キヤノン電子は将来、自社開発のロケット打ち上げも目指している。写真は2020年5月、初の有人飛行テストで打ち上げに成功したアメリカのスペースX「クルードラゴン」(写真:ロイター/アフロ)

キヤノンの上場子会社としてプリンターやデジタルカメラに使用する部品を製造しているキヤノン電子。カメラやプリンター市場の縮小という逆風下にあって、同社がいま最も注力しているのが宇宙事業だ。
重さ数十キログラムの超小型人工衛星を自前で開発。2017年に1号機を軌道に投入することに成功して以来、観測した地表や宇宙の写真を送信し続けている。2020年内には3号機の打ち上げを行う方針だ。
アメリカでは5月にテスラ創業者のイーロン・マスク氏が立ち上げた「スペースX」が民間企業として初めて国際宇宙ステーションへの有人宇宙飛行を成功させた。世界では民間企業による宇宙開発が存在感を増しているが、日本の民間ロケットベンチャーの中には、打ち上げ失敗が続き、苦戦しているところもある。
キヤノン電子も小型衛星向けロケットの開発に取り組む「スペースワン」に50%出資しており、将来は自社開発のロケット打ち上げも視野に入れている。同社の酒巻久社長に宇宙事業への展望について聞いた。

宇宙開発が進めばビジネスチャンス

――キヤノン電子は宇宙事業で何を目指しているのでしょうか。

2017年に超小型人工衛星をインドから打ち上げ、キヤノン製の光学機器を搭載して地表の画像を撮影するなど観測や運用の実績を積み上げている。宇宙開発が進めば人工衛星の需要が高まり、人工衛星の販売や部品の供給というビジネスチャンスが来る。

宇宙関連の機器は特注品が多く、値段が高かった。そこで、自社で内製化した低コストの人工衛星を販売できないかと考えた。現在は自社で打ち上げて運用し、ノウハウをためている段階だ。

人工衛星の需要が高まると、それを打ち上げるためのロケットが必要になる。しかし、日本ではJAXA(宇宙航空研究開発機構)主体のロケットしかなく、打ち上げコストが高くなりがちだ。また、海外打ち上げには安全保障上の理由からさまざまな手続きが必要になる。

そこで契約から打ち上げまで最短かつ高頻度に打ち上げることのできるロケット打ち上げサービス会社として「スペースワン」を立ち上げ、出資している。2020年代半ばに年間20回打ち上げる計画だ。キヤノン電子としてもロケット開発とロケット打ち上げサービスを行う会社を目指していく。

――イーロン・マスク氏の「スペースX」をはじめ、世界では民間企業による宇宙開発が進んでいます。

日本は取り残されている。日本は技術はあるが、自前の部品を生かして宇宙開発を行う決断が遅れてしまった。アメリカの宇宙ベンチャーが新型コロナの影響をあまり受けていないのは、国内でロケット開発に必要なものを調達できるからだ。日本でも国産技術や部品にこだわるベンチャーが出てきているが、宇宙関連の製品を輸入に頼っている面も多い。それに一石を投じたい。

――日本の強みはどこにありますか。

民生部品の技術力の高さだ。宇宙で使用するものだからと部品を特注するケースもあるが、実は民生部品で十分なことが多い。例えば、キヤノン電子はプリンターなどの精密機械を動かすための駆動回路や部品を大量生産している。これらの部品には、例えば5年間の保証をつけており、中には1分間で数万回転の駆動を求められるものがある

さかまき・ひさし/1940年生まれ。1967年にキヤノン入社。取締役システム事業本部長や常務取締役生産本部長を経て、1999年にキヤノン電子社長(編集部撮影)

さかまき・ひさし/1940年生まれ。1967年にキヤノン入社。取締役システム事業本部長や常務取締役生産本部長を経て、1999年にキヤノン電子社長(編集部撮影)

キヤノン電子が開発して打ち上げた超小型人工衛星は100%内製化を目指している。1号機の内製率は60~70%だったが、2号機以降はほぼ100%となっている。例えば、2017年に打ち上げた衛星の中で最初に壊れた部品は宇宙用に製造されたものだった。宇宙用に特注した数十万円するコネクターと、1個数十円の民生用のコネクターの衝撃実験をやったところ、特注品が壊れてしまったケースもあった。

厳しいロケット打ち上げ規制

――日本の宇宙産業発展のための課題は何でしょうか。

規制が厳しく、民間企業が発展していくための環境の整備がまだまだ必要だ。民間でもロケットを打ち上げ可能にするために法整備が必要だったが、約6年間陳情を続け、ようやく宇宙活動法と衛星リモートセンシング法が制定された。

2017年の人工衛星1号機はインド宇宙研究機構に打ち上げてもらった。日本で打ち上げるにはJAXAに提出する申請書類を用意するために半年近くが必要となる。インドで打ち上げる際も安全保障上の問題から部品を送るだけでも許可が必要になった。いずれも必要な手続きだと思うが、こういった点を改善することが日本の宇宙産業の発展に寄与するのではないか。

――この数年で政府やJAXAも民間企業を支援しようとさまざまな施策をとっています。

民間の宇宙産業を育てようという方針が出てきたが、もう少しスピード感がほしい。ロケットの開発のために必要な実験場や射場の多くは公的機関が保有し、民間企業は自由に使えない。

そこで、和歌山県串本町に「スペースポート紀伊」を建設しているが、着工に時間がかかった。低緯度ほどロケットの打ち上げ時に必要なエネルギーが少なく済む。串本町は好立地で満足しているが、2019年11月の起工式を迎えるまでに、法整備や土地の購入手続きなど、地元の協力も必要だったため想定以上の時間を必要とした。輸送用の大型トラックのための道路整備も必要で、これらの調整にもわれわれが予定していた以上の時間を必要とした。

今後は新型コロナの影響で政府としても宇宙産業に予算をかけることがますます難しくなるかもしれない。アメリカと月面探査などで共同活動をしているが、日本の宇宙産業として世界的な宇宙開発にどう貢献するかも課題になる。

――自前のロケット開発は技術的にメドが立っているのでしょうか。

私の想定したようにメドは立っている。新型コロナの影響が実験などさまざまな部分に出ているのは事実だが、方向性に変化はない。

新たな技術開発はすぐにできるものではない。歯科用ミリングマシンの研究開発には15年かかった。キヤノンの主力製品となっている複写機やインクジェットの研究開発に私も携わったが、完成して世に出回るまで25~30年かかった。

今の日本の経営者は投資をすればすぐに成果が出ると思っている節がある。要は技術開発の経験がなく、忍耐力がない。新しいことをやろうとして、うまくいかないとすぐやめてしまう。

昔は出る杭は打たれて、また立ち上がるチャンスがあったが、今では出る杭がそのまま抜かれて捨てられてしまっている。すると新しいものが(世に)出ようがない。それでは今後やっていけない。

売上高1000億円目標に遅れも

――ロケット開発が軌道に乗るまでの見通しはどうでしょうか。

すでに人工衛星向けの部品を売っているが、2017年に打ち上げた人工衛星の1号機の運用が4年目に入れば対外的にも十分な実績になるので、部品を本格的に売り出せるようになる。実績をアピールできればコスト競争に巻き込まれることなく、適正な価格で売れる。人工衛星そのものも外部に販売できるようになるだろう。

新型コロナの影響も出ている。技術者の移動に制約があるほか、スペースポート紀伊の建設現場に作業員が集まることができなかった。海外製の資材も入荷が遅れ、もともと2030年に宇宙関連事業で売上高1000億円を目指していたが、目標達成が遅れる可能性もある。

プリンターやカメラの需要が落ち、キヤノン電子の業績にも影響が出てくることが想定される中、宇宙への投資を続けていくことになる。それでも宇宙産業が将来の有望市場であることに変わりはなく、投資は続けていく。それこそ一時的に資金使途を変えてでも、やり抜く意志に変わりはない。

宇宙産業への投資は道楽ではない。しっかり予算を立てて、きちんと管理した会社が投資可能な範囲内でやっている。私は「道楽ではなく、社長の趣味の世界でやっているので会社はつぶれない」と説明している。道楽は無尽蔵にお金を使い果たしていくが、趣味は自分たちのお金の範囲内でやっている。だから会社を潰したりしない。

宇宙事業の立ち上げ見通しがつけば、(社長職を)後継者に譲ろうと思っている。新型コロナが落ち着いたら、私もせめて老後くらいは旅行してのんびりしたい。

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提供元:キヤノン電子が描く「宇宙ビジネス」の未来|東洋経済オンライン

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