2018.11.22
世界の経営者たちはなぜ「アート」を学ぶのか|「直感力」を磨くことが仕事で重要になる根拠
直感力や創造力を重視する右脳型思考が注目されています(写真:Peshkova / iStock)
ビジネスモデルが一夜にして崩れ、新しいライバルが突然現れる今の時代、「データ」や「合理性」だけに頼ることはできません。だからこそ「アート」が持つ直感力や創造力が必要となってきています。世界の起業家や経営者たちはなぜアートを学ぶのか。欧州トップクラスのビジネススクールで教鞭を執るニール・ヒンディ氏の著書『世界のビジネスリーダーがいまアートから学んでいること』の内容を一部抜粋し再構成のうえお届けします。
『世界のビジネスリーダーがいまアートから学んでいること』 ※外部サイトに遷移します
スタートアップの90%は失敗するといわれている。この数字はどんな起業家にとっても厳しいハードルで、「ビジネスを立ち上げる」ことは難しい。それでも起業するのは、内に秘めた信念・情熱・動機・目的に突き動かされているからだろう。「アートと起業の関係」について研究をしている筆者は、目先の利益にとらわれず、将来に目を向ける多くの人たちを見てきた。
起業家はアーティストと同じように、新たな「意味」と「価値」をつくり出す。人々が見落としていることに目を留め、それを形にするのだ。たとえば、iPhoneが登場するまで、私たちはキーボードがなくても文字を自由に打ち込めることや、自分たちがスマートフォンを必要としていること自体わからなかった。パブロ・ピカソらがキュビスムを提示するまで、私たちは別の描き方、世界の新しいとらえ方があることを知らなかった。
右脳、左脳どちらも働かせることが重要
アーティストのように直感を働かせるというのは、ビジネスの場では普通、推奨されない。わかりやすいように、「右脳型」「左脳型」という考えに当てはめると、起業家は直感的な右脳型思考と、データや論理による左脳型思考のバランスをうまく取っている。一方、ビジネスマンは左脳型思考が重視されてきた。
重要なのは、どちらかを優先させるといったことではなく、両方を働かせて相互作用させることである。ビジネスモデルが突然、時代遅れになってしまう今日、新製品を開発し新サービスを提供するには、創造的な思考が不可欠だ。右脳を助手席に座らせておくだけではいけない。右脳も左脳も運転席がふさわしいのだ。
アートと起業の関係について筆者が最初に調べたのは、テクノロジーの世界だった。この世界のリーダーたちは、アートとつながりを持っていることが多い。アートを手掛けている人、アートからインスピレーションを得る人、アートに囲まれている人などさまざまだ。
最初に紹介したいのは、ポール・グレアム氏である。彼はテクノロジーの世界で今日、多大な影響力を持つ優れたリーダーの1人だ。起業家にしてベンチャーキャピタリスト、そしてエッセイストでもある。
グレアム氏はアメリカの企業「Yコンビネーター」の共同創業者だ。同社は2005年にカリフォルニアのマウンテンビューで立ち上げられたアクセラレーターだ。アクセラレーターとは一般的に、起業家や創業直後の企業に対して、事業を成長させるための資金・人脈紹介・助言などの支援を行う組織をいう。
そしてアメリカの経済誌『フォーチュン』の言葉を借りるなら、Yコンビネーターは「世界最強のインキュベーター」である。Dropbox(ドロップボックス)やAirbnb(エアビーアンドビー)をはじめとするスタートアップ1500社以上に投資し、株式売却(イグジット)した企業の時価総額は850億ドルに達している。
だが、私が彼を面白いと思うのは、起業家・ベンチャーキャピタリストとして成功しているからではなく、絵画を学んだからだ。グレアム氏は、コーネル大学で哲学の学士号、ハーバード大学でコンピュータサイエンスの修士号・博士号を取得してから、絵の勉強をした。
ハッカーと画家は似ている
グレアム氏は若い頃からアートに情熱を抱いていた。伝えられるところによれば、博士号を取得後はコンピュータサイエンスで生計を立てつつ、絵を描いていこうと考えたそうだ。その思いは本物で、彼はイタリアのフィレンツェにある「アカデミア・ディ・ベッレ・アルティ」と、アメリカトップレベルの美術学校と言われる「ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン」で絵画を学んだ。このことについてグレアム氏はこう語っている。
「大学院でコンピュータサイエンスを修めた私は、絵画を学ぶために美術学校に入った。コンピュータに関心のある人が絵にも関心があると知って、多くの人は驚いた様子だった。ハッキングとペインティングは別物、つまり『ハッキングは冷静で、緻密で、論理的な作業、ペインティングは根源的な衝動に駆られた表現』と彼らは考えていたようだ。だが、このイメージはどちらも正しくない。ハッキングとペインティングには共通点が多数ある。実際、私はいろんなタイプの人を知っているが、非常によく似ているのがハッカーと画家だ」
自身もハッカーであり画家でもあるグレアム氏に、さまざまなアイデアを提供してくれたのは、計算理論ではなく絵画だった。ハッカーと画家の共通点は「何かをつくることを目指し、よいもの、美しいものをつくるためにインスピレーションを必要としていること」だ。
エアビーアンドビーは、ご存じのように民泊の仲介サービスだ。2017年11月時点の企業価値は310億ドルに達し、目覚ましい成長を遂げている企業の1つだ。世界190カ国以上で500万室を超える宿を提供している。
同社の設立の経緯は興味深い。共同創業者は3人だが、うち2人は先ほど紹介したポール・グレアム氏と同じく、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインを卒業したデザイナーだ。1人はグラフィックデザインと工業デザインを学び、もう1人は絵画の模写やデザインに関心があり工業デザインを修めた。2009年1月に3人は、グレアム氏率いるYコンビネーターの3カ月にわたるプログラムに招かれ、出資を受けた。
この当時、投資家が求めていたのは、プログラマーやエンジニア、MBAで、デザイナーやアーティストの立ち上げた会社に投資する人など、ほとんどいなかった。グレアム氏もエアビーアンドビーのコンセプトは買っていなかったが、同社の創業者たちに可能性を見いだしたのだ。創造的な素養も備えたグレアム氏だからこそ、一般的なスタートアップのイメージにとらわれずに、先を見通すことができたのだろう。
開発者をアーティストとして扱った
企業とアートの関係を語るうえで、アップルに触れないわけにはいかない。アップルは美しくエレガントなデザインと、革新的な製品でよく知られている。彼らはデザインをアートのレベルにまで高めた。
もちろん、このアップルの芸術的なDNAは、創業者のスティーブ・ジョブズ氏から受け継がれたものだ。ジョブズ氏はアイデア、テクノロジー、そしてアートを結び付けて未来を生み出した。意味と価値を持つものをつくり出すには、テクノロジーを創造性と結び付けるのがいちばんであることを、彼は誰よりもよく理解していたのだろう。
ジョブズ氏はアーティストとして振る舞い、アーティストの気質を持ち、アーティストの影響を受けた。彼のあこがれの人物は大半がクリエーティブな人々で、名声・名誉・仕事を失う危険を冒しながら、人とは違うことをやり遂げて、歴史の流れを変えた人物たちだ。
マッキントッシュ(マック)のデザインが決まったとき、ジョブズ氏は開発チームを招集してセレモニーを行った。その時、彼はチームのメンバーをアーティストとして扱った。「本物のアーティストは作品にサインをする」。そう言って製図用紙とサインペンを取り出し、全員にサインをさせたのだ。初期のマックの本体ケースを開けると、内側にこのサインを見ることができる。
経営トップだけでなく、企業組織全体にアートの世界の発想を取り入れるには、「アートを教える」「アーティストと連携する」という方法があるが、ほかにもやり方はある。「アーティストを雇う」のだ。
テクノロジー重視の世界ではSTEM(科学・技術・工学・数学)を学んだ学生が求められているという話をよく耳にする。STEMの学位取得者はたいてい「文系」より簡単に仕事を見つけることができ、収入もいい。しかし、現在は多数の職種で自動化が進んでおり、ソフトウエア開発も例外ではない。設計書を基にプログラムを作る作業であるコーディングが自動化されていくと、エンジニアは必要とされなくなっていく。
人々が欲しいと思うモノを生み出す
もちろん今日、企業の根幹を支えているのは、多くの場合、エンジニアやソフトウエア開発者である。私が言いたいのは、彼らが今ほどは必要とはされなくなりそうだということである。それはAI化だけの問題ではない。STEMを学んだ学生の需要が減る理由はほかにもある。
Yコンビネーターは、「起業家は、人々が欲しいと思うものを生み出さなければならない」と説き続けている。何かを生み出すだけでは十分ではないのだ。しかし、これが一筋縄ではいかない。そして、こうした創造には「人間的な要素」がかかわってくる。
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人々が欲しいと思うものを生み出すには、機械ではなく、人間の性質を理解しなければならない。何が私たちをやる気にさせるのか、何が私たちを興奮させるのか、私たちは何を大切にしているのか。
アルゴリズムでこうした感情面を説明するのは難しい。説明するには、「人々のことをよく理解している人々」こそが必要なのだ。
製品やサービスは人々のためのものである。テクノロジーは人のために役立てるものであり、その逆ではない。
そして、人に正しく役立てるには、人文科学やアートの分野から人材を得て、「人の心理」を理解する豊かな能力を発揮してもらわなければならないのである。
(翻訳:小巻靖子)
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提供元:世界の経営者たちはなぜ「アート」を学ぶのか|東洋経済オンライン