2024.02.09
「運動神経」を向上させる脱力トレーニングとは?|身体の力みを解消すればケガも防げる
パフォーマンスを向上させるカギは「脱力」することにあります(写真:Luce/PIXTA)
いわゆる“運動神経”が良くなるためにはどのようなトレーニングをすればいいのでしょうか。国内外の多くのプロアスリートに指導を行ってきた中野崇さんは、「力の抜き入れを今よりも緻密にコントロールして、自分の身体を意のままに動かせるようにする“脱力スキル”が必要です」と言います。そんな「脱力」スキルは適切なトレーニングによってアップできるそう。
中野さんの著書『最強の身体能力 プロが実践する脱力スキルの鍛え方』よりそのトレーニング法をお伝えします。
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「脱力」できない人の3つの弊害
身体の力みは、知らず知らずのうちにパフォーマンスの不調を引き起こしたり、ケガを誘発したりするため、解決策が見つけにくくなる傾向にあります。
「身体の力み」が具体的にどのような影響を及ぼすのか、代表例を挙げましょう。
<弊害1>頭でイメージしたとおりの動きができない
身体を動かすとき、私たちは目に見える動きだけに注目しがちですが、たとえば「走る」というシンプルな動き一つをとっても神経、筋肉、骨、意識が複雑に絡み合って動いています。
野球のバッティングの動作を見てみましょう。
ボールをとらえ、打ち返すまでにバッターは次のような一連の動作をしています。
(1)ピッチャーのフォーム・腕の振り・ボールの軌道から、到達タイミングとコースを予測する
(2)予測に合わせてスイングのタイミングを指令
(3)軸脚の足部で体重を感じつつ、軸脚、特に股関節・骨盤周りの筋肉を中心としてスイングの準備状態を形成
(4)その状態を保ちつつ、重心移動し前脚を踏み出す (このとき腰が早期に回り始めないように制御する力を発揮。この力の拮抗状態を「割れ」といい、パワーとタイミング調整の両方に深く関与します)
(5)肩甲骨および背骨・肋骨を使って骨盤の動きを制御 (急回旋の準備状態でもあります)
(6)おもに股関節の動きを起点として骨盤・背骨を急回旋させつつ、それを両肩甲骨から腕へと伝達させ鋭いスイングを放つ
バッティング一つをとっても、腕だけでバットを振るのではなく、腰(股関節)や下半身(両脚)、さらには肩甲骨、腕が連動し、コースとタイミングに対応しつつ鋭いスイングが実現しているのです。
『最強の身体能力』P.31より
サッカーやバスケットボールでも同様です。
脚を使ってボールを蹴るだけではキラーパスや正確なシュートを打つことはできませんし、腕だけでパスの位置やボールの勢いを調整することもできません。
私たちはよく、運動ができる人のことを「運動神経がいい」、もしくは「センスがある」と言いますが、脳からの指令(神経伝達)を身体で的確に再現できるからこそ、ハイパフォーマンスにつながるのです。
「身体の力み」があると、脳からの指令がスムーズに伝達されなくなり、頭でイメージしたことを時間的・空間的に高い精度で再現するのがむずかしくなります。
この状態で「練習が足りないからだ!」と努力を重ねても、残念ながら効果的な解決策にはならないことがほとんどです。
身体の力みはセンサーの感度を鈍くする
<弊害2>ケガや不調を起こしやすい
私たちの身体には筋肉の伸び縮みや緊張状態、皮膚感覚といった、身体の状態を感覚として教えてくれるセンサーが備わっています。
このセンサーを専門的には体性感覚と呼びます。もう少し詳細に筋紡錘や圧受容器などという組織もあるのですが、それらも含めて「体性感覚」と呼称しています。
たとえば、自分の脚がどの方向に、どれぐらい伸ばされているのかは、目で直接見なくてもある程度わかるのではないでしょうか。これはセンサーが働いているからです。
日常の動きも含めて、私たちはこのセンサーからの信号を利用して動作を形づくっています(トップアスリートはこの精度が非常に高く、ほとんどの人がわからないぐらい小さな角度の違いを鋭敏に感じ取ることができます)。
たとえばフィギュアスケートでの美しい手足の動きや、手をどれだけ伸ばせば(足をどれだけ踏み込めば)ボールをキャッチできるかなどの「感覚」は、このセンサーの働きがもとになっています。
身体の力みは、このセンサーの感度を鈍くしてしまいます。センサーの感度が低下すると、自分自身がどういう状態にあるかというフィードバックの精度が悪くなるので、おのずと身体の反応は鈍くなります。
さらに問題なのは、センサー感度が低下するとケガを誘発してしまうことです。たとえば肉離れは筋肉の力を抜くとき、すなわち筋肉が伸びないといけないときにうまく力の抜き具合が調整できずに、筋線維が断裂するのが基本的な原理です。
脳や脊髄から「伸びましょう」という伝達が入ったとき、瞬時に脱力し、筋肉の緊張が抜ける選手はケガをしませんが、そうでないと肉離れを起こしてしまいます。
このさじ加減を握っているのもセンサーなのです。
センサーの感度が重要なのは、スポーツ選手に限りません。たとえばこんな経験はありませんか?
・自分では足をしっかり上げて歩いているつもりだったのに、なにもない平坦な道でつまずいてしまった
・まっすぐ立っているつもりなのに、写真で見ると傾いていた
・気づいたら肩や腰が緊張していた
さまざまな原因が考えられますが、こういったことに身体の力みが大きく関与している可能性は高いといえます。
呼吸はパフォーマンスに大きな影響を及ぼす
最後に3つめの弊害について解説します。
<弊害3>呼吸が浅くなり、さらに緊張を高める
ご存じのとおり、肺には筋肉がないので、自ら膨らんだり、しぼんだりすることができません。そのため、私たちが呼吸をするときには肋骨やその周囲にある筋肉、そして横隔膜を動かすことで空気の出し入れをしています。
横隔膜が収縮して下がると、胸郭(肋骨などで囲まれた部分)が膨らみ、肺の中に空気が入って息を吸うことができます。反対に、横隔膜が緩んで上がると胸郭がしぼみ、肺の中の空気が出て息を吐くことができます。これが呼吸のしくみです。
ストレスにさらされている現代人は、さまざまな原因による緊張によって横隔膜や肋骨の動きが制限され、「呼吸が浅い状態」にあります。
浅い呼吸状態だと酸素を取り込む能力が低下して、疲労回復能力が落ちます。さらに副呼吸筋といわれる肩や首の筋肉を使って呼吸しようとすることで、肩こりなどを引き起こします。
呼吸が浅い状態とは、簡単にいうと、気持ちよく深呼吸ができない状態です。吐くときに吐ききれない感じや、吸うときに詰まる感じがあれば要注意です。
また、深い呼吸をすることで横隔膜や腹横筋、骨盤底筋群、多裂筋(この4つを合わせてインナーユニットといいます)を働かせ、腹圧を高めることができます。
腹圧とは腹腔内部にかかる圧力のこと。これを高めることができれば、筋肉に頼らずともコルセットのように体幹を安定させることができます。
また、腹圧により体幹が安定することで、腕や脚を動かす際の土台としての機能が向上します。つまり、腰などに過剰な緊張を生み出すことなくしなやか、かつパワフルな動きができるメリットが得られるようになるのです。
このように、息の吸い方・吐き方は一般的に考えられている以上にパフォーマンスに影響します(精神面への影響も含む)。そのため、呼吸法をトレーニングに取り入れるアスリートは多く、私自身も非常に重視しています。
ストレッチで力を抜く感覚を練習する
このような余分な身体の力みを排除する「脱力スキル」を養うために、私は「脱力トレーニング」を提案しています。
脱力トレーニングの基礎である“フェーズ0”の次に行う“フェーズ1”のトレーニングではストレッチを利用します。
ストレッチはその名のとおり筋肉を引っ張って伸ばして、柔軟性を高めるのが一般的ですが、脱力トレーニングにおけるストレッチの「目的」は少し異なります。
脱力トレーニングにおけるストレッチは可動域を広げるものではなく、力を抜く感覚を練習するためのものです。可動域は“結果として”向上するという位置づけです。
各ストレッチで十分に筋肉が伸びた状態をつくったら、脱力し、筋肉の緊張を抜くことによって、筋肉が伸びていくことを感じるようにしてください。
伸ばすのではなく、「抜く」です。
絡んだヒモをうまくほどいたときのような、気持ちいい感覚をつくり出すように意識します。うまくできると、可動域がその場でどんどん広がります。
このタイミングで腹圧が不十分だとほどける感覚が生まれません。この感覚が見つからない場合は、フェーズ0の腰腹呼吸をストレッチポーズのまま行うようにしてみましょう。次に、伸ばそうとしている筋肉以外の部位の力みを探します。
伸ばしていない部位を軽く動かしてみてください。きっとほかの部位にも力みが見つかるはずです。見つかったら、腰腹呼吸しながらまた抜いていきます。
感知したらすぐ脱力する。
これを繰り返していくと、「自分は単に筋肉を伸ばそうとするだけでもこんなに力んでいたのか」ということが発見できると思います。
経験則ではありますが、「抜く感覚」がつかめると、通常のストレッチ方法よりも柔軟性は早く、かつ安全に向上します。
・ストレッチを毎日やっているのに柔軟性アップの実感があまりない
・パフォーマンスにつながっている感じがしない
・ストレッチで身体を痛めたことがある
こんな人にもこの方法はおすすめです。
肩甲骨・背骨・股関節周りの筋肉を伸ばすストレッチ
今回は、具体的なストレッチ系の脱力トレーニングをひとつご紹介しましょう。
背骨・股関節脱力の感覚を習得する「コモドストレッチ」です。
『最強の身体能力』P.122-123より
コモドストレッチは肩甲骨・背骨・股関節周りの筋肉を同時に伸ばすことができるとても便利なストレッチです。
ポーズが少し複雑で、慣れるまでは全身に力みが起こりやすいのでていねいに行いましょう。伸びていると感じている部位はもちろん、そのほかの部位も力みを探して力を抜いていってください。これ以上抜いたらポーズを保持できないというギリギリのところを目指すのが脱力スキル向上のコツです。
<ここをチェック>
・3は無理やりひじを伸ばそうとせず、肩をしっかり床に近づけることを優先
・うまく脱力できると、全身が沈んでへそが床に近づいていく
運動スキルがなかなか上がらない、ケガが多いと感じている人は、ぜひ脱力トレーニングを取り入れてみてください。
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提供元:「運動神経」を向上させる脱力トレーニングとは?|東洋経済オンライン