2023.12.05
薬の保険適用で変わる「肥満は自己責任」の考え方|運動や食事でもやせられない「病気」という認識
日本でもついに始まった薬による肥満治療。専門家が「肥満治療薬」について解説します(写真:freeangle/PIXTA)
11月15日、厚生労働省はデンマークのノボノルディスク社(以下、ノボ社)が開発したセマグルチド(商品名:ウゴービ)を肥満治療薬として薬価収載を了承した。毎週1回皮下注射する薬で、11月22日から保険適用となった。多くのメディアが報じたため、ご存じの方も多いだろう。
世間では「ダイエット薬」として関心を集め、すでに医薬品卸からは品切れが報告されている。本稿では、肥満治療薬の現状について解説したい。
一升瓶2本半の重さが減る
肥満治療薬が注目を集めたきっかけは、セマグルチドを用いた糖尿病の研究に参加した患者の多くで、体重減少が確認されたからだ。
2021年3月、権威あるイギリスの『ランセット』誌に掲載された国際共同研究には、Body Mass Index(BMI)が27(キログラム/平方メートル、以下略)以上の2型糖尿病患者が登録されたが、セマグルチドを投与された群では、体重が平均で9.6%減っていた。
BMI27は、身長170センチだと体重78キロに相当する。ちょうど、筆者くらいの体格だ。それで体重が7.5キロ、一升瓶2本半の重さが減るのだから、体の負担は軽減される。
問題は糖尿病がない肥満患者に投与した場合に、どうなるかだ。これについても、複数の臨床研究の結果が報告されている。
2021年3月、権威あるアメリカの『ニューイングランドジャーナル』に掲載された臨床研究では、BMI30以上、あるいは27以上で高血圧、高脂血症、睡眠時無呼吸、心血管疾患などの合併症を有する1961人の患者を無作為に2群に分けて、セマグルチドとプラセボ(偽薬)を投与したところ、セマグルチド投与群では投与開始から68週の時点で体重が14.9%も減っていたという。プラセボ群の体重減少は2.5%だから、効果は明らかだ。
セマグルチドの体重減少を示した臨床研究が掲載された『ニューイングランドジャーナル』
副作用の低血糖が起こりにくい
一般的に、これまでの糖尿病治療薬には低血糖の副作用がある。脳は糖分(グルコース)しかエネルギー源として利用できないから、血糖値が下がるとふらふらし、ときに意識を消失することもある。致死的になることもある。
セマグルチドは低血糖の副作用が少ない薬剤と考えられていたが、糖尿病ではない人に投与した場合の安全性は確立していなかった。
薬の副作用は、実際に患者に投与してみないとわからない。つまり臨床試験をするしかない。糖尿病がない肥満患者に対するセマグルチドの安全性については、複数の臨床試験が実施され、いずれの臨床試験でも、重大な副作用が報告されなかった。低血糖についての一定のコンセンサスが確立しているといっていい。
低血糖以外の副作用についても、あまり心配する必要はなさそうだ。
糖尿病の治療を目的として、オゼンピックという商品名の注射剤、リベルサスという商品名の経口剤が、ノボ社より販売され、わが国でも日常診療で使用され、健康保険が使える。ノボ社以外にも、イギリスのアストラゼネカ、フランスのサノフィ、アメリカのイーライリリーなどが同様の薬を開発・販売し、日本以外の国々では使用されている。
いずれも長い使用歴があるもので、服用者の3~4割の患者に悪心や下痢などの消化器症状を起こすが、多くは我慢できる範囲で、基本的に安全であることがわかっている。今回、わが国で承認されたセマグルチドも大きな問題を起こす可能性は低い。
世界では続々と新薬が誕生
世界中で肥満が問題になっている昨今、製薬企業にとって肥満治療薬は有望な市場であり、実際、世界中の製薬企業が開発に参入した。そして、続々と新薬が誕生し、新たな研究成果が報告されている。
例えば今年7月、イーライリリーは同社が販売するチルゼパチド(商品名:マンジャロ)を投与した肥満症患者の体重が26%減少したという研究成果を発表した。セマグルチドをはるかにしのぐ効果である。
11月11日には、ノボ社が開発したセマグルチドを投与された患者は体重を9.3%減らすだけでなく、心筋梗塞や脳卒中の発症を20%減らしたという研究成果が、『ニューイングランドジャーナル』に発表された。
どうやら、肥満を解消するだけでなく、脳や心臓を守り、健康寿命も延長しそうだ。
さらに、今年5月にはノボ社がセマグルチド経口剤(リベルサス)を用いた臨床試験で、体重減少率が15.1%であったと報告した。これは注射剤(ウゴービ)と遜色ない成績である。経口剤は注射剤と比べて患者への負担が軽く、はるかに便利だ。早晩、わが国でも経口剤の使用が認められ、利用者は増えるだろう。
このような研究の進歩は、患者にとって素晴らしいことだ。それは、薬物治療は日常生活への制約が少ないからだ。
肥満をはじめ生活習慣病の治療の基本は、運動と食事である。ただ、それらを続けるのが難しい。
2019年4月、アメリカの研究チームは、セマグルチドなどと比べると作用は弱いが、体重減少効果が証明されているメトホルミンという経口薬と食事・運動療法の効果を比較した臨床試験の14年間のフォローアップの結果を、『アメリカ内科学会誌』に発表した。
この試験ではメトホルミン群の22%が体重減少を維持していたが、食事・運動療法群では5.9%だった。多くが途中で挫折したようだ。
この結果には、多くの読者が納得できるのではなかろうか。よほど意志が強い人でなければ、長期にわたり食事・運動療法を続けるのは難しい。少なくとも筆者には無理だ。
筆者は高血圧があり、3カ月に1度、血液検査を受けているが、食事を節制するのは検査結果を知ってから1~2週間程度だ。それを過ぎると元に戻ってしまう。筆者には、「人生を楽しみながら、健康体重を維持できる」という肥満治療薬を選択するほうが魅力的に見える。
セマグルチドの承認は、わが国の多くの肥満患者にとって福音だ。今後、処方を希望する人が急増するだろう。
痩せた人の「ダイエット」は対象外
ただ、ここでご注意いただきたいのは、安全に減量できることが確認されているのは、高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病を合併するBMIが27以上の人か、このような合併症にかかわらずBMI35以上の人たちだ。
肥満で悩む多くの中高年は、この基準を満たすかもしれないが、単にやせたい、ダイエットしたいと希望する若年者には当てはまらない。
彼らへの有効性や安全性は、今後の研究にゆだねられる。もし、ご希望の方がおられたら、ネットでの個人輸入などで購入することなく、まずは医師に相談いただきたい。最新の研究成果を踏まえ、親身になって相談にのってくれるはずだ。
これまで肥満は、過食や運動不足の結果と考えられ、患者は暗に自己規律の欠如を批判され、肩身の狭い思いをしてきた。ところが、近年の研究により、肥満には遺伝や環境など、さまざまな要因が影響していることがわかり、肥満を高血圧や高脂血症と同様に扱おうと考え方が変わってきた。
高血圧や高脂血症も、過食や運動不足が影響するが、難治例に対して薬物療法を行うことを問題視する人はいないだろう。治療薬の登場により、今後は、肥満もそのような生活習慣病の1つと扱われるようになるだろう。
肥満患者にとって朗報である。
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提供元:薬の保険適用で変わる「肥満は自己責任」の考え方|東洋経済オンライン