2023.11.16
五十肩の痛み解消でやりがち「肩回し」に潜む危険|発症の原因には「2つの問題」が関わっていた
ある日突然痛みが出て、肩が動かしにくくなる五十肩。痛みを取り除き、動かせるようにするために。つい肩回しをしがちですが……(写真:buritora/PIXTA)
さしたる出来事もないのにある日突然痛みが出て、数カ月から年単位の間、肩が動かしにくくなる五十肩。日常生活でもかなりの不便を強いられる病気だけに、できるだけ早く痛みを取り除き、動かせるようにしたい。
そのためにはどうしたらいいか。肩関節のスペシャリストである東京スポーツ&整形外科クリニック院長の菅谷啓之医師に話を聞いた。
肩関節は、人の体の中でもっとも大きく動かせる関節だ。
五十肩は、この肩関節の周辺に炎症が起こって痛みが生じ、動かしにくくなってしまう症状のこと。発症するのは片側が多いが、利き腕がなるとは限らない。40~50代で発症する人が多いことから、五十肩(もしくは四十肩)という俗称が使われている。男女比は1:2で女性に多いそうだ。
「もちろん30代でも60代でも五十肩になります。最近は発症する年齢の幅が広くなったように感じています」(菅谷医師)
五十肩の原因は「なにもない?」
そもそも五十肩はなぜ起こるのか。「実は、発症のきっかけがはっきりと特定できないことが多い」と菅谷医師。そしてこう続ける。
「逆に言うと、本人が気づかないような、日常のふとした動作がきっかけで起こるのが五十肩で、ぶつけた、転んだなど、明らかなケガで起こるものは五十肩とはいいません。また、病気によって引き起こされたものや、骨の変形によるものも違います」
“なにもきっかけがない”のに起こる。
実はそれこそがミソで、発症の原因となるものは、知らず知らずのうちに体の中に作られているらしい。菅谷医師は、五十肩の原因は、加齢による肩の腱板の質の劣化に加え、運動不足や姿勢が悪いことによる胸郭(きょうかく)の硬さがあると考える。
腱板とは、肩甲骨と上腕骨をつないでいる組織。繊維状で板のような形をしており、骨にくっついていて、肩関節を安定させる。
菅谷医師によると、「腱板は、加齢によってわずかな傷がついたり、しなやかさが失われたりするなど、質の劣化が起こりやすい組織」だという。劣化するにつれて肩の可動域は狭まり、若いときのような動きがしにくくなる。
スマホの使い方も要注意
こうした腱板の劣化に加え、姿勢の悪さが五十肩のリスクを上げる。
昨今、仕事でデスクワークをしている人が多いが、そういう人のなかには背中が丸まったまま長時間、机に向かっているケースが少なくない。スマホを使っているときに猫背になっているケースも同様だ。心当たりがある人は多いだろう。
こうした姿勢を続けると、成人では約4~6kgもあるといわれる重い頭を支える背骨のS字カーブが崩れ、骨盤の角度も正しく保てなくなる。ゆがんだ骨格を支える筋肉は酷使され、過剰に緊張し、硬くなってしまう。
特に、胸郭(胸椎、肋骨、胸骨で囲われた部分)の硬さが肩に直接影響を及ぼすと、菅谷医師。胸郭の動きが悪い状態で腕を無理に動かそうとすると、腕と肩甲骨に付着している腱板が引っ張られ、さらに傷がつきやすくなる。
つまり、五十肩は肩だけの問題ではない、ということだ。
手や腕を使うとき、肩から先だけが動くと思っている人が多いが、それは実は間違いだという。実際は肩甲骨、鎖骨、肋骨、背骨、骨盤も動く。若いうちは筋肉が柔軟なので、それらが自然に連動するが、加齢や運動不足によって硬くなると、連携しづらくなる。そうした状態で腕を動かすことで肩関節に負担が集中し、炎症が起こると五十肩になる。
「当院に来られる患者さんによくよく話を聞くと、車の運転席から後部座席の物を取ろうとしたとか、運動不足を解消しようとジムで肩を動かすトレーニングをしたとか、ちょっとした行動から症状が始まっていることがほとんどです」(菅谷医師)
さらに症状を悪化させるのは、痛みを解消しようと、より一層、腕を動かそうとすること。動かすことで炎症はひどくなり、痛みが増す。クリニックには、腕が上がらなくなった、痛くて眠れないなど、症状がひどくなってから来る人が多いそうだ。
「五十肩は症状が軽いうちから治療を始めたほうが早く治ります。痛みがある期間を短くすませるためにも、痛み始めたときに一度、肩を専門に診る病院へ行っていただきたいと思います」(菅谷医師)
五十肩になったら肩を無理に動かさず病院で診てもらう、ということなのだが、予防はできないのだろうか。
前述したように五十肩の原因は、腱板の質の劣化と胸郭の硬さ。加齢による質の劣化は避けることができないが、胸郭の柔軟性を保つことはできる。胸郭が硬くなる理由は、運動不足や姿勢の悪さ(長時間同じ姿勢をし続ける)などだ。
「若くても運動習慣がなく、座りっぱなしの生活をしている人は五十肩予備群です。実際、20代、30代で五十肩になる人もいます。若いから治りは早いけれど、同じ生活をしていたら再発します。左右交互に五十肩になったという人もいます」(菅谷医師)
肩こりがある人は五十肩予備軍
肩こりがある人も要注意。肩こりがあるということは、肩甲骨周りの動きが制限され、筋肉が硬くなっている証拠だからだ。
胸郭の柔軟性を保つためには、動かすことが大事。気がついたときにストレッチをする、同じ姿勢で作業を続けず、30分に1度程度は伸びをする、背中を丸める、伸ばす、捻るなどで背骨を動かす対策を(ストレッチのやり方は「肩のスペシャリストが推奨するストレッチ法」をご覧ください)。肋骨を広げたり閉じたりできる深呼吸も有効だ。
「肩のスペシャリストが推奨するストレッチ法」 ※外部サイトに遷移します
運動は、ウォーキングやストレッチなどの軽い運動でも十分。
姿勢改善に効果があるといわれるヨガやピラティスなども有効だが、自己流は危険だ。人によって可動域や筋力が異なるため、無理して伸ばしたり曲げたりするとケガをする危険性があるからだ。
少なくとも最初は動画などを見てやるのではなく、インストラクターやトレーナーのもとで正しいやり方を学び、安全に行うことが大切だ。
「何より大切なことは、たまにやるのではなく、習慣化することです。常によい姿勢でいなければいけないということではなく、よい姿勢を取ろうとしてもできない状態になってしまうことが問題です」(菅谷医師)
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五十肩になってしまったら、つらいのは間違いない。しかしそれは気づきを得るいい機会ととらえるべきだと菅谷医師。姿勢の悪さや体の硬さを改善するチャンスだからだ。
「そこで改善できたら、その後はずっと若々しさを保つことができます。大切なのは、自分の体の状態に敏感になること。少しでも痛いな、おかしいなと思ったら、病院で診てもらうようにしてください。バランスのよい食事や睡眠も大切です。睡眠時間が短い人は痛みがなかなかとれません。きちんとした生活が送れている人のほうが、治りは早いです」(菅谷医師)
(取材・文/石村紀子)
東京スポーツ&整形外科クリニック院長
菅谷啓之医師
1987年千葉大学医学部卒業。年間肩肘手術600件、年間外来診察1万2000名以上をこなし、多くのプロスポーツ選手やオリンピック選手などのトップアスリートから一般患者まで広く診療する。ハイレベルな理学療法と関節鏡手術を駆使して診療を行っている。学術面では、英文著書論文約100編、日本語著書論文は300編を超える。例年国内外での講演を多数行い、2017年10月には第44回日本肩関節学会を主催した。2020年9月、東京スポーツ&整形外科クリニックを開設し、2022年10月には一般社団法人日本肩関節学会の理事長に就任。
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提供元:五十肩の痛み解消でやりがち「肩回し」に潜む危険|東洋経済オンライン