2023.08.17
10年で売上2倍!「漢方薬」がいま受け入れられる訳|医薬品不足や健康志向が追い風、一方で誤解も
コロナや薬不足のなか注目されているのが、漢方薬ですが、誤解もあるよう。専門医が正しい漢方について、解説します(写真:Ushico/PIXTA)
ようやく社会はコロナ以前の日常を取り戻しつつある。しかし、新型コロナウイルス感染症は国内で目下第9波を迎えており、昨年、今春に引き続き、解熱薬や鎮咳薬(咳止め)の需要が逼迫している。
需要が大幅に伸びた漢方薬
代わって着目されたのが漢方薬だが、こちらも需要が大幅に増え、昨年夏には漢方薬メーカーは出荷制限に踏み切る事態となり、現在も一部の製品が入手しづらい状況になっている。読者の皆さんの中にも、新型コロナウイルス感染症に罹患して、病院で漢方薬を処方された方もいらっしゃるだろう。
漢方薬は適切に用いることで、病気の治療だけでなく、健康の増進にもつながる。そこで本稿では、漢方薬とはどういうものかについて概説したい。
漢方薬については、コロナ禍に加えて、2017年より「セルフメディケーション税制」がスタートしたことや、近年の健康志向も相まって、処方薬のみならず、処方箋を必要としない一般用医薬品の漢方薬の売り上げもこの10年で倍増している(日本漢方生薬製剤協会『漢方製剤等の生産動態』より)。
このように漢方薬への需要は高まっているものの、西洋医学的な治療とどのように使い分けられているのか、どのような場面で使うと効果的かといった点は、医療者の間であっても実は十分に知られていない。
また、一般の方では「味が苦い」「効きにくい」などのイメージも先行しがちである。
そもそも漢方って?
漢方という名前は、16世紀に入ってきた蘭方に対する命名で、古代中国由来の医学を指す。漢方は、数千年の歴史を持つ中国の伝統医学で、日本には遣隋使や遣唐使により伝えられ、日本独自の発展を遂げた。
そのため、現在の日本の漢方(和漢ともいわれる)は、現代中国における伝統医学である中医学とは考え方や、処方・用語の使い方が異なる。
漢方薬はさまざまな効能をもつ生薬(しょうやく)の組み合わせから成る。生薬とは、植物の葉、茎、根などや鉱物、動物のなかで薬効があるとされる一部分を加工したものだ。
現在、日本では健康保険で使える医療用の漢方薬は148種類ある。
ドラッグストアや薬局で市販されている一般用の漢方薬の多くは、医療用漢方薬と構成する生薬の種類は同じだが、安全性を考慮して成分量が3分の2程度に減量されている(最近は減量されていない、満量処方も出てきている)。
漢方薬をとりあえず試したい場合は市販の漢方薬でも構わないが、自分に合った漢方薬を選ぶためには、漢方専門医がいる漢方外来への受診を勧める。なお、漢方専門医は日本東洋医学会や日本臨床漢方医会のホームページで検索できる。
■日本東洋医学会のホームページはこちら ※外部サイトに遷移します
■日本臨床漢方医会のホームページはこちら ※外部サイトに遷移します
続いて、漢方医学と西洋医学の考え方の違いについて紹介する。
病気の 原因を明らかにして治療するのが得意な西洋医学では、治療のターゲット(病名)が明確な場合に効果を発揮する。だが、明確な病名がつかない場合、西洋医学的な治療ではあまり良い選択肢を提供できないことが多い。
おそらく読者の皆さんの中にも、体の不調から病院を受診したものの、検査に異常がないという理由で「何でもない」と言われた方もいらっしゃると思うが、それは西洋医学的な視点では仕方ないことなのである。
これに対して漢方は、病気の原因がはっきりしないなかで、症状を癒やすことができる漢方薬を試行錯誤で見つけてきた歴史から、病名のつかないような症状に対応することが得意である。
例えば「冷え」に関していうと、西洋医学では対応が難しいが、漢方では四肢末端型、全身型、寒熱錯雑(かんねつさくざつ)といったタイプに分類し、熱の産生を促す附子(ぶし)や、乾姜(かんきょう)といった生薬を含む、多数の漢方薬が準備されている。
急性上気道炎(いわゆる風邪症状)に伴う発熱では、一般に解熱鎮痛剤が使用されるが、漢方では「証(病人の状態や治療の指標となるもの)」という漢方的なものさしに合わせて、麻黄湯(まおうとう)、葛根湯(かっこんとう)、桂枝湯(けいしとう)、麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)、香蘇散(こうそさん)などで、きめ細かに対応していく。
最近では、新型コロナウイルス感染症の後遺症「Long COVID」の症状改善にも漢方薬が用いられていている。
また漢方薬は、臓器別を超えて全人的に対応する(心身一如:しんしんいちにょ と言う)ことが可能である。
高齢者はしばしば複数の身体の不調に対して、複数の診療科から多数の薬剤を処方されるが、漢方的な視点で診療することで薬の種類を減らし、高齢者の薬剤費の削減につながる例も報告されている。
例えば、神経障害を伴う糖尿病、前立腺肥大症、腰痛症を有する高齢男性を西洋医学的に治療しようとすると、糖尿病は内科、前立腺肥大は泌尿器科、腰痛症は整形外科を受診し、各科から多数の処方を受ける。
一方、漢方では腰痛、排尿困難、全身倦怠感、冷え、目のかすみは腎虚(じんきょ)と捉え、八味地黄丸(はちみじおうがん)1種類で対応し、薬の数を減らすことができる。
「医食同源」と「未病」を重視
既に症状のある患者に対してだけでなく、漢方では「未病」といって、身体に病的な症状が表れる前に微妙な体調の変化を察知し、早期に対策を講じることも大切にする。「医食同源」として食養生を重視し、漢方の問診では、体を冷やしてしまう砂糖を摂りすぎていないかなど、食生活も確認する。
2022年に株式会社アイスタットが実施したアンケート調査によると、漢方薬のイメージでは、「即効性がなさそう」が34.0%で最も多かった。
だが、これは必ずしも正しくない。風邪などの急性疾患に対する漢方薬は、数時間から数日以内の効果発現が期待される。一方で慢性経過の症状を改善するには時間がかかり、目安として2~4週間で何らかの変化が見られるようになる。
漢方薬は飲み方も大切だ。
よく使用されるエキス剤は複数の生薬を煎じた液を乾燥させて粉末化したもので、いわばインスタントコービーのようなものだ。お湯に溶かすことで、漢方薬特有の香りが出て、効能も上がると考えられている。
風邪のひき始めで、寒気と関節痛が強い時期に、麻黄湯や葛根湯、麻黄附子細辛湯を服用する際には、湯に溶いて飲むのがポイントだ。
対して、胃腸炎で五苓散(ごれいさん)を処方された場合、嘔気(吐き気)が強いときには冷服といって、一度湯に溶かしてから冷やして少しずつ口に含むことが勧められる。漢方薬は抗がん剤の副作用の緩和にも使用されるが、嘔気が強い場合は凍らせて少しずつ舐める場合もある。
漢方薬にも副作用はある
漢方薬は「自然のものからできる生薬なので安全」というイメージがあるかもしれないが、特に一般医薬品として漢方薬を服用する場合、副作用には注意が必要だ。
よく知られている副作用では、小柴胡湯(しょうさいことう)による間質性肺炎(免疫が過剰に活性化して自身の肺を攻撃する病気)、黄芩(おうごん)を含む漢方薬による肝機能障害などが挙げられる。
近年、ダイエット目的で使用されることの多い防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)も黄芩を含有しており、長期的に使う場合は血液検査を受けることが望ましい。
桂枝(けいし)や人参(にんじん)・黄耆(おうぎ)による湿疹、婦人科でよく処方される加味逍遙散(かみしょうようさん)などに含まれる山梔子(さんしし)は、5年以上内服を続けると腸管膜静脈硬化症(腸の血液の流れが悪くなり、腸が炎症を起こす)を発症することがある。
甘草(かんぞう)に含まれる成分は、副腎のアルドステロンというホルモンに類似した作用を示し、むくみや高血圧を発症することもある。麻黄(まおう)の有効成分のエフェドリンは、動悸や排尿障害を生じることがある。
漢方は西洋医学と対立するものではなく、補完的な働きをする診療である。体全体のバランスが整った状態である「中庸(ちゅうよう)」を目指す漢方は、病気の生物学的なメカニズムに対処するのが得意な西洋医学と組み合わせることで、最良の医療を提供できる。
先人から受け継がれてきた漢方医学を上手に利用して、日々の健康管理に役立ててほしいと思う。
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