2023.06.27
食事の栄養バランスが心配な人に伝えたい極意|5つの栄養素さえ適量摂っていれば概ね問題ない
人間の食欲は必要な栄養素に対応している(写真:metamorworks/PIXTA)
人間をはじめとして生物は「食べて」いかなければその生命を保つことができない。その食欲は一体何が生み出しているのか。
シドニー大学の世界的栄養学者2人が「人類の食欲の謎」に迫った『食欲人』から一部抜粋、再構成してお届けする。
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第1回:「食欲の謎」を追った科学者が見つけた意外な真理(6月2日配信) ※外部サイトに遷移します
第2回:バッタの食欲を調べ尽くした科学者が達した答え(6月9日配信) ※外部サイトに遷移します
第3回:カロリーばかり気にする人が知らない栄養の全貌(6月16日配信) ※外部サイトに遷移します
味は「栄養の種類」を示す
食欲を理解するうえでまず注目すべきは、私たちの食べるすべてのものに、自然がそれぞれまったく異なる味や風味を与えたということだ。
たとえば人間にとって、焼けた肉の塊は一握りのベリーとはまるで味が違うし、ベリーはみずみずしい濃緑色の葉とも違う味がする。
これほどの多様性は、偶然ではあり得ないし、また食事中に私たちを飽きさせないために多様な風味が存在するわけでもない(その働きはたしかにあるが)。
こうした特徴的な風味は、食品中の化学成分、すなわち栄養素を指し示しているのだ。
タンパク質、脂肪、炭水化物が、エネルギーを供給し、そのほかの重要な機能を果たすうえで、それぞれ異なる役割と意味をもっていることを考えれば、それらを判別し、食品に含まれているかどうかを知る能力を、自然が私たちに授けたことはなんら不思議ではない。
この能力はあって当たり前のように考えられているが、これがなければ誰一人として今この世に存在していない。この能力があるからこそ、私たちはどの栄養素がどの食品に含まれているか、何を食べるべきか、避けるべきかを知ることができる。
私たちは適切な食べ物を探す必要性があるからこそ、糖に心地よい甘みを感じ、タンパク質豊富な食品にあの舌鼓を打つようなおいしさ、日本人のいう「旨み」を感じ、脂肪にコクのあるバターのような食感と風味を感じるのだ。
この能力がなければ、いったいどうやって栄養素を区別できるというのか?
主要栄養素を味で判別できるのは、もちろん動物界でヒトだけではない。また一部の動物は意外な場所に味覚器をもっている。
メスのクロバエはバッタと同様、糖とアミノ酸の味を足や腹部の先端で感じ、それを頼りに、(少なくとも人間に)嫌悪感をもたせるものを選び、その上に卵を産みつけて幼虫を育てる。
これを気味が悪いと思う人は、私たち人間も口の中だけでなく、腸にも味覚受容体をもち、食物が消化の過程で分解される間も栄養素を追跡していることを忘れてはいけない。腸は両端に開口部があり、前端で食物を味わうのと同じように、その全長にわたって食物を追跡し続ける。
そして栄養素が腸で吸収されて血流に入ってからも、肝臓や脳を含む様々な器官に分布する味覚受容体が検出を続ける。また脳にある「食欲制御中枢」という神経回路は、血流と肝臓、腸からの信号を収集して、空腹感と満腹感を引き起こす。
あなたは「舌以外」でも味わっている
人間は主要栄養素だけでなく、無機塩を含む一部の微量栄養素を検出できる味覚器も、舌をはじめ全身にもっている。
味や風味は、どれがどの食物で、それぞれにどの栄養素がどれだけ含まれているかという情報を提供する。これらは、最適な摂取を「外側」から知る方法だ。この情報をもとに、動物は何を食べるかを決めることができ、そのことの重要性は今さら強調する必要もないだろう。
だが動物にとってそれと同じくらい重要なもう1つの情報は、味と風味から知ることはできない。すなわち、動物がその時々に各栄養素をどれだけ必要としているかだ。
この「内側」から知る方法をつかさどるのが、食欲システムである。
食欲は、満腹になるまで食べるよう動物を駆り立てる、たった1つの強力な欲求だと見なされがちだが、それはまちがっている。
バッタが教えてくれたように、単一の食欲では、栄養素をバランスよく組み合わせることはできない。体が要求する一つひとつの栄養素を追い求めるには、それぞれに別々の食欲が必要だ。
だがその一方で、動物の生体システムは複雑になりすぎると効率的に機能できない。
この理由から、生存と健康に必要な数十種類の栄養素の一つひとつに特化した食欲をもつわけにはいかない。そんなものがあったら何かを食べるたびに頭がおかしくなってしまう。
それに代わるものとして、バッタにはタンパク質欲と炭水化物欲の2つの食欲があることを、私たちは明らかにした。
ではヒトのようなより複雑な種についてはどうだろう? 人間に必要な食欲はいくつなのか?
いや、こう問い直したほうがいいだろう。人間が生存し健康でいるためには、最低でいくつの食欲があればいいのか?
答えは、5つのようだ。5つの食欲があればいい。それは、次の栄養素を摂取するよう駆り立てる食欲だ。
・タンパク質
・炭水化物
・脂肪
・ナトリウム(塩)
・カルシウム
これらは3つの主要栄養素と、2つのとくに重要な微量栄養素だ。またこれらは私たちが食物の中で味を識別できる栄養素にぴったり一致する。
これらの食欲が、一見不可能な難題をじつに鮮やかに解決してくれる。私たちの食欲は、特定の風味に照準を定め、生存に必要なものだけを食べるためのガイドになるよう進化したのだ。
なぜ「5」なのか?
これら5つの栄養素(「ビッグ5」と呼ぼう)が進化の過程で選び出されたのには、特別な理由がある。
第一に、これらの栄養素は、非常に正確な――多すぎず、少なすぎない――水準で食事に含まれている必要がある。
第二に、これら栄養素の濃度は食品によって大きく違う。たとえば米からタンパク質の要求量を得ようと思ったら、ステーキよりずっと多くの量を食べる必要がある。
第三に、これら栄養素の一部は、私たちの祖先が暮らしていた環境ではめったに見つからなかったので、それを探し出すことに特化した生物学的な仕組みが必要だった。
たとえば、ナトリウムとカルシウムは、かつて非常に希少だったため、それぞれに専用の食欲と味覚受容体が割り当てられた。
人間以外の動物にとっても、これらの栄養素は貴重だ。ゴリラは十分な塩分を摂取するために樹皮さえ食べる。ジャイアントパンダにとってカルシウムはとくに重要で、繁殖に十分な量を得るために長距離を移動する。
そのほかの重要な栄養素――ビタミンA、C、D、E、K、B1(チアミン)、B2(リボフラビン)、B3(ナイアシン)、B5(パントテン酸)、B6、B7(ビオチン)、B9(葉酸)、B12、それにミネラルのカリウム、塩素、リン、マグネシウム、鉄、亜鉛、マンガン、銅、ヨウ素、クロム、モリブデン、セレン、コバルトなどについてはどうなのか?
なぜ人間はこれらの食欲を発達させなかったのだろう?
1つには、これらの栄養素はふだん食べているものに豊富に含まれるため、ビッグ5さえ適量を摂取していれば、自然とこうした栄養素も得ることができるからだ。おかげで、私たちは山ほどのややこしい計量や計算をせずにすんでいる。
空腹感に「胃の膨れ具合」は関係ない
ここまでの説明はとても理に適っているように思えるかもしれない。だが専門家の間でさえ、つねにこのように考えられてきたわけではない。
食欲という言葉は過去600年以上にわたって、日常会話でも専門家の議論でも、ほぼ同じ意味で用いられてきた。
早くも1375年にはスコットランド出身のジョン・バブアーが、饗宴についての詩のなかで「食欲以外の調味料はいらない」と詠んだ。ちなみにこの考えは、「食欲は最高の調味料」ということわざとして今も残っている。
少しあとの1398年に詩人のチョーサーが、「食欲不振は病気の前触れである」と述べて、旺盛な食欲は健康の証だとした。そして1789年にはベンジャミン・フランクリンが、「おいしいものは滋養になる」という言葉で、食欲と栄養ニーズを結びつけた。
食欲が科学の研究対象になったのは、最近になってからのことだ。すべてはある重要な疑問から始まった。体の中の何が空腹感を引き起こすのだろう?
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1912年に唱えられた初期の説は、「グウグウ仮説」と呼ばれた。この説によれば、食欲のスイッチになるのは「胃の膨れ具合」だ。空腹で収縮した胃の壁がこすりあわされてグウグウ鳴ると空腹のスイッチが入り、満腹になるとスイッチが切れるというわけだ。
グウグウ仮説にとどめが刺されたのは、胃がない人にも空腹感があることが示されたときだった。がんや腫瘍の治療で胃を切除した患者も、空腹時のあの胃の痛みを感じ続ける。
その後も、体内の様々な尺度が、食べるべきタイミングを知らせるとする仮説が提唱された。「温度定常説」は、動物は体を十分温めるエネルギーを得るために食べ、過熱しそうになると食べるのをやめるというもの。そのほか、血糖値が重要な尺度だとする「糖定常説」や、体脂肪をもとにした「脂肪定常説」、血液中のアミノ酸濃度に注目する「アミノ酸定常説」があった。
これらは明らかに異なる考えだが、どの説も、食欲と体が必要とするものを結ぶリンクとして、食事を構成する要素――エネルギー、糖、脂肪、またはアミノ酸――を特定したという点では同じだった。
(次回は6月30日配信)
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提供元:食事の栄養バランスが心配な人に伝えたい極意|東洋経済オンライン