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2023.06.15

正しさより「優しさを選ぶ人」人生のゴールが違う|がんの悩みを乗り越えた人が手にする生き方


なぜ、がんで苦しむことで人間関係が良くなるのか?(写真:8x10/PIXTA)

なぜ、がんで苦しむことで人間関係が良くなるのか?(写真:8x10/PIXTA)

がんの人のほとんどが、親子、夫婦、身近な人との人間関係の悩みで苦しみます。この意外な事実の裏に、人間関係を好転させるカギが隠されています。病理医として約1万人の患者のがんを見てきた経験を生かし、「がん哲学外来」を無償で開いて、5000人以上の患者やその家族と対話を続けてきた樋野興夫医師。患者と家族の苦悩を知り、独自の哲学を切り拓いてきた樋野医師が、がんの人が苦しむ人間関係の悩みを解説し、がんがもたらすピンチをチャンスに転換して人生を好転させるヒントと、そのための言葉を紹介します。

ほとんどの人は親を3分間ホメられない

「あなたの親のことを3分間ホメてください」

私は面接などの機会で、若い人に、そんなリクエストをすることがあります。すると、たいていの人は初めの2分から2分半は親をホメるんですが、最後のほうで、「ただし、こんな欠点があって……」と付け加えてしまうんです。どうしてもホメるだけで終わることができないんですね。

確かに、人間には誰しも欠点がありますし、いくら親のこととはいえホメっぱなしではいけないような気がしてきます。「客観的じゃない」とか「身びいきだ」とか言われて、自分への評価が下がると心配してしまうんですね。

けれど、いくら事実であっても、他人の前で、「欠点がある」と言われれば、その人は傷つきます。たとえ親であってもそうです。事実を指摘することは客観的で公平な態度であったとしても、人を傷つける行為であることに変わりはありません。

逆に、最後まで親の欠点を言わない人はかなり珍しい。その人は、人を思いやる気持ちの強い人だとわかります。身びいきだ、人物評価が公平じゃないと批判されるリスクを冒してでも親を傷つけないことのほうを選んだんですから。

では、実際にそんな質問をされたら、客観的であることと、人を傷つけないこと、どちらを選ぶべきなんでしょうか。

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自分の損得で言うのなら、客観的であることを選んだほうがいいでしょう。

でも、もし人間関係を良くするのなら、人を傷つけないことのほうが大切です。「正しいことよりも優しいことを選ぶ人」は、好かれるからです。

ただ、それがわかっていても、自分への評価を気にすると、なかなか実行できないというのが現実でしょう。

けれど、がんになると考えが変わります。死を意識するようになるからです。

がん患者の悩みは人間関係の悩み

がんのことを語り合うはずの「がん哲学外来」の場で私に、

「がんになった母との関係で困っていて」

あるいは、

「夫が冷たいんです。がんよりもそれがつらい」

といったふうに、人間関係の相談をしてくる人がよくいます。実は、がん患者の悩みの多くは、人間関係の悩みなんです。

これまでがんとあまり縁のなかった人には、「人間関係なんてがんとは何のつながりもないだろう」と思われがちですが、実はそうでもないんです。がんをきっかけに、それまで当たり前だと思っていた日常生活にほころびが生じるからです。

例えば、両親のがんをきっかけに、親子関係が揺らいでしまい、それまでの関係ではいられないことがあるんです。

まず、親の看病をどうするか、同居を考えなくてはならないのか、といった問題が現実的になってきます。すると、否応なく、親と自分との関係が問い直されるんです。

そして、今の自分の暮らしを犠牲にしても親を助けるのか否か、そんな残酷な選択を迫られることも珍しくありません。

さらには、親が死ぬかもしれないという不安が襲ってきます。なにしろ、それまでは、いて当たり前だと思っていた人がこの世からいなくなるかもしれないのですから、大げさに言えば、自分がそれまで住んでいた世界が崩壊するような心細さを感じる人もいるんです。

このように、がんという病気の発覚をきっかけにして、親子の関係が揺さぶられるわけです。

夫婦関係についてもそうです。

「あんな冷たい人だとは思わなかった」

と、自分ががんになったとき、それまでは大して気に留めていなかった夫や妻の性格が耐えがたいと感じる人は多いんです。

がんになると人間関係の悩みが起こる。意外かもしれませんが、これは事実なんですね。

30代、40代はがんとの付き合いが始まる世代

がんになると人間関係で悩む理由がもう1つあります。それは、がんという病気が、年齢を重ねるごとに、少しずつ自分の世界へと近づいてくるからです。

若い人の多くにとって、がんは遠い世界の出来事のように思えるかもしれません。けれど、30代を過ぎる頃になると、知人友人から「近しい人が、がんになった」という話をときどき聞くようになります。

30代、40代というのは人間関係が広がっていく時期です。職場では中堅と認められる時期で仕事の質も量も上がり、それとともに職場の内外での付き合いが急に忙しくなります。また、プライベートな面についても、結婚すれば親戚が急に増えますし、子供ができれば子供の友達の親御さんたちとの付き合いが増えます。

こうして多くなった同世代の友人知人たちの中に、「身内ががんになった」という人がちらほらと現れ始める時期なんです。がんのリスクは誰にでもありますから、知人が増えればその周辺にがん患者が出る確率も増えるからです。

でも、たいていの人にとって、このころはまだ、がんは他人事という感じでしょう。けれど、さらに年齢を重ね、知人ではなく自分自身の身内が「がんになった」と発覚すると、もう他人事ではすみません。

「困った。どうしよう」

と悩むことになります。先ほども触れたように、親子の人間関係の実態を、改めて自覚させられるからです。

こんな病気ですから、まるで少しずつ、

「おまえも、いずれがんになるんだぞ」

と警告されているようなもので、その存在が近づいてくるたびに、自分のより身近な人たちとの関係を問い直されるんですね。

そして、さらに年齢が重なると、今度は自分にがんが見つかるかもしれないわけです。そうなると、もう「困った」どころではない。

「死ぬかもしれない」

という恐怖に襲われます。すると、今度は自分自身の配偶者や子供たちなどとの人間関係を揺さぶられるんです。

このように、がんというのは、年齢が進むと、少しずつその存在を意識せざるをえなくなっていく病気ですから、この特徴ゆえに、人間関係で苦しむという結果がもたらされやすいわけなんですね。

けれど、ただ苦しむだけではないんですよ。不思議かもしれませんが、がんで苦しむことで、逆に、人間関係が良くなることも多いんです。

苦しみの向こう側に、楽は必ずある

人間はいつか必ず死にます。そんなことは誰でも知っていますが、日常生活でそれを意識することはほとんどありません。

ところが、がんになると否応なく、

「いつか自分も必ず死ぬ」

という事実を目の前に突きつけられ、恐怖に襲われるわけです。

私は、がんを告知されて死の恐怖に打ちひしがれている人に、よくこう言うんです。

「いつか死ぬのは確実です。でも、いつ死ぬかは確率でしかありませんよ」

いつ死ぬかなんて、誰にもわかりません。そんなわからないことのために、生きている今を台無しにするのは残念じゃないですかと、暗に問いかけてみるんです。

すると、たいていの人は少し落ち着きます。そして、これをきっかけに自分がいつか死ぬという事実を受け入れられるようになるんですね。

死を過度に恐れなくなると同時に、人生観も変わります。

「何のために生きているのか」

と考えるようになるからです。

死の恐怖は孤独の恐怖でもあります。自分一人で死んでいかなくてはならない寂しさを思うからです。

けれど、その孤独感から抜け出すとき、自分以外の人が居てくれることの大切さに気付くんです。そして、自分の身近な人を傷つけてまで自分の評価を上げても仕方がないと思えてくるんですね。

「いつか死ぬのは確実。でも、いつ死ぬかは、ただの確率」

という言葉を納得して、「正しいこと」よりも「優しいこと」を選べる人になると、自然に、それまでよりも人間関係が良くなるんです。

がんになると、ほとんどの人は人間関係で精神的に苦しい思いをします。けれど、それを乗り越えれば、逆に人間関係の面で楽になるんですね。

苦しみの向こう側に、楽は必ずあります。

それを信じてください。きっと、人生が好転しますから。

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提供元:正しさより「優しさを選ぶ人」人生のゴールが違う|東洋経済オンライン

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