2023.03.28
【悪夢】頻繁に見る人に潜む病と「脳のカラクリ」|怖い夢には「抗ストレス作用」があるという説も
怖い夢を見てハッと起きる――。そんな経験をした人も多いのではないでしょうか(写真:AKIRA/PIXTA)
「受験で失敗する夢を見る」「何かに追いかけられる夢を見る」――。このような悪夢にうなされて、ハッと目が覚めた。そんな経験をしたことがある人も多いのではないのだろうか。運動などで睡眠の改善を図っても、悪夢を繰り返し見る場合は、もしかしたら重大な病気が潜んでいるかもしれない。
精神科医で、早稲田大学睡眠研究所所長の西多昌規さんに、悪夢を見るメカニズム、悪夢を見ることで考えられる疾患について話を聞いた。
人はなぜ悪夢を見るのか。それを知るためには、まずは睡眠の仕組みを理解する必要がある。
睡眠の仕組みについて
私たちが眠りについて目が覚めるまでの間には、レム睡眠と、ノンレム睡眠という2種類の睡眠状態が繰り返されている。
レム睡眠は、眼球がキョロキョロと動く急速眼球運動(Rapid Eye Movement)の頭文字から名づけられている。この間、体は休んでいるものの、脳は活動している。
一方、ノンレム睡眠はレム睡眠の逆で、体だけでなく脳も休息している。ノンレムはさらに「まどろみ期(ごく浅い睡眠)」「軽睡眠期(寝ていても、何かの音に気づいて起きることがある)」「深睡眠期(ちょっとやそっとでは寝覚めない)」の3つに分類される。
つまり、〈ノンレム睡眠(まどろみ期→軽睡眠期→深睡眠期)→レム睡眠〉が、1晩で4~5回繰り返され、夜明けになるにしたがってレム睡眠の持続時間が長くなる。
睡眠の経過とノンレム睡眠・レム睡眠(西多さんの提供資料を編集部で改編)
悪夢をあまり見ない人もいれば、子どもの頃から悪夢を見る人もあり、個人差がある。
では、なぜ悪夢を見るのか。それは、扁桃体と呼ばれる、恐怖心や不快感といった感情に深く関わっている脳の部位が、レム睡眠中に過活動になっているためだとされる。 これは過去のトラウマ経験を持つ人や、ストレスに晒されている人に見られる傾向だ。
悪夢は過去の経験を反映している。上司や学校の先生に怒られたなど、ショックな出来事があれば、その日に怒られる夢を見る場合もあるし、受験に落ちたなど、若いころに経験したことが悪夢として現れる場合もある。
「日本は受験に対するプレッシャーが強く、 受験に間に合わなかったとか、不合格だったなど、大人になってからも試験に関係する悪夢が多いですね」(西多さん)
ちなみに、4~5歳まではまだ人生経験が少ないため、夢の中身はシンプルで、悪夢もあまり見ることはない。悪夢を含めさまざまな夢を見るようになるのは、思春期で多感な年ごろになってからだそうだ。
また、睡眠時間が長いロングスリーパー気味の人や、昼間に寝て夜に活動する夜型の人のほうが、悪夢の発生率が高くなっている可能性もあるという。
「精神的に不調になると、睡眠時間が長くなる人もいます。この傾向は、一部の抑うつ状態の人にも見られます。睡眠時間が長くなると、睡眠の後半に出現しやすいレム睡眠の時間も長くなりがちです。昼まで寝ていると、レム睡眠が出現しやすくなります。起きがけに見る悪夢のため、その内容を覚えていることが多いです 」(西多さん)
悪夢=悪、とは限らない
悪夢は良くないものというイメージがあるが、一説には悪夢にはストレスを軽減させる抗ストレス作用があると言われる。したがって必ずしも“悪夢=悪”ではない。
だが、毎朝悪夢にうなされて起きるのは、大変つらい。悪夢を見ないようにすることはできるのだろうか。
たとえば適度な運動や、人との交流といった日中のストレス対策は、睡眠の質を改善し、悪夢の減少につながることがある。
西多さんによると、「悪夢を見ることが多いから」という理由で受診をする人はほぼいないという。ただし、悪夢を見ることで日中の仕事のパフォーマンスに影響が出たり、悪夢を見た本人が精神的なストレスを抱えていたりする場合は要注意だ。
「悪夢によって睡眠がとれなくなる、質が悪くなり、日中の生活に支障が生じているようであれば、脳の病気の可能性もあります。医療機関を受診してもいいでしょう」と西多さんは話す。
実は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の人は、悪夢を頻繁に見る傾向にある。
PTSDとはなにかしらのトラウマ体験があり、時間が経ってもフラッシュバックする精神疾患だ。震災で被災した経験や、交通事故を目撃してショックを受けたことで症状が出現する。またパワハラやいじめによって生じる複雑性PTSDもある。
患者の中には、トラウマ体験から外に出るのが怖くなって外出を避けるようになったり、否定的な感情が強くなって人付き合いができなくなったり、といった症状が見られる。さらには、うつ病を併発する患者もいる。
西多さんは外来を受診する患者の中で、繰り返し見る悪夢に加えて日中のフラッシュバックなどを伴っている場合は、PTSDを疑うという。
PTSDの患者の悪夢の内容は、PTSDに罹患していない人が見る、何かに失敗したり、何かに追いかけられたりするような悪夢とはやや異なる。
地震で被災したのであれば津波の夢、ハラスメントを受けたのであればハラスメントに遭った夢、といったトラウマ体験をリプレイするようなものだ。トラウマ体験に伴った悪夢がレム睡眠中に生じることで、覚醒後に強い恐怖感や不快感を覚えることが多い。
悪夢を見るPTSD以外の病気
悪夢に日々悩まされている場合は、PTSD以外にも、急性ストレス障害(ASD:事故や犯罪に巻き込まれて、一時的な強いストレスを受けることで発症。集中力の低下や、イライラ、動悸・呼吸困難になることも。1カ月以内には症状が消える)を疑うこともあるという。
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「職場や学校でのストレスであれば、悪夢を見ている本人もその原因に気がつきやすいですが、家庭でのストレス、たとえば親子関係や夫婦関係といったところになると、本人も気づいていなかったり、気づいていたとしても他人に言いづらかったりします」(西多さん)
悪夢を見ることが日中の仕事に影響を及ぼしたり、眠ることに恐怖感を覚えたりする場合は 、睡眠障害を専門とするクリニックなどの医療機関に行ったほうがよいだろう。
後編は、睡眠中に奇声を発する、暴力的な行動をする、など高齢男性に多い「レム睡眠行動障害」について、原因と治療法を紹介する。
(取材・文/若泉もえな)
早稲田大学スポーツ科学学術院教授、早稲田大学睡眠研究所所長、精神科医
西多昌規
東京医科歯科大学医学部卒業。ハーバード大学客員研究員、東京医科歯科大学大学院助教、自治医科大学講師、スタンフォード大学客員講師などを経て、現職。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会専門医、日本老年精神医学会専門医など。専門は睡眠医学、身体運動とメンタルヘルス、アスリートのメンタルケアなど。著書に、『休む技術』『休む技術2』(大和書房)、『悪夢障害』(幻冬舎新書)、『自分の「異常性」に気づかない人たち』(草思社文庫)などがある。
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提供元:【悪夢】頻繁に見る人に潜む病と「脳のカラクリ」|東洋経済オンライン