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2023.03.20

ヒト致死率53%「鳥インフル」から身を守れるのか|パンデミック現実味も「備蓄ワクチン」がない


鳥インフルエンザウイルスが世界に蔓延している(写真:midori_chan/PIXTA)

鳥インフルエンザウイルスが世界に蔓延している(写真:midori_chan/PIXTA)

鳥インフルエンザ(高病原性鳥インフルエンザ)の勢いが止まらない。感染力・致死率ともに高く、感染が判明した国内の養鶏場ではすべて殺処分となる。その数は過去最高の1400万羽に近づき、全国の採卵鶏の1割を超えた。

結果、「物価の優等生」と言われてきた鶏卵が42年ぶりの高水準まで爆上がりし、日本の食卓に混乱を引き起こしている。外食チェーンは卵メニューを続々と中止した。

42年ぶりの高水準 ※外部サイトに遷移します

そんな中、非常に気になるニュースが海外から飛び込んできた。「2月22日、カンボジアで11歳の少女が鳥インフルに感染して死亡、父親も陽性」というのだ。少女は16日に発症し、発熱、せき、喉の痛みなどを訴えていた。

ニュース ※外部サイトに遷移します

鳥インフルは野鳥や鶏などあくまで「鳥の病気」で、「卵や鶏肉の値上がりは困る」くらいの認識だった人が大半だと思う。だが今、鳥インフルエンザウイルスは世界に蔓延し、人類に限りなく迫っている。

次なるパンデミックがますます現実味を帯びてきてはいないだろうか?

人類に迫る「致死率53%」の脅威

実際、鳥インフルはアシカやミンク、キツネ、クマなどでも確認され、WHOは「ヒトを含む哺乳類への感染報告も増えている」と懸念を表明した。

今回猛威を振るっている鳥インフルのウイルスは「H5N1」と呼ばれる種類で、いわゆるA型インフルエンザの一種だ。実は最初に発生が確認されたのはもう30年以上も前で、以来、野鳥と鶏やアヒルなどの家禽類の間を循環してきたとされる。

初めてヒトへの感染が報告されたのは1997年の香港で、18人が発症し6人が死亡した。その後もヒトへの感染はたびたび報告され、重症化しやすいことが知られている(日本感染症学会)。

日本感染症学会 ※外部サイトに遷移します

潜伏期間はおおよそ2〜8日。初期の症状は季節性インフルエンザによく似ていて、38℃以上の発熱、せきや喉の痛み、筋肉痛、頭痛、鼻水などが見られる。肺炎を合併して急速に悪化し、発症から平均9〜10日目に呼吸不全により死亡することが多い。

厚生労働省によれば、全世界で2003~2022年12月までに868人が感染し、457人が死亡した。致死率は驚異の53%に上る。もっとも、発病して診断された人を母数とした致死率であり、もっと広く検査したら感染者がたくさんいて、実際の致死率はもっと低い可能性が高い。だが致死率が5%だとしても、それは相当危険なことには変わりがない。

厚生労働省 ※外部サイトに遷移します

これまでのところ、ほとんどの感染者は感染した鳥との接触が確認されていて、ヒト−ヒト感染は起きていないとされている。日本での感染例もない。

だが、このH5N1ウイルスが人類にパンデミックを引き起こす可能性は、今から10年以上前の『Nature』誌ですでに指摘されている。

『Nature』誌 ※外部サイトに遷移します

研究では、H5N1がくしゃみや咳で感染(飛沫感染)するようになる複数の変異を、フェレットを使った実験でつきとめた。フェレットは、ヒトでの感染の広がりを調べるのに最適な動物モデルとされる。

まず、2009年にパンデミックを起こした新型インフルエンザ「H1N1」ウイルスの一部の遺伝子を置き換え、「ハイブリッドH5N1-H1N1ウイルス」を作った。それをフェレットに感染させては取り出し、別のフェレットに感染させる……という実験を繰り返したところ、変異が生じ、飛沫感染しやすいウイルスが生じたという。

研究チームは、「飛沫感染しやすい変異型H5N1ウイルス」は自然界でも十分出現しうるとしている。鳥インフルウイルス(H5N1)も、特定の遺伝子に変異が生じればヒト−ヒト感染が始まる、ということだ。

日本にはワクチンの備蓄がない?

実際、2009年の新型インフルエンザ「H1N1」は、鳥類から豚を経てヒト−ヒト感染を起こすようになり、あっという間にパンデミックとなった。豚は、鳥インフルにもヒトのインフルにもかかるため、豚の体内で両者が出会って組み換えが起きたと見られている(なお、そのときのH1N1は、季節性インフルエンザとして今も存続している)。

身近な哺乳動物にまで広がり始めたH5N1が、同じようにしてヒト−ヒト感染しやすい性質を獲得するのも、時間の問題に見える。

「だとしても、日本は新型インフルのパンデミックを見越して、ワクチンを備蓄しているはず」という人もいるだろう。

確かに政府は、鳥インフルのH5N1ウイルスをベースとした「プレパンデミックワクチン」の製造を2006年に開始し、ハイリスク者や医療従事者への接種を想定して常に1000万人分以上を備蓄してきた。

ただし、さまざまな鳥インフルウイルスのうちどれが実際ヒト−ヒト感染を起こすようになり、パンデミックに発展するかは読みきれない。実際、日本政府が今備蓄しているプレパンデミックワクチンは、流行中の「H5N1」ではなさそうなのだ。

2018年6月の厚生科学審議会感染症部会で、「今後はH5N1でなく、H7N9ウイルスのほうが危機管理上の重要性が高い」との判断が下ったためだ。中国での鳥インフルエンザのヒト感染の動向を重視したという。

厚生科学審議会感染症部会 ※外部サイトに遷移します

すなわち2019年度以降は、「H7N9」プレパンデミックワクチンに漸次切り替わってきた。ワクチンは通常3年もつが、「H5N1」のほうはもうすべて廃棄されたに違いない。

というわけで政府の読みが外れそうな今、私たちはH5N1パンデミックに対し無防備だ。従来タイプのワクチンに頼っている限り、これからも常にそのリスクはつきまとう。

そこで期待が高まるのが、「ユニバーサル・インフルエンザワクチン」だ。あらゆる種類のインフルエンザをワンショットで予防しようという、文字通り「万能ワクチン」である。

万能「ユニバーサルワクチン」とは?

そもそも一口にインフルエンザといっても、分類上は200種類を優に超える(アメリカ疾病予防管理センター:CDC)。

アメリカ疾病予防管理センター:CDC ※外部サイトに遷移します

人類にパンデミックをもたらしうるA型インフルウイルスは、「H1×N1」など、HA(1〜11)とNA(1〜18)2種類の「亜型」のかけ合わせで、理論上11×18=198通りも存在する。そこからまたさらに細かく分岐していくのだ。また、B型インフルウイルスは、山形系統とビクトリア系統の2つに大別され、こちらも下流で枝分かれしていく。

そのうち、これまでに実際に確認されているのは約130種類で、差し迫った感染リスクと影響が見込まれるのは、20種類だという。

こうした分類上の違いは、そのまま「ワクチンの標的の違い」を意味する。つまり、インフルエンザをほぼ確実に予防したいなら、最低でも20種類の標的を狙う20種類のワクチンが必要、ということだ。

ところが従来の不活化ワクチンでは、20種類準備することは現実的でなかった。製造自体は不可能ではないが、インフルウイルスは変異しやすく、一方で不活化ワクチンは開発から大規模製造までには最低でも1年半以上の年月と労力、コストを要する。到底見合わない、という判断だった。

そこで毎シーズン、あらかじめ最も流行しそうな4種類に絞ってワクチンを製造し、混合して接種されてきた。そのため予想が外れて流行種と合致しないことも多く、ワクチンの効果が疑問視されてきた。

ユニバーサル・インフルエンザワクチンの開発競争に火がついたのは、2010年のことだ。アメリカ国立衛生研究所・アレルギー感染症研究所(NIH・NIAID)の所長だったアンソニー・ファウチ氏が、実現を目標として明言した。前年の新型インフルエンザ(H1N1)パンデミックがきっかけだった。

アンソニー・ファウチ氏 ※外部サイトに遷移します

とはいえ道のりは険しく、現状ではまだアメリカも従来の不活化ワクチン頼みだ。

もしH5N1パンデミックが発生した場合、アメリカ国内だけで少なくとも6億5000万回分(2回接種換算)のH5N1ワクチンを4.3カ月以内に調達する必要があるが、製造能力に専門家は危機感を募らせているという(The New York Times報告書)。

The New York Times報告書 ※外部サイトに遷移します

20価mRNAワクチンで鳥インフルもカバー?

それもここへきて急展開を見せつつある。新型コロナで登場した「mRNAワクチン」が、ワクチンの常識を変えようとしているからだ。

ウイルスそのものを培養しなければならない不活化ワクチンと違い、mRNAワクチンは化学合成で早く安く大量に作れる。実用化のうえで大きな強みだ。

昨年11月、アメリカペンシルバニア大学などの研究者チームは、20種類のインフルウイルスに対応した「20価インフルエンザmRNAワクチン」を開発、動物実験で有効性を確認できたと『Science』誌に発表した。

『Science』誌 ※外部サイトに遷移します

20種類のmRNAワクチンをそれぞれ作り、すべてを混合したうえでマウスとフェレットに接種したところ、重症化を劇的に予防し、死亡リスクを減らす効果が得られたという。

ただし、この場合の効果は感染予防ではない。また、20種類のうちにはH5N1も含まれるが、さらに細かく分類するなら現在流行中の鳥インフルウイルスと完全に一致しているわけではない。

それでもこの20種類混合ワクチンをフェレットに接種した後に、流行中の鳥インフルエンザに感染させる実験を行ったところ、その場合も重症化を防ぐ効果が確認できた。

実験 ※外部サイトに遷移します

これは新型コロナのmRNAワクチン同様、抗原・抗体反応の作用(液性免疫)だけでなく、細胞障害性T細胞の働き(細胞性免疫)が促されたことによる。

つまり、鳥インフルエンザに変異が生じ、ヒト−ヒト感染を起こすウイルスとなってパンデミックが発生した場合も、この20種混合mRNAワクチンなら迅速に準備でき、有効性が期待できるのだ。

これまで日本政府はずっと、国産インフルエンザワクチンにこだわってきた。国防の観点から必要なことではあるのだろう。

だが、いざという時、従来ワクチンでは対応が追いつかない可能性が高い。国内インフルワクチンメーカーは果たして次世代ワクチン、あるいはそれに匹敵するワクチンへと速やかにシフトできるだろうか。

「いざという時」は、想像しているよりもずっと近づいているかもしれない。インフルワクチンの生産・供給体制を根本的に見直す時期が、いよいよ来たように見える。

記事画像

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提供元:ヒト致死率53%「鳥インフル」から身を守れるのか|東洋経済オンライン

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