2023.03.09
ステージ3の大腸癌、42歳男性が得た「大切なもの」|再発や死の不安を軽くしたのは「仲間との走り」
健康だと思っていたら…進行がんを患った筆者が「病気と走ること」について語ります(写真:マハロ/PIXTA)
足を蹴り上げ、腕を大きく振る――。この「走る」というシンプルな動作に隠されている心とのさまざまなつながりを、プロランニングコーチの金哲彦さんがひもとく本連載。今回は自身の体験から「病気とランニング」についてお伝えします。
医療技術が飛躍的に進歩した昨今、「人生100年時代」といわれるようになりました。政府も新たな人生設計の構想会議を設置しています。
とはいえ、60歳あるいは65歳で定年退職して「あと40年あるよ」といわれても、実感が湧かない人のほうが多いのではないでしょうか。
確かに、日本の平均寿命は世界のトップクラス、健康寿命も徐々に伸びています。
しかし、それほど不摂生ではない生活をしていても、歳を取ればなんらかの病気になる確率が高くなります。しかも、加齢が進んでからの病気は若いころのものとは違います。がんや心臓病など、生命にかかわる重篤な病気になる可能性が増えるのです。
自分の健康を過信した結果…
筆者が知る限り「基礎疾患」がある人たちは、少なくとも自分に持病があることを意識し、健康に留意した生活を送っているような気がします。
やっかいなのは、「未病」です。未病にもいろんな意味があると思いますが、筆者が思い描くのは、「特段の自覚症状がないまま、体内の病状が進行している状態」です。
東洋医学では、病名がつかない「未病」でもなんらかの対処をします。たとえば、身体を温めることや漢方薬の処方などです。つまり東洋医学では「未病」も病気のひとつの状態だと考えているのです。しかし、西洋医学は違います。病名がついてはじめて病気だと判断し、そこから治療を始めます。そこが大きな違いです。
私は、42歳のときステージⅢまで進行した大腸がんを患いました。早期発見ではなかったのですが、幸い手術が成功し、転移や再発することなく現在に至っています。
大腸がんに気づいたのは、大量下血という明らかな症状があったからです。下血があるまで毎日のように走り、ハーフマラソンやフルマラソンのレースにも積極的にチャレンジしていました。運動をやっていない人と比べるとかなり健康的な生活を送っていたと思います。
診察したドクターから「ここまでがんが大きくなるには少なくとも3~4年はかかります。これまで、なにか自覚症状のようなものはありませんでしたか?」と質問されました。
確かに年に一度受ける健康診断で、「便潜血陽性」の診断結果が出ていました。しかし、とくに痛みや違和感などの自覚症状がなかったので、そのまま放置していたのです。
ランニング習慣があったので、体力も気力もすべてにおいて運動をしていない人より健康だと絶対的な自信を持っていたのです。この思い込みと過信こそが「未病」の怖さだと感じました。
がんになりやすい人は、喫煙、飲酒、運動不足、肥満、野菜不足、ストレスなどの生活習慣があるといわれています。私に当てはまるものは飲酒とストレスの2つです。
知らず知らずのうちにストレスが
30代後半、長年勤めていた会社を退職し、フリーランスになりました。やりがいのある仕事でしたが、慣れない仕事を休みなく続け、知らず知らずのうちにストレスがたまっていました。
日々のストレスで夜寝付けないのと、眠りの浅さが嫌で、毎日酔っ払うまでお酒を飲み、歯も磨かずにそのまま寝落ちしていました。いま振り返ると本当に愚かな生活習慣だったと反省しています。
ランニングという健康的な生活習慣の軸があったにもかかわらず、数年間にわたる身体をむしばむ別の生活習慣が、結果的に大腸がんを作ってしまったのだと思います。
大腸がんが見つかってから、すぐに開腹手術を受けました。42歳の夏のことです。集中治療室から一般病棟に移り、点滴で栄養をとりながら約2週間の入院生活。そして、3週間ぶりに口からものを食べられるまで回復し退院できました。次は自宅療養生活の始まりです。
在宅になってからの生活はというと、外出は軽い散歩程度だけで1日のほとんどをベッドの上で過ごしました。毎日のように走り、週末にはレースにチャレンジしていたランニング三昧の生活から考えると、まったく真逆の毎日です。
大腸がんの手術は成功しました。しかし、病理検査でリンパ節への転移が見つかっていました。退院後一番の心配は、大腸がんの再発と他臓器への転移です。「術後は2年が1つの山」と主治医から伝えられていました。再発も転移も、もしそうなれば次は命と向き合うことになります。
ベッドでは病気に関する本を読みあさりました。また、パソコンを開くたびにインターネットでがんに関する検索ばかりしていました。
「5年生存率」「10年生存率」など、がん患者が最も気にするデータをネットで何度も調べ、同じ病気で苦しむ人のブログを読んではため息をついていました。
そして、秋を迎えました。ランニングには最も気持ちのいい季節です。
手術前から3カ月以上、走ることはおろか歩くことさえあまりできていませんでした。筋力はすっかり衰え、青白い顔をし、どこから見ても病人の様相だったと思います。心の中からもがんの再発と死への恐怖が抜けることはありませんでした。
そんなある日、私の病気を知らないランニング仲間から「久しぶりに一緒に走りませんか?」と誘われました。がんの闘病を隠していたので断るのも変に心配されると思い、「少しならご一緒できます」と返答しました。そして、誘われた人と公園のなかを約4カ月ぶりにジョギングしました。
ごくごくゆっくりとした20分程度のジョギングでした。気持ちのいい空気、一緒に走る人との何気ない会話、筋肉が躍動し心臓が鼓動する感覚、すべてがこれまで味わったことのない感動でした。何十年も走り続けてきた私でさえ、生まれて初めての感覚だったのです。
死と向き合う毎日のなか、走ることで生きている実感と幸せを感じることができた瞬間でした。
ベッドの上で病気のことばかり考え、卑屈になっていた生活がその日から一変しました。がんの再発に怯えて病気のことをネガティブに考えるだけの生活を送るのではなく、何事にも積極的に動こうという決意に変わりました。
ランニングによって私は救われた
ランニング習慣があっても、がんから逃れることはできませんでしたが、ランニングによって私は救われたのです。
ところで、私たちの人生はどうやって終わるのでしょうか?
日本とアメリカの死亡原因上位は以下の表のようになっています。
日本は老衰で人生を終える人が増えたことが話題になっていますが、がんは相変わらずの1位です。
一方、アメリカ人の死亡原因1位は心疾患です。心疾患問題はアメリカ人の高カロリー&コレステロールな食生活が原因であるといわれていますが、有酸素運動による予防も効果的だといわれています。
実は、毎年12月に開催され、2022年に50周年を迎えた有名な「ホノルルマラソン」は、心疾患問題の改善が目的で始まりました。1973年、心臓病の専門医であるジャック・スキャッフさんが「心臓病のリハビリと予防のためには、LSD(長距離をゆっくり走る)、フルマラソンを走るのが良い」と提唱し、そのことがレース開催につながったのです。
ホノルルマラソンでは、今も完走制限時間や関門は設けられていません。
日本人ランナーにとっては「初心者でも、トレーニング不足でも完走できるゆるいマラソン大会」という位置づけになっていますが、現地のアメリカ人にとっては、心疾患の予防とリハビリが目的なので、完走制限時間や関門がないのは当然なのです。
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ランニングは健康を維持し、病気のリスクを下げることができると思います。しかし、私の経験のようにランニングをやってもがんにならない保証はありません。ランニングなどの運動を生活習慣のなかに取り入れて、長くなりつつはあるものの、限りある人生をどうやって病気と付き合いながら過ごすか。
与えられた運命や宿命を変えることはできませんが、考え方と行動を変えることで、人生をもっと豊かに輝かせることはできる。私はそう信じています。
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提供元:ステージ3の大腸癌、42歳男性が得た「大切なもの」|東洋経済オンライン