2023.03.06
心臓血管医が解説「大動脈解離から身を守る方法」|肥満のある40~50代男性と高齢者がリスク大
命に関わるというイメージのある大動脈解離とはどういう病気か、専門家に話を聞きました(写真:nonpii/PIXTA)
落語家でタレントの笑福亭笑瓶さん(66歳)が2月22日午前、大動脈解離のため死去した。笑瓶さんは2015年12月、千葉県のゴルフ場で同じ病気で倒れ、ドクターヘリで搬送されて治療を受けていた。
大動脈解離とはどのような病気なのか、予防法はあるのか、実際になってしまったときの治療法はあるのか――。大動脈解離治療のスペシャリストで、川崎幸病院院長で川崎大動脈センター創設者の山本晋医師に聞いた。
体の中でバリバリっと裂けるような鈍い音
今回、亡くなられた笑瓶さんが大動脈解離を初めて発症した約7年前の緊迫した状況は、認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)のインタビューでご自身が語っている。
「2015年12月29日、事務所の後輩の神奈月君と千葉県でゴルフをしていました。グリーンでピンをカップにさそうとしたときに、体の中でバリバリッと裂けるような鈍い音がして、今まで感じたことのない激痛が走ったんです」(認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワークHPより)
同インタビューでは、「痛みでまっすぐに立てなかったので支えてもらって、体をくの字にして何歩か歩いたところで倒れました」とある。その後、ゴルフ場でプレーしていた人に退避してもらい、芝生の上にドクターヘリが着陸。笑瓶さんは病院に運ばれ、ICU(集中治療室)に入り、処置を受けたと記されている。
結局、手術はせず、保存療法で2週間後の年明け1月14日に退院した。笑瓶さんは、「(以前は)チェーンヘビースモーカーでしたが、これを機にやめました」と語っている。
“死と隣り合わせの病気”というイメージがある大動脈解離。厚生労働省の人口動態統計調査によると、「大動脈瘤及び解離」の死亡者数は2021年では1万9351人(前年1万8795人)だった。2000年は8214人だったので、約20年で2.4倍近くに増えている。
「かつては高齢者に多い病気で、70代ぐらいの方にみられましたが、近年は当院の入院患者でみれば、高齢者が発症する例と、30~50代が発症する例とで、二極化しています。特にこれまでの治療経験でいえば、高齢者以外では“肥満のある、40〜50代以降の男性”に多いという印象があります」と山本医師は言う。
大動脈は、心臓から送り出された血液が全身へと流れていく通り道であり、血液量が非常に多い太い血管。心臓の左心室(体の正面から見た心臓の右側)を起点にまず上に向かい、Uターンして背中側に回りながら脳や腕に分かれていく。
大動脈の血管を輪切りにすると、内膜、中膜、外膜の3層になっている。大動脈解離は、内膜に入った亀裂から中膜に血液が入り込むことで、血管の層が分かれ、全身の臓器に血液が行き渡らなくなる病気だ。
その結果、2次的に心筋梗塞や脳梗塞が生じたり、肝臓や腎臓、腸などが虚血を起こして周囲の組織が壊死(えし)したりしていく。
大動脈解離は内膜が裂け、そこから血液が入り込む病気(イラスト:川崎幸病院川崎大動脈センター提供)
大動脈解離が怖いのは、ほとんどの場合、前兆がなく発症するところだ。
「突然、強烈な痛みに襲われます。そして、入り込んだ血液が腹部や下肢に広がることによって、痛みは胸から背中、さらには腹部へと移動していく場合があります。この“胸部から背部に起こる激痛”が大動脈解離の大きな特徴といえます」と山本医師。
また、この痛みが数分間という短い期間ではなく、30分~1時間以上続くそうだ。発症直後に意識を失うケースもある一方で、まれだが解離が起きても気づかない「無症候性」のものもあるという。
1時間経過するごとに死亡率は1%上昇
川崎幸病院は2003年、国内で初めて大動脈専門施設の川崎大動脈センターを設立した。同センターでは近隣都県を中心に大動脈関連疾患の患者を受け入れており、2022年の受け入れ患者数は907件にものぼる。
大動脈解離では、1秒でも早く治療を行わなければならない。というのも、1時間経過するごとに死亡率は1%上昇するといわれるからだ。手術ができなかった場合の死亡率は、発症から24時間以内が20%、48時間で30%、1週間で40%、1カ月で50%とされている。
「これは見方を変えれば、早い段階で適切な治療を受ければ命を救うことができるということです」と山本医師。
では、実際、大動脈解離ではどんな治療が行われるのだろうか。山本医師によると、「治療は解離が起こった場所によって変わる」という。
大動脈解離は、大動脈の上の部分(上行大動脈)の解離があるかどうかで、大きく2つのタイプに分かれる。
上の部分に解離がある場合は緊急手術が原則で、人工血管に置き換える手術(人工血管置換術)が行われる。同院での手術時間はおよそ5~7時間で、入院期間は2~3週間ほどになる。
対して、下の部分(下行大動脈)だけに解離がある場合は、手術をせずに保存療法を選択することもある。その場合は安静と血圧のコントロールが中心となり、約3~4週間かけて少しずつ運動量を増やしていく。
ただし、大動脈に5センチ以上の血管の拡大が見つかった場合は、拡大した血管が破裂する恐れがあることから、適切な時期に人工血管置換術などを行う。
川崎大動脈センター長・大島晋医師らが行っている手術(写真:川崎幸病院川崎大動脈センター提供)
治療後は、再発しないよう定期的に画像検査を行うことが必要だ。さらに、高血圧の人は血圧を下げるように、食生活の見直しなども行う。肥満がある人には、減量も指導する。体重にして4~5キロ落とすことで、血圧が下がるためだ。
保存療法を選んだ場合も同様で、退院後の定期的な経過観察は継続しなくてはいけない。解離を起こした部分がコブのような状態になることもあり、それが破裂すると命に関わるからだ。
予防についてはどうか。
「残念ながら、エビデンスに基づく予防法はありません」と山本医師。
「ただし、動脈硬化を促進する原因といわれる喫煙や高血圧、糖尿病、高コレステロール血症などをもっていると、大動脈解離にかぎらず循環器疾患全体の発症リスクが高まります。やはり、禁煙はもちろん、そのほかの持病に関してはしっかりコントロールしたほうがいいでしょう」
笑福亭笑瓶さんは12月と2月の、いずれも寒い時期に大動脈解離を発症している。これについて山本医師は、「確かに、気温が低い時期は気を付けたほうがいい。ただ、夏場も患者さんが搬送されることが多いので、暑くなる時期も注意が必要です」と話す。
親がこの病気になったら、自分もなるかもしれないと思う人もいるだろう。体質、遺伝的なところに関しては、マルファン症候群など一部の遺伝性の病気では遺伝するものの、おおかた遺伝はしないそうだ。
もちろん、この病気にかかった親と同じような生活(食生活など)をしている場合は、リスクが上がる。
どのタイミングで救急車を呼べばいいか
最後に、万が一、大動脈解離かもしれない症状が起こったらどうしたらいいか、山本医師に聞いた。
「まず、胸や背中に強い痛みが、数分以上続いたら、救急車を呼んでください。当院の場合ですが、3~4時間以内に緊急手術ができれば、多くの場合は救命が可能です」
そういう意味では、一刻も早く治療につなげるシステムが大事だといえる。調べてみると、
例えば、東京都には急性心血管疾患が生じたときに、速やかに患者を心血管集中治療施設(CCU)へ搬送するネットワーク機構「東京都CCUネットワーク」がある。2010年11月には、急性期の大動脈疾患に対して、より効率的な患者搬送システム「急性大動脈スーパーネットワーク」ができ、死亡者数の減少を目指している。
「循環器病対策基本法」5年前に成立
山本晋医師
国の取り組みに関しては、2018年12月に「循環器病対策基本法」が成立。心不全や血管病(大動脈解離はここに含まれる)、脳卒中を克服するため、医療体制の充実などが図られている。
いずれにせよ、大動脈解離について正しい知識をもって、万が一のときに迷わず素早く対応できるかどうかが大切だ。
天国に旅立った笑瓶さんが、はからずも大動脈解離という疾患を広く世の中に知らせるきっかけとなり、それに対峙する医療者がいることがわかった。さらには、命の尊さを教えてくれた。哀悼の意を捧げたい。
社会医療法人財団石心会 川崎幸病院院長/川崎大動脈センター創設者
山本晋医師
1986年に香川医科大学卒業後、日本医科大学救命救急センター、順天堂大学医学部附属順天堂医院、米テキサス心臓研究所心臓血管外科などでの勤務を経て、2003年に川崎幸病院に入職、同年に国内初の大動脈専門施設となる同院「川崎大動脈センター」新設に尽力、2018年同病院院長に就任。
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提供元:心臓血管医が解説「大動脈解離から身を守る方法」|東洋経済オンライン