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2023.03.06

「老いで記憶低下」はただの思い込みかもしれぬ訳|神経科学的研究では、脳細胞は年齢で減少しない


脳とモチベーションについて解説します(写真:metamorworks/PIXTA)

脳とモチベーションについて解説します(写真:metamorworks/PIXTA)

年をとると記憶力が低下すると思われがちですが、実は「近年、脳細胞が年齢で減少することはないと報告されている」と脳神経科学者の大黒達也氏は指摘します。加齢で記憶力が低下する原因は別にあるようです。大黒氏が解説します。

※本稿は大黒氏の新著『モチベーション脳 「やる気」が起きるメカニズム』から一部抜粋・再構成したものです。

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金銭などの報酬ではモチベーションを保つのが難しい

モチベーションに関わる脳への報酬について考えます。脳への報酬のタイプはさまざまですが、モチベーションにとって重要なのは、金銭や他者からの称賛など外部から与えられる「外発的報酬」と、知的好奇心など内から湧き起こるような「内発的報酬」です。

外発的報酬が過剰な適応を招き、結果として内発的モチベーションが低下することを示す研究があります。この現象は一般に「アンダーマイニング効果」と呼ばれます。心理学者エドワード・L・デシやスタンフォード大学のマーク・レッパー教授らの実験によって明らかになったものです。

もともとは知的好奇心や喜びのような内発的報酬によって行動していたものが、お金のような外発的報酬を与えることによって、いつのまにか内発的モチベーションが下がる現象です。最後には外発的報酬がないと、「やっても意味がない」と思うようになります。

ある有名な研究では、絵を描くとリボンと金色の星がもらえるという条件を子どもに与えると、どのような報酬がもらえるかわからない子どもよりも絵を描いて遊ぶ時間が短くなりました。事前にどのくらい報酬がもらえるかわかると、活動そのものに関心がなくなるのです。

外発的報酬は時間の経過とともに価値が低下し、将来的にモチベーションを保つことが難しくなります。

業務や作業を完了するなど、外発的報酬を得るための方法はある程度明確な場合が多いので、脳は報酬を得るために創造的な方法をあまりとりません。金銭的報酬を得るために独自なやり方をしては業務に支障をきたすおそれがあり、それよりは確実な手段でなるべく楽に終わらせたほうがいいでしょう。そのため、外発的報酬では不確実性の低い情報に目を向けやすく、かつ「収束的思考」をとる傾向にあります。

一方で、内発的報酬は未知の事象を理解することで得られるので、不確実性の高い情報に興味を持つようになります。よって、外発的報酬と比べると「拡散的思考」をとりやすくなります。外発的モチベーションでは、目標を達成するとそれ以上のことをしなくなるアンダーマイニング効果がありますが、内発的報酬は長くモチベーションを保てます。

素晴らしい音楽家になりたいなど何かを目指して努力してきたのに、いざ願っていた職業で稼ぐようになってみると、内発的モチベーションが失われるのもアンダーマイニング効果に近い現象といえます。「ここまで働けば、このくらいの成果が出る」と脳が学習した時点でその先の不確実性はなくなり、将来への期待感が失われるからです。

モチベーションをいつも維持できている人は、決まった仕事やいわれた仕事をこなすだけでなく、自分なりの課題を見つけ、解決していることが多いといえます。より高いレベルでのパフォーマンス発揮につながるため、結果的に周囲からの評価も高くなる傾向にあります。良いサイクルが生まれ、さらにモチベーションもアップするのです。

最低限の仕事しかしていないとモチベーションも下がる

対照的にモチベーションが低いときは、最低限の仕事しかしていないことが多くあります。最低限の仕事をしているときの脳は、不確実性がほとんどなくなった状態です。そのままの状態では不確実性の変化を認識しにくくなり、脳は飽きてしまいます。同時に、モチベーションもだんだんと下がっていきます。

内発的モチベーションを保ったまま行動を起こすには、脳への報酬の与え方も重要です。いわれた(不確実性の低い)仕事をこなし、脳に安心感を与えつつ新しいことにチャレンジするなど、必ず(不確実性の高い)新規なことを求めるよう心がけると不確実性のバランスがとれ、脳がストレスを感じない程度の適度な知的好奇心を保てます。

内発的報酬はモチベーションの維持に重要ですが、他方、脳にとって報酬を受け取る確率が高く安心感も得られる外発的報酬も必要であることに変わりはありません。金銭のような外発的報酬を与えられることで、やる気が出て業務を達成できるという効果もあります。これを一般に「エンハンシング効果」といいます。

短時間で目標達成をする際にも外発的報酬は役に立ちます。内発的報酬だけでは、目標(いつまでに何を終わらせるなど)の明確さが弱いため、報酬を得るまでに時間がかかることが多いのです。

どちらのほうがいいというわけではなく、状況によってうまく使いこなし、どんな状況においても両方のモチベーションがバランスよく含まれていることが大切といえます。

子どもは「新しいもの好き」の傾向があります。これを学術的に「新奇選好」といいます。幼いうちはすべての情報が新鮮なため、情報への先入観がほとんどありません。そのときの興味に依存して行動が決まるのです。

子どもはあらゆることに対して親に「なんで?」とたずねる時期があります。無知を恥じずにどんなことでも訊き、新しいことを知りたくてしかたありません。そういった意味で、子どもの行動は内発的モチベーションに満ちあふれているといえます。

その後成長するにつれ、脳の統計学習を通して問題に対する最適な解決法を会得するようになると、行動や選択において確実かつ効率的に行おうとします。経験も増えていき、それに基づいて物事を予測できるようになります。

うまくいった体験に基づいて同じものを選ぶクセがある

その一方で、意思決定に過去の成功体験が影響した結果、統計的に確率の高いものが選択される「プライミング効果」のようなことが脳内で起こります。確率の高いものは正解(成功)である可能性が高いからです。

このように、以前うまくいった体験に基づいて、人は無意識に同じものを選択するクセがあります。

こういった情報選択の方法は、無駄なエネルギーを消費せず処理効率を上げるという利点はありますが、慣れているもの、親しみのあるものばかりに目を向けると、いつまでたっても現時点以上の知識や情報を得られません。さらに、可能性の幅を狭めることにもつながります。

また、子どもの新奇選好による内発的モチベーションの向上に対して、成長後の最適で安全な情報の選択は外発的モチベーションを強くします。それによって、子どものようなワクワク感を得ることも難しくなります。

「自分はあまり記憶力がよくない」「勉強が苦手」などと思うことがあります。事実かどうかはさておき、そういった思い込みが学習能力を実際に下げている可能性があることが研究によってわかっています。

例えば「老い」がそうです。タフツ大学の研究チームによる実験では、「年齢による記憶力の低下」はただの思い込みが最大の原因ではないかということが示されています。

「思い込み」が記憶力を低下させている

この実験では、18~22歳の若者と60~74歳の年配者のふたつのグループを対象に、記憶力テストを行いました。実験は次の2種類があります。

記事画像

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実験1では、テストの直前に「これから記憶力テストを行うこと」「このテストは通常、高齢者のほうが、成績が悪い」という説明を実験参加者に伝えます。実験2では「これから心理学のテスト」を行うことを伝え、年齢や記憶に関しては何も言及しません。以下はテストの内容です。

たくさんの単語が書かれた「単語リストA」を見せて、なるべく多く記憶させる。「単語リストA」を見せたあとに別の「単語リストB」を見せ、「単語リストA」にも含まれていた単語を当てさせる。

その結果、実験1の正答率は、若者グループが48パーセントで年配者グループは29パーセントとなり、年配者のほうが悪い成績を示しました。実験2では、若者グループの正答率が49パーセント、年配者グループが50パーセントと年配者と若者との差がほとんどなかったのです。

出所:『モチベーション脳 「やる気」が起きるメカニズム』

出所:『モチベーション脳 「やる気」が起きるメカニズム』

この結果から、老いによって記憶力が衰えるというのは、ただの思い込みである可能性が示されました。そしてその思い込みが実際に、本人の記憶力を低下させているのです。「もう年だなあ」といってしまうことはよくありますが、それは思い込みで、神経科学的研究によっても、脳細胞が年齢で減少することはないと近年報告されています。

思い込みによる記憶力の低下によって、何か新しいことを覚えようとするモチベーションも低下しているかもしれません。

けれど、思い込みは必ずしも悪いことばかりではありません。自分の記憶力が低いという思い込みを持っている年配者は、「記憶できる量」はたしかに少なくなりますが、「記憶のまちがい」も減るそうです。

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「やる気が続かない人」に多いヤバい口癖6つ

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日本の高齢者は、なぜこうも「不機嫌」なのか

提供元:「老いで記憶低下」はただの思い込みかもしれぬ訳|東洋経済オンライン

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