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2023.02.25

「メールのccから外された」50代男性が働かない訳|「働かないおじさん」というレッテル貼りに苦悩


「働かないおじさん」は勝手に増えているわけではないのです(写真:metamorworks/PIXTA)

「働かないおじさん」は勝手に増えているわけではないのです(写真:metamorworks/PIXTA)

会社内でも下の世代との付き合い方に悩み、ときには「働かないおじさん」などと揶揄され、無力感と孤独を覚える50代。健康社会学者・河合薫氏はこれまで900人超にインタビューを行い、40歳以上の人たちの「誰にも言えない本音」を聞き出してきました。多くの事例から導き出した、健康社会学的に有効と思われる対処法を伝授します。

河合氏の新著『50歳の壁 誰にも言えない本音』より、一部抜粋・編集してお届けします。

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メールの「cc」から外される屈辱

私は“お荷物”ですか? 「働かないおじさん」という世間に流布する言葉は、ただの言葉ではありません。 人の内面に入り込み、周りに伝染させる威力を持つ、「呪いの言葉」です。

「あれこれ試してみたんですが、ダメですね。っていうか、客観的に見ると、私も何もしていないと思われているんじゃないかって。私がここにいること自体がお荷物なのか? 周りとか関係ないと思えば思うほど、気になってしまうんです」

こう切り出したのは、某大手企業に勤めていた白木さん(仮名)、50代の男性です。

白木さんは昨年、系列会社に出向になりました。役職定年をして、1年後の出来事です。片道、格安切符の辞令に、「ついに用無しか……」と落胆する一方で、「新天地はリセットするきっかけになる」と、決意を新たに意気込みました。

ところが、がんばれど、がんばれど手応えがない。自分に注がれる周囲の“まなざし”に自尊心が揺らぎ、真っ暗闇の回廊に入り込んでしまったそうです。

白木さん(50代男性)のお悩み

関連会社への異動の辞令が出たときはショックでした。人事部長は「営業を強化したいので、これまでの経験を生かしてください」と言うけれど、実際には「うちの会社にアナタの居場所はない」という最後通告です。
会社に迷惑をかける失敗をしたわけでも、損失を出したわけでもない。なぜ、私なのか? と悔しさ、怒りで混乱しました。
でも、その一方で、人事部長の言葉にすがる自分もいたんです。この1年間は屈辱の連続でしたからね。以前は、メールをチェックするために早めに出社したけど、役職を外れるとメールのccからも外される。露骨ですよね。
社外の人に連絡する事案もない、会う約束もない。今日中にやらなきゃいけない仕事もないし、会議もありません。なので、出向はリセットするチャンスだと、不思議とそう思えた。
河合さんのコラムに、50歳の最大の武器は暗黙知だって書いてあったので、それに背中を押されました。自分が長年培ってきた知見を新天地で最大限に生かそう。よし、やってやろう! って、意気込みました。
ところが異動してみると、現実はそんなに甘くなかった。営業強化って言われていたのに、実際は事業を縮小させるのが私の役目でした。不採算部門をなくして、人減らしをする。……最悪です。でも、私はこれ以上会社の言いなりになりたくなかったので、必死で争いました。どうにか結果を出して、事業縮小をとどまらせてやろうと思ったんです。
社内には、グループ会社から追いやられた社員や、役職定年で現場に舞い戻った人がかなりいたので、まずは、彼らのモチベーションを上げることから始めました。
責任ある仕事を任せたり、企画を出してもらったり。彼らに危機感を持ってもらいたかったので、話をする機会も積極的に作りました。自分ではあれこれ手を尽くしたつもりです。なのに、まったく手応えがない。想像以上に手強かった。私に敵意をむき出しにする人もいました。
で、ふと思った。あれ? ひょっとすると、私も彼らと同じなのか? って。自分ではあれこれやっているつもりでも、客観的に見ると、何もしていないと思われているんじゃないか? 私がここにいること自体がお荷物なのか? って。
周りとか関係ないと思えば思うほど、気になってしまって。もう、心が折れそうです。

10年前までは「追い出し部屋」に同情が集まったが…

やる気満々だった白木さんを苦しめている“まなざし”。 それは、社会に根深く刷り込まれた「50歳過ぎたら用無し」という空気感です。「追い出し部屋」という、陰湿さとやるせなさが漂うその“部屋”の存在が、大々的に報じられたことを覚えていますか。

今から10年ほど前の2012年の年の瀬。大手全国紙に、当時赤字にあえいでいたパナソニックグループの中に「従業員たちが『追い出し部屋』と呼ぶ部署がある」という文言で始まる記事が掲載されました。

当時の私のメモによれば、「100台ほどの古い机とパソコンが並ぶがらんとした室内に、さまざまな部署から正社員113人が集められ、退職強要とも受けとめられる“業務”を課せられている」といった、企業の卑劣なやり方が、その記事には記されていました。

会社側は、「新たな技能を身に付けてもらい、新しい担当に再配置するための部署。会社として退職を強要するものではない」と説明。しかし、集められた社員の中には「希望退職するか異動を受け入れるか」の二者択一で配属されたケースもあった。

似たような部署はソニーグループ、NECグループ、朝日生命保険などにもあり、自分自身が社外での自分の出向先を見つけることを「業務内容」としている会社もあったと報じられました。

この報道は新年早々話題となり、連日メディアに取り上げられるなど社会問題に発展しました。

あの頃の社会にはまだ、企業の卑劣なやり方を戒める空気が確実にあった。2000年以降、希望退職という「新手のリストラ」に企業が手をつけたことや、2008年に発生したリーマンショックの影響で派遣切りも多発。大きな騒動となった「年越し派遣村」の余韻も残っていたため、「会社は社員をなんだと思っているんだ!」という怒りが、社会全体で共有されたのです。

「働かないおじさん」への風当たりが強くなった

しかし、しだいに会社への怒りは消え、「追い出し部屋に行かされるほうにも問題がある」などと追い出し部屋を必要悪とする言説が増え、ついには「働かないおじさん」という辛辣かつ失礼な言葉が飛び交うまでになったのはご承知のとおりです。

「仕事が残っていても平気で、『もう時間なんで』って帰るんですよ!」

「『そんなにお金もらってないしね』って開き直って、仕事を拒否するのもムカつきます!」

「『こんなこと、なんで俺がやるんだ』とか、不満ばかり。もう、辞めてほしい!」

「ずっと隣で居眠りされるのも、いやになりますよ!」

「うちのシニアはコミュニケーション拒否!」

これまでインタビューした人たちからは、繰り返しシニア社員批判を聞かされました。むろん、私とて、周りを困らせる幼稚なおじさんたちがいることを否定するつもりはありません。 しかし、特定の集団に対するネガティブなイメージが、長い時間をかけてじわじわと社会に根付くと、そこに差別や偏見が生まれ、結果的に集団隔離につながっていきます。

若い人の中にも勝手な振る舞いをする人はいますし、女性たちの中にも不満ばかり口にする人もいます。なのに、なぜか「50代の男性会社員」ばかりがたたかれる、十把一絡げに「働かないおじさん」とレッテル貼りされていくのです。

やる気満々だったはずの白木さんは、50代への厳しい“まなざし”による「ステレオタイプ脅威(Stereotype Threat)」で心を痛めつけられていました。

ステレオタイプ脅威とは、「自分と関連した集団や属性が、世間からネガティブなステレオタイプを持たれているときに、個人が直面するプレッシャー」と定義され、その脅威にさらされた人は不安を感じ、自分自身もそれを自らの真の姿だと考えがち。

ステレオタイプが内面化してしまうと、自尊心が低下し、自分への期待値を下げ、自己不信などを引き起こして、その能力や性格にまでダメージを与えることがわかっています。

たとえば、「女性は数学が苦手だ」というステレオタイプによって、実際に女性の数学の成績が落ちることは多くの実験で確認されていますし、「高齢者は物忘れがひどい」というステレオタイプは、本当に老人の記憶力を低下させることもわかっています。

「50代は高い給料もらっているくせにモチベーションが低い」というステレオタイプもまた、おじさんのやる気を奪います。

「周りから何も期待されていない」「経験を話すと自慢だと勘違いされる」「余計なことをしてくれるなと思われている」などと、自ら「働かないおじさん化」していくのです。

しかも、「ステレオタイプ化」には伝染力があるため、「働かない、やる気のないおじさん」に囲まれた環境に身をおくと、その人の「働かないおじさん化」が加速する。

追い出し部屋とは、いわば「働かないおじさん製造機」のようなもの。役職定年者があふれる現場の伝染力もかなり深刻だといわざるをえません。私たちの言動の多くは、社会のまなざしという得体の知れない空気に操られています。自分の能力だと信じているものでさえ、まなざしが深く関係しているのです。

「誰にも期待されない」ことで“働かないおじさん”に

興味深い調査結果を紹介しましょう。2000~2002年に拡大した希望退職の波が、2008年のリーマンショックで再拡大した2010年に、定年退職し雇用延長や再就職した人たちを対象に行われた調査です(※独立行政法人 労働政策研究・研修機構「定年退職後の働き方の選択に関する調査研究結果」)。

対象者に、「セカンドキャリアがスタートした直後の自己イメージ」を尋ねたところ、8割の人が「人並みにやっているし、寂しくなどなかった」と答えました。ところが、新しい条件や環境で働き続けてみると、多くの人たちが当初考えていた働き方を断念していたことがわかりました。

・自分のスキルを生かそうと張り切っていたのに、誰からも期待されない
・賃金が下がることはわかっていたけれど、実際に働いてみると低すぎる
・権限が縮小した

そんな現実に失望し、不満が募り、自尊心を低下させ、挙げ句の果てに、

・気楽に仕事をするようになった
・職場の人と勤務時間外に付き合わなくなった
・仕事に長期的な見通しを立てなくなった
・重い責任を負うような仕事のやり方はしないようになった

など、自ら率先して「働かないおじさん化」していたのです。

会社員とは、「会社の期待どおり、あるいはそれ以上の働きをする」ことで評価されてきた人たちです。ところが、新天地では誰からも期待されなかった。会社も上司も、誰も期待してくれないのです。

できる自分を見せようとすればするほど周りから煙たがられ、後輩たちからぬれ落ち葉のように扱われるのも情けない。結果を出そうとすればするほど空回りし、自分が浮いているような気がして居心地が悪い。同僚の中には高待遇で他社に再雇用されたり、早期退職して大学の教授になった人もいるので、余計に滅入る。

「どうせ私は……」という自己否定が、ステレオタイプどおりの「私」を演じさせてしまうのです。

「ステレオタイプ脅威」から逃れる方法

フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルは、他者の“まなざし”が個人に与える影響を、「地獄とは他人」という、少々刺激的な言葉で表現しました。

ステレオタイプ脅威という特定の「社会的アイデンティティー」(高齢だから、若いから、男性だから、女性だから、おじさんだから、おばさんだからなど)に対する世間のプレッシャーは、「私」を地獄に突き落とす威力を持ちます。“まなざし”、恐るべし! です。

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『50歳の壁 誰にも言えない本音』(MdN新書) クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします

では、その脅威から逃れるには、どうしたらいいのか? まずは、一歩ひいて、深呼吸し、「社会的アイデンティティー」の枠から出てください。「おじさんだから」と言い訳に使わないように、距離をおく。その上で、「意志力(Grit)」を具現化するのです。

意志力にはさまざまな解釈がありますが、私の言う「意志力」とは、「自分が、どうありたいか?」といった仕事上の、いや、人生上の価値観です。

具体的には、「私」が「私」でいるために、もっとも重要な価値を明確にする。仕事や人間関係、家族関係、生活態度など、大切にしたいことをできるだけ具体的に書き出すことをお勧めします。

この手法は、「自己肯定化作業」と呼ばれ、ステレオタイプの脅威から抜け出し、本来の「私」の能力発揮につながる効果が実証研究でも確かめられています。

「意志力」は例外なく、誰もが持っているものですが、大きな川にうまいこと流され続けていると忘れがち。長い時間1つの組織に身をおくことは、大きな川の流れに乗ることでもあります。「働かないおじさん」というステレオタイプは、その川下にできた渦のようなもの。

そこから一旦離れて、岸に登り、徹底的に自己を掘り起こす作業をする。仕事人としてだけの「私」ではなく、もっと大きな価値観での「私」として、どうありたいか? を自問し続けてください。

まかり間違っても、「自分を他の奴らと一緒にするな! ステレオタイプが間違いであることを証明してやる」と意気込まないでくださいね。かえって能力をうまく発揮できなくなってしまうので、「一歩ひいて、深呼吸」をお忘れなく。

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会社にとって「一番お荷物になる社員」5つの条件

実家で暮らす働かない50代が日常考えていること

65歳定年後も輝く人とダメになる人の致命的差

提供元:「メールのccから外された」50代男性が働かない訳|東洋経済オンライン

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