2023.02.03
「認知症ビジネス」騙されないために知るべき事|「腸内細菌」が認知症予防のカギとなる可能性
数年ほど前から注目される腸内細菌と脳の関係性を例に、健康に関する「ちまたでよく聞く噂」について紹介します(写真:shimi/PIXTA)
健康に関する「ちまたでよく聞く噂」には実際のところ、どこまで科学的根拠があるでしょう。例えば、数年ほど前から注目される腸内細菌と脳の関係性。はたして腸内細菌は認知症予防のカギを握っているのでしょうか。
NY在住・新進気鋭の専門医、山田悠史氏の著書『健康の大疑問』より、一部抜粋、再編集して最新の知見を紹介します。
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腸内細菌と脳の関係性
数年ほど前から、腸内細菌と脳の関係性が注目されるようになりました。腸内細菌と人間の脳が何らかの形でコミュニケーションをとっているのではないかというのです。
「火のないところに煙は立たぬ」とはよくいったものですが、実際マウスモデルに抗菌薬を投与して腸内細菌を死滅させたり、腸内細菌の数を減らしたりしてみると、マウスの認知機能の低下が観察されていたのです(Int Rev Neurobiol. 2016;131:227–246より)。このことは、少なくともマウスでは、腸内細菌が認知機能の維持に一役買っているということを示唆しています。
それでは人ではどうかと言えば、小規模の人間の研究でも、腸内細菌と認知機能の間に関連がある可能性が指摘されてきました。仮に、腸内細菌が認知機能に影響を及ぼしているとして、どのようなメカニズムが考えられるのでしょうか。
小規模の人間の研究 ※外部サイトに遷移します
例えば、可能性のあるメカニズムとして、一部の腸内細菌が作る短鎖脂肪酸と呼ばれる栄養素が脳に保護的に働くのではないか、腸内細菌の免疫に及ぼす影響が認知機能にも関連するのではないか、などとも考えられています。
一部の腸内細菌が作る短鎖脂肪酸と呼ばれる栄養素が脳に保護的に働くのではないか、腸内細菌の免疫に及ぼす影響が認知機能にも関連するのではないか ※外部サイトに遷移します
また、これまでは小規模な研究しかなかったのですが、人間を対象にもっと大きな規模で、改めて腸内細菌と認知機能の関連について検討しようではないかという試みが最近行われました。
対象人数は約600人、いわゆる大規模研究と比べれば少数のようにも感じますが、これまでこの領域では数十人単位までの検討しかありませんでしたので、過去の研究よりははるかに多くの人を扱ったといえます。
試み ※外部サイトに遷移します
「便中の細菌」と認知機能の関連性
取り扱う人数を増やせば増やすほど、認知機能に影響を与えそうなほかの要因の偏りを調整することが可能となり、純粋な腸内細菌と認知機能の関係の評価に近づくことができるという大きなメリットがあります。
この研究で対象となったのは、平均55歳の男女。便が採取され、便の中にいる細菌の持つ遺伝子データが解析されています。また、それぞれの人が各々認知機能の検査を受け、便中の細菌の種類や広がりと認知機能との間に相関があるかという点が評価されています。
すると、BarnesiellaやAkkermansiaと呼ばれる細菌のグループの存在と特定の認知機能の高さとの間に関連性が、また1人の人が持つ細菌の種類の豊富さと特定の認知機能の高さとの間にも関連性が指摘されました。
こういった結果から、特定の腸内細菌の存在や、腸内細菌の多様性と認知機能との間に何らかの相関があるのではないかという仮説が支持されました。
これもまだ仮説の域を超えるものではありませんが、特定の腸内細菌の存在が免疫担当細胞の働きの調整に関わり、脳内に沈着するアミロイドβ(アルツハイマー病の原因の一端を担っていると考えられているもの)を減らすことに起与しているのではないか、などといった考え方が示されています。
ただし、ここで示されたのは、あくまで「関連性」であり、腸内細菌と認知機能との間に「何か」が存在する可能性があります。例えば、特定の細菌を持つ人は、特定の栄養素を摂っている傾向があり、実は細菌の働きではなく、その特定の栄養素こそが認知症予防のカギとなっている、といった可能性です。
「関連性」は「因果関係」を示すものではない
この研究では、幸い比較的大きなデータを取り扱ったことにより、年齢、背景となる教育レベルや喫煙状況、服薬状況などの偏りについては調整が行われています。しかし、細かな栄養素の違いまで追えているわけではありません。
「関連性」は「因果関係」を示すものではないということの確認が改めて必要なところです。なぜなら「関連性」を根拠に「因果関係」を示そうとして、例えば特定の細菌を腸内に移植するような介入試験を行ってもうまくいかなかった、などということはまったく珍しくないからです。
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また、仮に因果関係が本当にあったとしても、はたしてどの細菌がどのぐらい存在すれば、認知機能に好影響を及ぼすのかもわかっていません。仮に細菌の種類の広がりのほうが大切だとしたら、特定の細菌を投与することはかえって悪影響になる可能性もあります。
こういったことから、「関連性」が報告されたからといって、腸内細菌を売りにした商品に手を伸ばすことは、「つかまされるだけ」「お金を払わされるだけ」の結果が待ち受けている可能性が高いと考えられます。認知症のような、多くの人にとって身近な不安には、根拠のないビジネスが起こりやすいので注意しなくてはいけません。しかし、腸内細菌と人間の脳との間にもしコミュニケーションがあるのだとしたら……。それは、夢の広がる話だとは思いませんか。
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提供元:「認知症ビジネス」騙されないために知るべき事|東洋経済オンライン