2023.01.17
認知症の両親が活力を取り戻した“推し活"の力|「Be supporters!」に学ぶニッポンの幸福の形
『LIFE SHIFT2』著者のリンダ・グラットン氏とサントリーウエルネス代表取締役社長の沖中直人氏(撮影:梅谷秀司)
人生100年時代、誰もが幸福な長寿人生を生きるためには「異世代間の共感」が必要だと説くのは、イギリスの経営学者であり『ライフ・シフト2 100年時代の行動戦略』著者のリンダ・グラットン氏だ。
社会で最も孤独を感じやすいと言われる高齢者が、若い世代を含む地域や家族とつながる社会的発明が求められているという。
Jリーグの複数のクラブと連携し、「Be supporters!(サポーターになろう!)」プロジェクトを行っているサントリーウエルネスの沖中直人社長と、「人生100年時代」の提唱者であるグラットン氏が、人生100年時代の幸福について対談を行った。その模様をお届けする。
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長い人生を主体的に楽しむ機会を
沖中直人(以下、沖中):人生100年時代にあって、多くの方が高齢になり認知症をはじめとする身体の不具合とともに生きていく可能性がある中、いくつになっても人生をワクワク過ごせる機会を提供したい。
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これが、「Be supporters!(サポーターになろう!)」プロジェクトの基本的なコンセプトです。
具体的には、高齢者や認知症の方など、普段は周囲に「支えられる」機会の多い人が、地元サッカークラブの「サポーター」となることで、クラブや地域を「支える」存在になっていくことを目指す取り組みです。
この取り組みが始まった2020年から参加しているのは、富山市にある「社会福祉法人 射水万葉会 天正寺サポートセンター」という高齢者施設です。
当初、高齢者の方にとって、スポーツと言えばお相撲と野球で、サッカーの応援を楽しむことは難しいのではないかという指摘もありました。
ですが実際始めてみると、皆さんが地元のクラブチームを熱中して応援するだけでなく、お気に入りの選手までいて、驚きました。
リンダ・グラットン(以下、グラットン):お気に入りの選手を応援することを“推し活”と呼ぶのだと聞きました。
沖中:この取り組みは富山以外の、例えば川崎や、神戸、あるいは山口にも広がっていますが、同じような現象が生じています。
それまでは元気がなく、顔の表情も曇りがちだった高齢者の方がBe supporters!の活動に参加することで、豊かな表情を取り戻したり、歩行器を使っている方が自力で足を踏み出したり、要介護度が改善されたように見えるほど元気になるといった、専門家も驚くようなことが起きています。
応援グッズを持って選手を応援する高齢者(写真:サントリーウエルネス提供)
グラットン:施設にお邪魔した時、高齢者の方々がお気に入りの選手の応援グッズを持ったり振ったりして、積極的に動いておられて驚きました。心も体も動かして応援することは、高齢者にとってとても大事だと思います。
元気の循環が生まれた
沖中:以前は、職員が高齢者の方に「一緒に体操しましょう」と言っても、楽しんでもらうところまで行くのは難しかったようです。しかしBe supporters!の活動をきっかけに主体的に体を動かす高齢者の方の姿を見て、施設職員の方も驚いたようです。
もう一つの効果として、高齢者の方から職員の方に対して元気がフィードバックされるようになったことがあります。
職員の方はみな献身的に高齢者の方に元気を届けようと日々頑張っています。これまでは一方通行であることも多かったのですが、Be supporters!で高齢者の方が元気になることで、その元気が職員に返ってくるという循環が生まれて、職員と高齢者の関係性が向上しました。これも新しい発見だと思います。
さらにもう一つ、いいサイクルがありました。
高齢者施設に入居している高齢者の方のお子さんたちは、認知症になって元気がなくなったご両親の姿を見て悲しまれていました。
それが、生き生きと応援している姿を見て、お子さんたちもものすごく嬉しい気持ちになったというのです。
グラットン:見学した際に、ある入所者の方から、彼女の孫たちがサッカーチームについてたくさん教えてくれることや、孫たちとの会話がいかに自分をワクワクさせてくれるかというお話を聞きました。
施設職員、入居者、家族の皆をつなげる循環があると感じましたが、そのコンセプトはどのように決まっていったのですか。
沖中:人生100年時代になれば、病気と無縁ではいられなくなります。今後は、予防だけでなく、病気になった人も含めて、いかに幸福感を持って生きていけるかが大事になる。それに応えるのが企業の社会的責任となるでしょう。
そこで、健康寿命ではなく「幸福寿命」という考え方を取り入れ、予防から共生という領域まで、活動を広げたいと考えました。
高齢者施設の中で、職員に支えられている側の方が、支える側にも変わっていく。そんなアクションを生み出すというのが活動のコンセプトです。
グラットン:人とのつながりは、幸福の根底にあるものです。しかし、歳をとるとつながりや関係性が狭まってしまいます。
活動を拝見して、みなさんがそれぞれの関係性を作ろうと一生懸命になっているところや、自分たちで自分たちを支えるという活動を自主的になさっているところが素晴らしい。
自分の応援するチームは明日勝つだろうか、選手は怪我をしないだろうか、といったように、翌日にいろいろな楽しみがあることで、幸せが生まれるのだと思います。
誰もが社会的開拓者になるスイッチを持つ
グラットン:私たちが書いた『ライフ・シフト2』では、「社会的開拓者」という言葉を使っています。
テクノロジーの進化と長寿化の進展は、「人間とは何か」という問いに大きな影響を及ぼすと考えています。
過去の世代が選んでいた古い選択肢は、おそらくこれからは有効ではないでしょう。人生の枠組みとして有用だった社会の仕組みも、役に立たなくなる可能性が高い。
私たちは、いわば未知の環境に身を置くことになるので、個人も、企業も、政府も、新しい実験に取り組み、新しい社会のあり方を切り拓く覚悟を持つ必要があるのです。社会的開拓者について、どうお考えでしょうか。
沖中:社会的開拓者という言葉を、ユニークなアントレプレナーのような人たちだけのものと定義づけるのは、間違っていると思います。
誰もがそうした要素を持っていて、きっかけさえあれば発露するのではないかと思うのです。
例えば高齢者施設に入居している方が、推しのクラブチームを応援する際にユニフォームを着る。すると、着た瞬間にスイッチが入って、精力的に応援し始める。お祭りのハッピを着たような感覚になるようです。
そうした姿を見ていると、本来、すべての人が、社会的開拓者になる要素を持っていて、「Be supporters!」がそのスイッチを入れるきっかけになったのだと教えていただいているような気がします。
グラットン:私も、誰もが社会的開拓者になりうると思っています。
70代、80代、90代と寿命が延び、私たちは人類史上初めて、非常に長い人生を生きることになります。ですから、お互いを見習いながら、呼応し合い、学び合うことが大事になるでしょう。
そして、社会的開拓者たちが、自身のそのスイッチをオンにすることで、それは周囲の人にも影響していくだろうと私は思います。
元気になった入居者の方の姿を見た友人、お子さん、お孫さん、地元の方は、「私にもできるかもしれない」と感じ、それが地域での社会的開拓を広げていくきっかけとなるでしょう。
自らロールモデルとしての姿を見せる
沖中:主体的に同じチームを応援することで、日頃は会話をしない高齢者の方たちの間にも一体感が生まれます。自分の応援が、チームや、共に応援する人の力になると感じるからです。これは、人間関係の基本だとも思います。
「おはよう」「ありがとう」のように、コミュニティにおいて行われているエネルギーとエネルギーの交換が、施設全体で行われるようになるのです。
グラットン:素晴らしいですね。
「人生100年時代の幸福」について語り合うグラットン氏と沖中氏(撮影:梅谷秀司)
沖中:今後はこの活動を世界中に共感していただきたいと思います。弊社には事業で得た利益を社会にも還元するという「利益三分主義」の創業精神が根付いていますが、もはや自社の利益だけを追求する企業は、社会から必要とされなくなるでしょう。
グラットン:世界にプラスの変化を与えている企業の一部であると感じることができるのは、そこで働く人、特に若い人たちにとってとても良いことです。
実は私はアーセナル・フットボール・クラブの大ファンなので、よく試合を見に行って応援しているんです。
私も90歳や100歳になってもアーセナルFCを応援していたいですね。その姿を見せることが、後の世代の人に「幸せな長い人生」を送る方法を伝えることに役立つと思います。
(構成:泉美木蘭)
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提供元:認知症の両親が活力を取り戻した“推し活"の力|東洋経済オンライン