2022.10.24
【円形脱毛症】ストレスや心の弱さ原因ではない|偏見や誤解が多い病、2022年6月に治療薬が登場
誤解と偏見が多い円形脱毛症。正しく理解するためのヒントをお届けします(写真:zon/PIXTA)
「円形脱毛症」と聞いて、「ストレスによって頭髪に10円玉ぐらいの脱毛が起こる病気」とイメージするだろうか。実際には、これは円形脱毛症のもっとも軽い病態で、重症だと全身の毛がすべて抜けてしまう病気でもある。原因も“ストレスではない”ことのほうが多い。
円形脱毛症は誤解や偏見の多い病気だ。その症状や原因、その治療や病気と向き合う当事者の思いなどについて、皮膚科医の植木理恵医師(順天堂東京江東高齢者医療センター)に聞いた。
円形脱毛症には軽症から重症までいくつかのタイプがある。頭髪に10円玉ぐらいの脱毛がいくつかできるタイプはいわゆる軽症だ。また、その発症の原因も「いわゆるストレスはきっかけの1つにすぎず、全体の30%程度」と植木医師は話す。
円形脱毛症はそのイメージから、「あの人はストレスに弱い人だ」などの意味のないレッテルも貼られてしまいやすい。実際には、ストレスに関係なく、ある日突然、前触れもなく誰もが発症する可能性のある病気だ。
「円形脱毛症はさまざまなことがきっかけとなって、毛を作る組織に対する免疫反応による炎症が生じる、自己免疫性疾患の1つと考えられています」(植木医師)
発症の原因は自己免疫の暴走
自己免疫性疾患とは、体から異物を排除するための役割を持つ免疫系が、自分自身の正常な細胞や組織に対してまで過剰に反応し、攻撃を加えてしまうことで起こる病気だ。円形脱毛症では、髪の毛を作り出す「毛包」と呼ばれる毛の根元が、自身の免疫システムから攻撃を受けることによって発症すると考えられている。
「円形脱毛症は誰にでも起こりうるのですが、アレルギー体質の方に若干多い傾向はあります。スギ花粉症やアトピー性皮膚炎のある方はなりやすい。花粉症ならとくに2~3月頃の流行時期、アレルギー症状が一番ひどくなった後に出やすい傾向です」(植木医師)
風邪などのウイルス感染後や、睡眠不足による自律神経失調症などでも円形脱毛症を発症することがあるという。
円形脱毛症は重症の場合、頭髪だけでなく、まつげ、鼻毛などの体毛まで、全身の毛が全部抜けてしまうことがある。
「身近に当事者がいないかぎり、円形脱毛症のこうした病態はあまり知られていないかもしれません。まだまだ世間の認知度が低く、非常に誤解が多い病気といえます」(植木医師)
5つのタイプに分けられる
主に5種類のタイプに分けられ、症状が軽い順に「単発型」「多発型」「蛇行型」「全頭型」「汎発(はんぱつ)型」がある。
「単発型」は患者数がもっとも多く、頭髪に10円玉ぐらいの円形または楕円形の脱毛ができる。脱毛箇所が2つ以上発生するのが「多発型」だ。「蛇行型」は後頭部から側頭部の生え際にそって蛇のように脱毛が広がる。これらのタイプは散髪のときに指摘されて初めて気づく人も多い。
「全頭型」と「汎発型」は髪がすべて抜けてしまう重症度の高いタイプだ。「汎発型」では頭髪だけでなく、眉毛、まつ毛、体毛など全身すべての毛が1カ月足らずで抜け落ちてしまう。
「洗髪時などに、頭皮から髪が抵抗なくごっそり抜け落ちる経験はかなり衝撃的だといいます。そのときの状況を『風呂場の排水溝が抜け落ちた大量の髪の毛で真っ黒になっていて、頭にはあるべき髪がなく、すごい恐怖を感じた』と話す患者さんもいます」(植木医師)
脱毛は突然で、とくに予兆はないとされるが、人によっては抜ける前に頭皮がピリピリしたり、かゆみが出たり、引っ張られるような痛みを感じたりする人もいるという。
治療はどのように行われるのだろうか。
「単発型は自然治癒することも多いので、発症後3カ月は様子を見ます。多発型や蛇行型などで脱毛箇所がいくつもある場合は、ステロイドの塗り薬を使います。比較的重症であれば、ステロイド内服薬も有効です。全頭型や汎発型などの最重症型の場合、発症して3カ月から半年以内であれば、大量のステロイドを3日間点滴投与するステロイドパルス療法などがあります」(植木医師)
発症から1~2年、脱毛したまま変化が見られない場合には、人工的にかぶれを起こす薬剤を塗って発毛を促す局所免疫療法や、紫外線を当てる紫外線療法などもある。いずれも完治が期待できる治療というわけではない。重症度の高い円形脱毛症は、とくに治療が効いて発毛してきたと思ってもまた脱毛してしまうなど、一進一退を繰り返すことも多い。
「円形脱毛症は再発しやすく、再発率は約7割です。初発は全頭型でも再発では多発型、またはその逆など、再発では重症度の違うタイプになることも多いです」(植木医師)
朗報は、2022年6月に「JAK(ジャック)阻害剤」という新薬が重症の円形脱毛症治療に新たに認められたということだろう。リウマチなどの自己免疫性疾患に対して使われていた薬だが、円形脱毛症やアトピー性皮膚炎にも効果があることが臨床試験でわかり、認可された。
「JAK阻害剤の投薬の条件は治療後半年以上、脱毛症状が治らない方です。単独治療で4割に効果が見られたという治験結果も出ており、長らく治らなかった人たちも期待を寄せています」(植木医師)
スキンヘッドへの理解は進んだが
脱毛による容貌の変化は患者さんにとって大きな心理的負荷になる。ただし、発症時期によっても受け止め方が異なると植木医師は話す。結婚後や社会的にある程度地位が確立されてからの発症では、それほど隠さずに過ごす傾向もあるという。
とくに男性はここ10年ほどで社会的にスキンヘッドへの理解が進み、仕事や生活のなかでさほどデメリットではなくなってきた。ウイッグを着用しない人も増えているという。
「円形脱毛症への理解が進んだわけではないと思いますが、スキンヘッドへの理解は進んでいて、いま、男性患者さんの半数以上は治療せず、スキンヘッドのまま過ごしています。治療にお金や時間をかけ、副作用を心配し、1回良くなっても治療をやめたらまた抜けてしまう。そうしたことがかえってつらいので、治療しないでスキンヘッドでいたほうが不安やストレスもない、ということのようです」(植木医師)
一方で、女性患者の多くは脱毛を見られたくないため、ほとんどの人が日常生活や職場などではウイッグを着用している。家ではニット帽、気のおけない仲間の集まりではスキンヘッドなど、使い分けている人も多い。
ウイッグ選びも重要だ。医療用かつらは30万円前後と高額で一般的な耐用年数は2、3年。そのたびに買い替える必要も出てくる。近年はこうした医療用かつらの代わりに、数千円の安価なおしゃれウイッグをうまく使いこなしている人も多いという。
「医療用かつらがおしゃれウイッグと違うのは、肌に当たるネットなどの素材が肌にやさしく蒸れにくいといった工夫がされている点。それ以外は基本的に医療用もおしゃれウイッグも大きく変わりません。医療用を4年近くもたせるためのお手入れ法などを患者さん同士で情報交換している人たちもいます。
その一方で、カラーや素材、スタイルのバリエーションも豊富なおしゃれウイッグを常に3つぐらい用意して、ヘアスタイルの変化を楽しんでいる人もいますね」(植木医師)
円形脱毛症であることが知られると、「原因はストレス性」という誤解から、「この人は心が弱いから、責任ある仕事は任せられない」と、それまでの役職や仕事から降ろされてしまうこともあるようだ。
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「患者さんの多くは円形脱毛症であることを気づかれないように生活しています。派遣社員として働いて、周囲に気づかれる前に職場を替えるという人も。『やりたい仕事ができない』というのが大きな悩みになっている人は少なくありません」(植木医師)
円形脱毛症は一度発症すると、長い期間、向き合っていくことが多い病気だ。当事者とその家族の不安や葛藤、困りごとなどを分かち合い、情報交換の場となっているのが患者会だ。
患者会の役割は主に3つ
「特定非営利活動法人円形脱毛症の患者会」事務局長の山﨑明子さんによると、患者会の目的は主に「病気を知る」「病気の一般周知」「患者同士の交流」の3つだという。
「これらの目的を達成するために、患者さんや医師、サポーターたちが協力して、患者さんや家族向けのセミナー、医療相談会、親睦会、会報発行、患者さんの実態調査などのさまざまな活動を行っています」(山﨑さん)
もう1つの患者会「日本円形脱毛症コミュニケーション(JAAC)」理事長の平野隆之さんも、「Web会議を活用した交流会を2カ月おきに開催しています。多くの当事者やご家族のご参加をお待ちしています」と話す。
患者会のURL
※特定非営利活動法人円形脱毛症の患者会 ※外部サイトに遷移します
※日本円形脱毛症コミュニケーション(JAAC)
日本皮膚科学会の推計では円形脱毛症の患者は全国におよそ200万人。うち10%が重症とされるが、病院を受診していない潜在的な患者も多いとみられている。
「脱毛ぐらいで仕事を休んで病院に行けない、という人もとくに男性では多いですし、少しでも他の人に病気を知られたくない人も多い。患者会のWebミーティングはハンドルネームで参加可能です。当事者同士で有益な情報交換ができますので、ぜひ気軽に参加してみてほしいと思います」(植木医師)
(取材・文/石川美香子)
順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センター皮膚科科長院長補佐
植木理恵医師
千葉県出身。1988年順天堂大学医学部卒業。同大学医学部附属順天堂医院皮膚科入局。91年英ロンドン大学王立医科大学院ハマースミス病院皮膚科。93年順天堂大学医学部皮膚科助手などを経て、04年順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センター助教授。2018年より現職。専門は皮膚科一般、毛成長制御機構、円形脱毛症、びまん性脱毛症。
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提供元:【円形脱毛症】ストレスや心の弱さ原因ではない|東洋経済オンライン