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2022.09.09

イタリア人が並んで食べる「ジェラート」の真実|おいしいジェラテリアでは「中が見えない」


8月のトリノ、人気のジェラテリアの一つ「マーレ・デイ・ボスキ」。 バカンス時期で街には人気がないのにもかかわらず、行列ができていた。通常の時期なら、この何倍もの人が並ぶ(筆者撮影)

8月のトリノ、人気のジェラテリアの一つ「マーレ・デイ・ボスキ」。 バカンス時期で街には人気がないのにもかかわらず、行列ができていた。通常の時期なら、この何倍もの人が並ぶ(筆者撮影)

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イタリア人は並ぶのが嫌いだ。銀行や郵便局などでは仕方なく並ぶけれど、レストランなど食べ物関係で並んでいるのは外国人観光客ばかりで、イタリア人が並んでいる姿は、絶対と言っていいほど見かけない。日本人だって並ぶの大好き、という人はあまりいないと思うが、イタリア人たちは「お腹が空いているときに並ぶなんて、耐えられない」と呆れたような顔をして肩をすくめる。

食べ物に関して保守的なイタリア人

だから新しい店や、外国から新しい食べ物が入ってきても行列はできないし、食べ物のブームも起きにくい。日本でちょっと前に大ブームになっていたマリトッツォも、本場ローマの人以外は「なにそれ?」と言ってその存在さえ知らない。私の住むトリノあたりの人に至っては「生クリームを挟んだただのパンでしょ? 生クリームだったらアルプスの麓のトリノのほうがおいしいに決まってるわよねー」などという。それから日本ではもう当たり前のように売られているマカロンも、ずっと遅れて専門店がちらほら登場したが、ブームというほどの人気は出ないまま萎んでいった。本場フランスはすぐお隣なのにもかかわらずだ。

そんな具合に、イタリア人はとても保守的なのだ。特に食べ物に関して。

基本的にイタリア料理が、もっと言えばマンマの料理が世界一おいしいと思っているから、1年のうちの345日ぐらいはトマト味のパスタを食べているんじゃないかと思うほどだ。よく飽きないね、と私は呆れてしまうのだが、彼らにとってはそれが普通。日本では和食に中華にイタリアン、エスニックなど毎食違うものを食べるんだよ、というと「なんで? 日本料理好きじゃないの?」とびっくりした顔をする。もちろん旅行好き、新し物好きのイタリア人も一部存在して、そういう人たちは数少ない外国料理のレストランで、SUSHIやらエスニック料理やらを楽しんでいる。

ランチの後にジェラートを楽しむイタリア人家族。8月、アルプスの避暑地として有名なクールマイユールにて(筆者撮影)

ランチの後にジェラートを楽しむイタリア人家族。8月、アルプスの避暑地として有名なクールマイユールにて(筆者撮影)

そんなイタリア人が唯一、「今、あそこがおいしいらしい!」「あそこのアレ、食べた?」と盛り上がり、並んででも食べたいと思うものがある。それがジェラートだ。

「食事をしてお腹がいっぱいになった後で、友達とおしゃべりをしながら、夕涼みがてらに並んでいるのは苦にならない」と言う。いや、真冬だって並んでいるのを見かけるから、夕涼みは関係ないのかもしれない。

レストランなどで外食した後、「デザートはパスしてジェラート食べに行こう」という作戦は、イタリア人の間ではとてもポピュラーだ。レストランのデザートに高いお金を払うより(しかも高くて気取っているわりに、たいしておいしくなくてガッカリするより)、2~3ユーロ程度でおいしいジェラートを食べながらおしゃべりに興じるのが、イタリアの食後の過ごし方人気ベスト1なのだ。

バニラ味のジェラートとコーヒーの「アッフォガート」

ちなみにレストランやトラットリアでデザートメニューを見ても、あまり惹かれるものがない、でもデザートをパスできない状況や、デザートはパスしてジェラテリアへ行こうよと言えない状況のときには、私はバニラのジェラートを頼んで「アッフォガート」にしてもらう。

アッフォガートとは「溺れた」という意味のイタリア語で、器に盛ったバニラやミルクなどニュートラルな味のジェラートにエスプレッソをたっぷりとかけて、ジェラートがコーヒーに「溺れた」ようにすることからこの名前がある。こうすると、イマイチなジェラートでもおいしく食べられるうえに、食後のコーヒーもいただけて一石二鳥。

でもイタリア人はリキュールなどでアッフォガートにする人もいるので要注意。隣のイタリア人と同じものを、なんてニコニコしていると、アルコール度の強い強烈なアッフォガートがやってきたり。ベースにするジェラートもバニラであるべしという決まりはないけれど、コーヒーとよく合うということで、バニラ味のジェラートとコーヒーのアッフォガートが王道ということになっている。

もう20年近く前、トリノで、2人の青年が小さなジェラテリアをオープンした。派手派手しい色と味のジェラートが主流だった当時、昔ながらのレシピ、昔ながらの材料だけを厳選して、見かけは地味だけれどおいしいジェラートをていねいに手作りして提供した。あるイタリア料理界の重鎮が「これはおいしい! 素晴らしい!」と絶賛したから、あっという間に爆発的な人気になった。

ローマで人気のジェラテリアに並ぶ人々(筆者撮影)

ローマで人気のジェラテリアに並ぶ人々(筆者撮影)

その頃から、材料のクオリティを重視するジェラートの流れが生まれた。今では人気のジェラテリア、おいしいと評価を受けるジェラテリアでは、ほぼ100%と言っていいほど、メニューボードに材料についての詳しい説明が表示されている。シチリア産有機農業レモン、ピエモンテ州ランゲのヘーゼルナッツ、アルプスの牧草だけを食べる牛のミルク、エクアドル産カカオ90%のチョコレート、 アオスタの山のハチミツ、シチリア・ブロンテ産のピスタチオ……。どこで誰がどんなふうに生産したか、どんな味と香りがするのか、読んでいるだけでおいしそうで、全部食べたくなってくる。

「ジェラートが見えない」のが特徴

そんな厳選された材料を使った、ハイクオリティでおいしいジェラテリアでは、「ジェラートが見えない」のが特徴だ。ジェラテリアではどこでも、ジェラートはフレーバーごとにステンレスの冷蔵ケースに入って並んでいる。でもクオリティを大事にするジェラテリアでは、必ずと言っていいほど、ステンレス製のフタがしてある。だからジェラートは見えない。なぜフタをしているんだろう? 見えないのは味の想像が難しくて困るよね、と思うのだが、フタにはちゃんとした理由があるのだ。

フタなしケースに入れられたジェラートは、表面がつねに空気に触れている。ケースの底面は冷蔵されているのに、空気に触れている部分は、客がドアを開け閉めして出入りするたびに起こる温度変化につねにさらされる。その結果、溶けたり凍ったりを繰り返すから、ジェラートの中に氷の結晶が生まれる。

「氷の結晶がないこと」はおいしいジェラートの必須条件と言われるから、フタをしていない店のジェラートには温度変化に強くなる添加剤が加えられているかもしれない。もしくは氷の結晶ができてしまったジェラートは、数時間おきに捨てているかもしれない。捨てたら損が出るから値段を上げたいところだが、あまり高くするとお客さんが寄り付かなくなる、ということは損をカバーするために、材料のクオリティを下げているかもしれない。そんなさまざまな事情が、たったフタ一つの下で起きているのだとしたらどうだろう?

見た目が華やかで色とりどりのジェラートはおいしそうでつい買いたくなるけれど、見えない=おいしさの目安ということを、頭の片隅に覚えておくと、いつかイタリア旅行でジェラートを食べるときの役に立つかもしれない。

トリノで人気のジェラテリア「アルベルト・マルケッティ」の店内。ジェラートは見えず、メニューもごくシンプル(筆者撮影)

トリノで人気のジェラテリア「アルベルト・マルケッティ」の店内。ジェラートは見えず、メニューもごくシンプル(筆者撮影)

私が住むトリノに、「アルベルト・マルケッティ」と「マーレ・デイ・ボスキ」という、ダントツの人気を誇る2軒のジェラテリアがある。トリノでは、この2店を知らないなんてあり得ない、と誰もが思うほどの人気店だが、実はそれはトリノでだけの話。他の州に行ったらほとんど誰も知らないし、その土地の人気ジェラテリアがそれぞれ別にある。

「アルベルト・マルケッティ」 ※外部サイトに遷移します

「マーレ・デイ・ボスキ」 ※外部サイトに遷移します

トリノで必ずある「ジャンドゥイオット」フレーバー

イタリア人の友人に聞いてみると、「駅や空港のフードコートに入っていたり、どこに行っても同じ店があるのを見ると、ゲンナリしちゃう。そんなに大量に、同じ味、同じクオリティを守れるわけがないじゃない」と言う。だからかどうか、トリノで生まれた、手作りハイクオリティの流れを作った例のジェラテリアは、人気が爆発し、全イタリアに、そしてニューヨーク、パリ、東京にと次々と出店したあたりから、トリノでは人気が落ちていった。「大量生産の手作り」と皮肉られ、トリノ市内からは店舗がどんどんなくなっていった。

一時はあんなに並ばないと食べられなかったあのジェラートは、味が変わってしまい、今ではスーパーの冷蔵ケースで冷凍食品と並んで売られている。そして心配なことに、前述のトリノの人気店2軒も、実はそれぞれがミラノに1軒ずつ、進出を果たしているのだ。ジェラテリアにせよ、レストランにせよ、多店舗展開をして成功している例はイタリアでは多くない。それでも自分だけは違う、成功したらどこまでも大きくなりたいと思うのは、起業家の性なのだろうか? クオリティが落ちていかないことを祈るばかりだ。

こんな具合に、「ご当地ジェラートを愛する体質」は、イタリア人誰もが持っているように見える。イタリア人は、自分の街の人が作る、自分の街のフレーバージェラートが何より大好きなのだ。日本人にだってそういう気持ちはあるが、イタリア人はそれが特に強い。そんな彼らを保守的で閉鎖的だと思うか、イタリアらしくてサステナブルで可愛らしいと評価するかは自由だ。ただ少なくとも、大量生産ではないヘルシーなもの、味覚や健康を損なうことのない混じり気の少ないものを食べている傾向がイタリア人にはある、ということは言えるかもしれない。

チョコレート系やピスタチオのフレーバーが人気。右はピスタチオとジャンドゥイオット、 左はピスタチオとチョコチップ(筆者撮影)

チョコレート系やピスタチオのフレーバーが人気。右はピスタチオとジャンドゥイオット、 左はピスタチオとチョコチップ(筆者撮影)

ちなみにトリノのジェラテリアでは、名店だろうが迷店だろうが、どこへ行っても必ずあるのが「ジャンドゥイオット」フレーバーだ。言わずと知れたトリノ名物、ヘーゼルナッツクリームを混ぜ込んだチョコレート「ジャンドゥイオット」味のジェラートだ。そんなご当地ジェラートが各地にある。だからイタリア食べ歩きは楽しくてやめられないというわけだ。

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提供元:イタリア人が並んで食べる「ジェラート」の真実|東洋経済オンライン

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